日本脱出計画書1
あなたは将来どこにすみたいですか?
私は将来、子供たちが育って行ったら、旦那と二人で、日本の田舎でのんびり民泊でもしたいなーと何となく思っています。
やっぱり、日本って恵まれていると海外に住んだら感じます。
自由、安全、楽しいこといっぱいあるし、おいしいものもたくさんあって、医療だって進んでる。
日本にしか住んだことがなかったら、感じられないこと。
逆に同調圧力、大きく変わることを嫌がる、人の目を気にする、陰湿な陰口やいじめも実際問題あります。
そして、これからますます進んでいく少子化問題。人口が減るということは、経済が回らない。政治家たちますます高齢化。増える税金。格差社会。国際問題。自然災害。
この問題はどうやって解決していくのか?
解決する日が来るのか?
もし、自由に自分の住める場所が決めれるとしたら...
あなたは日本を選びますか?
昔の私は日本しか住んだことがなかったので、日本のいいところがわからなった。外から見ることによっていいところが見れたし、知れた。
でもその頃は日本の嫌な部分だけしか感じることができなかった。
出る杭は打たれる、陰湿な陰口にいじめ、みんなと一緒が好まれる同調圧力、私には生きづらかった。
テストでいい点を取ったら、先生はあの子だけ特別扱い。
何か他人と違っていたら、周りからは浮いた存在、仲間外れ。
自分らしく生きるってしんどい。
じゃあ、人の目を気にして、周りからは外れずに、歩調を合わせて、目立つことをせずに生きていく。
それが答えなのか?
そんな人生楽しくない。
私はそのしがらみから逃げだしたかった。
10歳そこらの子供が逃げ出す場所なんてその当時はなかった。
だから、日本脱出計画を立てた。
まず、
18歳で実家を出る。大阪の美容学校進学。
20歳で卒業。美容室で就職。
25歳で日本脱出。
この計画どうりに進めてきました。
初海外は19歳の時にオーストラリア。
それから、25歳までアメリカ3回、イギリス2回、フランス2回、ドイツ、ハワイ、上海に行きました。
旅行やヘアーメイクの仕事、フォト撮影だったりと色々と経験させてもらうことができました。
日本脱出計画ではアメリカに行く予定でした。その下見をかねてアメリカには3回も行きました。世界の中心、自由の象徴アメリカ。そんなアメリカに憧れていました。
しかしNYは私が想像していた街とは大きくかけ離れていました。
街ゆく人たちはとても足早、なにかに追われているかように...
道を尋ねようとしたけど、声を掛けられる雰囲気ではない。
街も人もcoolな印象を受けた。
そして、最後にNYの美容室見学に行きました。
そこで、1人の日本人が働いていました。
その方は東京で10年働いてから、NYに来たそうです。そして、NYで仕事をしていました。しかし英語が話せないから、カットはできない。また1からスタートと言ってシャンプーをしていました。
東京と言えば日本で1番って言われる場所。そこで、10年働いてNYに来たら、また1から...やり直し。場所が変わるだけでこんなにも変わるんだと思いました。正確にはしゃべれないだけで、技術はあるから、また1からだとしても5年もしくは2~3年でカットできているかもしれません。
その時の私は25歳でした。あと5年日本で働いてNYに来たら、また1から始めるということは5年プラス今の経験年数5年...10年マイナスって思ってしまったんです。
じゃあ今すぐ脱出しようって思いました。
そして、私は日本脱出をしました。
続く...