心の中の闇の侵食
闇といっても色々ありますが、今日も私の育児の闇についてお話せてていただきます。
そしてこの前はスネ夫とけんちゃんについて書いたので、今回はたっつーについて書こうとおもいます。
たっつーは本当に大変な赤ちゃんでした。
初めての出産。
言葉の通じない海外での出産です。すべてが不安でした。そして、私は出血すると止まりにくいという病気(ヴォンビルブランド病)です。たくさんの出血を伴う出産は私にとってはかなりのハイリスクです。出産予定日から5日を過ぎて無事生まれてきたたっつー。これを書いているということは、母親である私も無事であることを先にここでお知らせをしておきます。
それからオーストラリアの出産入院について少しだけ触れておきます。
自然分娩だと1日~3日で退院。帝王切開だと4日~7日です。私は自然分娩だったので、2日で退院しました。
早いですよね。びっくりするぐらい。私もびっくりしました。
費用はオーストラリアの永住権をもっていてパブリックの病院だと無料です。
これもびっくり。
そして私の母も義理の母も日本に住んでいるためオーストラリアまではこれません。頼れる人は旦那のみ。
旦那は予定日から1週間のおやすみをもらって、一緒に生まれるのを心待ちにしてくれていました。
が
ここで勘がいい方なら気づくと思いますが...
たっつー予定日より5日遅れたんです。旦那の休みは1週間。あと2日しかありません。病院で過ごした2日間を合わせると、ちょうど1週間!!
そう。
退院して家に帰ってきた次の日から旦那は仕事に行きました。
その時はお互いに何もしらなかったので、私も旦那も大丈夫だろうと軽く考えていたのでしょう。
旦那が返ってくるまで私はたっつーのおむつを替えて、授乳をし、1日中泣き止まないたっつーを抱っこしていました。
旦那が家に帰ってきたとき全身の不安が解き放たれたのを実感しました。その時です。涙と一緒に我慢していたものも、あふれだしました。
本当にたっつーはよく泣く子でした。抱っこしないと1日中泣くこともありました。今でも思い出しますが、そしてあの時は本当にしんどかった。そして、全然寝ない子でした。寝たと思ってベッドに置くと目を開けます。また抱っこして眠りについたことを確認して一緒にベッドに入ると起きません。しかし私がそっーとベッドから出てキッチンに向かうと泣きだします。朝方全然寝なくて旦那が抱っこして外に散歩にでかけたり、時間を見ると4AM。寝たのを確認して家に入ると目を開ける子供でした。
一日中一緒にいる。簡単そうでそれが一番しんどい。晩ご飯の準備、洗濯、掃除...しないといけないってわかってる。
でもできないんだ。
させてもらえないんだ。
そんな状況が続くと可愛いという感情の前に言葉にできない暗い闇のフィルターが心にはる。
赤ちゃんとの生活ってもっとキラキラしてるんじゃなかったっけ?
赤ちゃんってかわいいっていうけど、そう思えない私は何か変なのだろうか?
みんな普通にこなしていることが私にはできないのかな?
お母さんに向いていなかったのかな?
この生活はいつまでつづくのだろうか?
みんな夜寝なくても平気なのか?
赤ちゃんってほどんど寝てる本に書いてたけどウソだよね。起きてるの間違いじゃない。
なんでこの子は泣いているんだ?
逃げ出したい。一人になりたい。もう嫌だ。日本に帰りたい。
産後の私はそういう育児の闇に心が侵食されていました。
その侵食は消えたり現れたり、隠れてみたり、形を変えたりしながら私の心の中にまだあります。きっと私の人生が終わるまで消えることはないでしょう。でもその侵食も含めて私なんだと認めてやっと、融合されるのではないでしょうか。悪いものだけ排除してもきっとまた悪者が現れる。だからどうやって共存するかかがこれからの私の課題だと思います。
そんな産後うつの状態が続いていたのを覚えています。
そんな闇の中に光が...
その光というものは引っ越しです。今まで旦那の職場から車で20分くらいのところに住んでいましたが、車で3分もかからないところに引っ越しました。
たかが引っ越し
されど引っ越し
私は、もし何かあったとき3分で家までかけつけてきてくれるという安心を得ました。
泣き止まなかったり、けがをしたり、熱があったり、病気をしたり、私一人でたっつーを守らないといけないという責任感から半分解放されました。
それからも相変わらずたっつーはめちゃめちゃ泣くし、全然寝ないし、よく熱出すけど、私は3分でかけつけてくれるというセコムを手に入れたので、たっつーが泣いても寝なくても、病気でも私はへこたれなくなりました。強くなりました。
どこかの誰かが言ってそうな名言
自分の中にある嫌な部分も含めて自分なのだと。