こんなの書いてみたけど…
あなたの知らない国の、あるところの小さくも大きくもないまちで、花売りが、ひとりで花を売ってくらしていました。
花売りは、大きなまちにサーカスをみに行くのが大好きでした。
花売りのお気に入りは、にんきのない道化師です。
その道化師は、たいへんなかんしゃくもちで、いつもおこってばかりいるので、楽屋ではいつもひとりぼっちでした。
サーカスのさいちゅうに、ときどき見えるさびしそうな道化師のかおが、花売りは自分ににていると思っていたのです。
花売りは、道化師がいっしょうけんめいに、芸をひろうするたびに、心から笑い、はくしゅをおくります。
道化師のすがたを見るだけで、花売りは、じぶんの心があたたかくなるのをかんじていました。
あるとき、花売りは道化師がこまっていることを、人づてにしりました。
「おれさまのしゃしんきが、こわれているかもしれない!たいへんだ!たいへんだ!」
「おれさまのもっている芸を、全部きろくしていたのに!」
花売りは、しゃしんきの事を自分のお父さんから教わって、よく知っていたので、道化師のしゃしんきを直す手伝いをもうしでました。
「ああ!花売り!助かったよ!ありがとう。」
「道化師さんのやくにたてて、わたしはうれしいです。」
いつもサーカスのかんきゃく席から、道化師を見ていただけの花売りは、はじめて道化師と話をすることができて、天にものぼる気持ちでした。
そして、花売りは少しよくばりな気持ちになりました。
「もし、私のお店に来てくれたなら、道化師さんにお花をあげたいです。」
「そうか。それなら気がむいたら、行ってやろう。」
その日から、花売りは、くる日もくる日も、道化師がやってくるのを待っていました。
道化師がきたときのために、いつも1ばんきれいな花をじゅんびしていました。
冬がきて、春がきても、道化師は花売りのところにはやってませんでした。
サーカスでは、かわらず道化師はにんきがなく、花売りはそれでも、いつでもたくさんのはくしゅをおくるために、サーカスにかよいました。
夏が近付いてきたある日のこと、道化師はとつぜん花売りのところにやってきました。
花売りは、きんちょうして、むねがくるしくて、うまく話をすることができません。
「花売りの花は、きれいだ!」
「この花がほしい。」
道化師がえらんだのは、花売りのお店で1番たかくて、うつくしい花でした。
「わかりました。お代はいりません。」
花売りがそう言うと、道化師はこたえます。
「そういうわけにはいかない。」
「お金は、うけとってほしい。」
そして、花売りは、市場で花を仕入れた時と同じぶんだけのお金を、道化師からうけとりました。
「またくるよ!」
道化師は、そう言ってかえっていきました。
花売りは、とてもむねがくるしく、でも、心がおどりだすようにうれしく、そしてとても幸せでした。
それからというもの、花売りがサーカスをみに行くときに、道化師のでばんがくると、花売りは、いつもよりいっそう、うれしく、たのしくかんじるようになりました。
道化師のかげを見つめるだけでも、心の中で小鳥が空へはばたいているようです。
道化師が、かんきゃく席の花売りに気がつき、手をふってくれることもありました。
(このかんきゃく席の中で、私だけが、道化師さんにお花をおわたしした…)
そう思うと、花売りはじぶんのことも自分の売っている花のことを、とてもほこらしくかんじるのでした。
雨の降る日に、たびたび道化師は、花売りのところにやってきて、花をもとめました。
花売りは、さいしょの時と同じように、いつでも、市場で仕入れたときと同じぶんの代金だけをもらい、道化師に花をわたしました。
花売りは道化師のかおをみて、すこしでも話ができるだけで、うれしかったのです。
花売りはかんがえます。
(もしかしたら、道化師さんは、お花がほしいのではなくて、私に会いにきてくれているのかもしれない…。)
(もしそうだったら、どんなにうれしいだろう。)
ある時、道化師は遠くのまちに花を届けるように、花売りに言いつけをしました。
知らないまちで、花売りは道化師をさがし見つけて、花をわたしました。
もう、道化師は花売りにお金をわたしませんでした。
花売りも、お代のことはなにも話ませんでした。
汽車のえきまで、道化師は花売りを見おくりました。
少しつめたい風のなか、花売りと道化師は、ならんであるきました。
そのあいだのじかん、花売りは心のそこから、ずっとこのまま道化師といっしょにいたいと思いました。
それから、冬が終わるころになっても、道化師は花売りのところにやってくることは、もうありませんでした。
あたらしい年がきて、道化師は花をひつようとしなくなっていました。
花売りはかんがえます。
(もういちどだけでもいい。道化師さんに会いたい。)
花売りは、道化師に手紙をかきました。
〝この演劇を、わたしと一緒にみに行ってもらえませんか?〟
その演劇は、外国でえいがを作っている人たちの、夢のようなせかいのお話です。
花売りは、自分の売る花と同じように、そのものがたりのこともとても好きでした。
道化師は、手紙をうけとり、とてもこまりました。
花を売らない花売りと、なにを話したらよいのかが、わからなかったのです。
道化師は、いつも花しか見ていなかったので、花売りじしんのことは、何もしらないのでした。
それでも、花売りからはじめてされたおねがいでしたので、道化師は花売りと演劇をみに行くことを、しぶしぶきめたのでした。
演劇さいの日、花売りはいつもよりきれいな服をきて、道化師のまつばしょに行きました。
道化師は、道化の服を着ていません。
「はい」
そうぶっきらぼう言い、道化師は花売りに演劇のきっぷをわたしました。
「道化師さん、演劇のあとにおしょくじをしませんか?」
「しない」
「それでは、近くでワインを1ぱいだけのみませんか?」
「いかない」
「それでは、お茶をのみましょう」
「のまない」
花売りは、なぜ道化師がおこっているのか、わかりません。
とても悲しい気持ちで、道化師にたずねます。
「道化師さん、どうして、どれもこれもだめなんですか?」
「おれさまとあなたは、知らない人間どうしだ。知らない人間どうしは、いっしょにしょくじに行ったりしないものだ。」
それを聞き、花売りはもう口をひらくことができませんでした。
(私のたいせつなお花たち、ごめんなさい。)
(私の気持ちは、道化師さんには、なんにもつたわりませんでした。)
演劇のあいだ、花売りはずっと泣きつづけました。
道化師のとなりに座ることが、今日がさいごだとわかってしまったからです。
なみだはあふれるばかりで、花売りにもとめることはできませんでした。
はなやかな光と音のなか、まっ黒な道化師とふかい青にそまった花売りが、げきじょうの片すみにいました。
演劇がおわり、汽車の駅まで、花売りは道化師を見おくりました。
「またな!」
道化師は言いました。
「サヨウナラ。」
花売りは、そうこたえました。
一度だけふりかえった道化師のすがたを、花売りは、わすれることのないように、目をつむりまぶたのうらに、ふかくのこしました。
春がやってきても、花売りは、もうサーカスをみに行くことはありませんでした。
今日も花売りは、うつくしい花を売ります。
いつか花売りを知っているだれかに、その花をわたせることを信じているのです。
タイトル「花売りと道化師」