どこかで折り合いをつける
生きていても、何かを作っていても、どこかで折れる時が来る。
進学の時に、どこにしよう?みたいな。何か作っている時だと、完璧を追い求めた結果、ものすごくグチャグチャな作品が完成してるみたいな。
この折る勇気ってなかなか出せない。どこかで因縁というかなんというかがあって、「いや、ここで折ったらすごくなれないぞ!」みたいな
でも、これってある種幸せなことで、選択肢があるんだよね。選択肢があるってものすごく幸せ。
何か病気などを持っていたとしたら、その選択肢すらあるかどうかわからないからね。この目の前にある選択肢。ものすごく大切にしたいな。
ぽてちです〜よろしくお願いします〜
よく悩むので、その時に答えを出したのにも関わらず、まだ深層に行こうとする。そこでやめろや!って毎回思うんだけど、ずっと答えを一度出した時に、問題点が生まれてその問題点を消すために新たな答えを探し出すっていう。
生きてて絶対どこかで、諦める瞬間はくると思っていて、それは自分の努力だとか、環境だとかで仕方なく諦めなきゃいけない時が来る。
進学で言うなら、家から遠いとかね。やりたいこととは違うけど、こっちも気になってはいたし、こっちにするかみたいなことあると思う。と言うか僕はあった。
あと、学力が足りない…!とかね。
それでも、なんか生きてるし、そんなもんなんだなぁと思う。
ものづくりで言うなら、技術不足は意外と解決できたりするから、どこまで詰めるかの部分は永久の課題。
僕は、完璧主義なところがあるので、自分が満足するところまでやりたい!となる。
でも、その満足するところまでやっていると何が起こるかって、未完成になるんだよね僕の場合。だから、どこかで「ここはこうでもいっか…」というところを作らないと永久に完成しない。これは映像を作る時も物語を作る時もそう。
たまに、自分の特性を踏まえて、物語を作る時、ものすごくショートストーリーになるんだけど、その分登場人物とかも減るから逆にコンパクト化されて、何か小さい物語を語ることになるので、長編を書くときの楽しさとは別の楽しさを感じている。実際は、これとこれを混ぜてあのストーリーを書きたいんだけどな…と思うんだけども。
チーム制作の時なんてものすごく大変で、自分の意見が通らないと割と不満気になることが多くて、それも自分の意見が全く参考にされないみたいなことが多い。なので僕は個人で作業するのが大好きなのである。
まぁだからと言って、チーム制作を投げ出すみたいなことはせずに、ただ目の前にある自分のやれることを淡々とこなしていく。他の人の正しいを信じてね。
いつか感じたい。「人の意見を聞くっていいな!」って。
ものづくりをするときは、大体完璧というより、「なんか…モヤモヤするな」と思いながら出すことのほうが多い。逆に綺麗かもしれない。カチッと決めないことにより。
心の中ではずっと怖いんだけどね。「これで大丈夫だよね…?」ってね。
今、この時の仕方ない選択を選んで、未完成なものを愛していきたい。