好きなものについて「彼氏の影響?」と聞かれることへの違和感
以前、私はTwitterでこのような漫画を描きました
この漫画では「いや人間じゃないんかい」っていうオチで片付けたわけですが…読んでいただいた方々はどう感じたのかなーって密かに気になっていました。
「彼氏の影響?」と言われて思うこと
最初に言っておきますが、恋人の影響で何かを好きになったりすることが悪いと思っているわけではないです。むしろ好きの幅が広がるしお互いにより一層楽しめるようになるので、とても素敵なことだと思っています。
だけど、好きなものの話をするときに開口一番「彼氏の影響?」と聞かれると…もやっとしてしまうのです。
特別で大事な思い出があるのにそれらが蔑ろにされてる気がしてしまう
私のこれまでの経験からして、この質問をする人の考えとして「たいして好きじゃないんでしょ?」という考えが根底にあるように思うんです。
たとえば、「野球が好き」と言ったとき、「彼氏が好きだから野球を好きになろうるとしている」→「彼氏が好きな野球を共有したいだけで、本当に好きなのは野球ではなく彼氏」という方程式が成り立っている気がする。
え、ちゃんと野球という競技そのものが好きなんですけど……
大切な思い出や、大きくなった好きという気持ちが全部無いように扱われているように感じてとても寂しくなるのです。
女子は好きにならないでしょ?って遠回しに言われている気がしてしまう
「え、なんで好き?女子にこの真の面白さはわからないでしょ。てことは彼氏の影響だろうな」と言われている気がして悔しいのです。
たとえば、サッカーが好きだと言った場合
・選手の一生懸命な姿や喜ぶ姿を見るのが好き
・ゴール裏でサポーターで盛り上がるのが好き
・チームごと監督ごとにどんな戦術を持って戦っているのか考察するのが好き
・試合で選手が成長する姿を見るのが好き
と、人によって好きなポイントは違うはず。
何に面白さを感じるかは人それぞれだし着眼点に優劣など存在しないですよね(着眼点が多いほど楽しめそうとは思うけど)。
その中で、サッカーの真の面白さなんて誰かが決めるものでもないし誰にもわからないはず。なのに着眼点でマウント取られると、自分が面白いと感じたことを否定されているみたいで悲しいのです。
こういうやつ、ぶっとばしたいですね…
でも、この「真の面白さマウント」は対象物が強く好きであればあるほど発動してしまうことが多いので、自分も気をつけたいなと思っております。
いろいろ考えたけど、結局は勝手に考えすぎているだけだった
ここまでいろいろと不満を垂れ流しておりますが…結局は私自身が言葉の裏を勝手に決めつけているだけに過ぎないよなーという結論に達しました。
この質問をする意図の大半は「何がきっかけで好きになったの?」ということだと思います。勝手に深読みして勝手にモヤモヤしてないで、もっと素直にコミュニケーションとったほうが良いと思いました。猛省。
ちなみに、私がサッカーを好きになったきっかけは完ッ全に男(ゼルビー)の影響でした。どうもありがとうございます。