人類堆肥化計画にむけて
来たる8月17日(土)夜、大阪豊中のblackbird booksにて、小説家 吉村萬壱さんとトークイベントを開催する。
人類堆肥化計画
——悦ばしい腐敗、土になりうる人間
これがそのタイトルだ。僭越ながら、わたしから対談相手の吉村さん、店主の吉川さんに提案させていただいた。
隠しようもないが、無論これは『新世紀エヴァンゲリオン』の中の「人類補完計画」をもじったものだ。いかにも仰々しく出オチ感が漂っているし、お前それ言いたかっただけやろという批判は甘んじて受ける所存だが、それでも、見掛け倒しにならないようわたしなりに中身を考えてのことだった。
ところで、こういうトークイベントの宣伝記事においては、読者にイベントへの期待を植えつけつつも、肝心なところは当日に取っておくというのが定石であろう。多くを語りすぎてしまっては会場にわざわざ足を運ぶ理由を減退させることになるし、第一対談は相手との現場でのやりとりが何より重要であるはずだ。
わたしとしては、この記事で読者や自分自身をそそのかし、当日は現場で生まれる流れやノリの中でできるかぎりを語り、さらに後日それらを「堆肥化」して生活および思考実践に活かしたいと思っている。
「人類補完計画」をもじったのは、その仰々しさにあやかりたいという気持ちからだけではない。似た名前にすることによって、むしろ本家に対して批判的に本家以上のものを打ち立てたいと思ったからだ。
と、息巻いてみたものの、実は人類補完計画がどのようなものだったのかうろ覚えであったため、検索して一番上に出てきた記事を読んだ。曰く、本計画にはゼーレと碇ゲンドウの二者それぞれのシナリオがある。ゼーレ側のものは、人類を生命誕生以前の「生命のスープ」に還元する計画、対する碇ゲンドウのものは、人類を統合し一つの高次元生命体に進化させる計画である。
わたしはどちらの計画も気に食わない。いずれにせよ人間中心主義的で身勝手で辛気臭くて何の役にも立たないと思っている。散々他の生物を足蹴にしたあげく、一顧だにせず、自分たちだけ被害者ヅラで救われようなどとは笑わせる。それなら、人類を堆肥化して大地の栄養にしたほうがよっぽど「補完」であろう。人類に欠けているものは、異種たちと地上で共に生きる欲望である。
「人類堆肥化計画」は、人間をどつきまわすことからはじまる。ボコボコにして土の上に倒れ込ませるのだ。その時、吉村萬壱の小説群の力を借りたい。あの、これでもかと人間を叩きのめし切り刻みぐちゃぐちゃにする力を。
以上、「人類堆肥化計画」にまつわるわたしの態度を表明しておく。
今回、はじめて小説家さんと対談するということで緊張している。それに、とあるビッグネームが聞きに来てくださるとの噂もあって余計緊張している。もちろん非常に楽しみではあるのだが、やはり緊張している。なので、どうか僕の醜態をひやかしに来てください!
最後に、今回のトークイベント開催に至った経緯を書く。
事の発端は、わたしが山尾三省の『野の道』をディスるツイートをしたことだった。それを吉村萬壱さんにリツイートしていただき、「やったぜ」とツイートしてから会話をしていると、blackbird booksの吉川さんに「うちでなにかやってくださいよ」と声をかけていただいたのだった。ツイッターも捨てたものではないなと思った。
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