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舞台『組曲虐殺』(2019)を観劇して《3》

この文章は、『組曲虐殺』のキャスト・神野三鈴さんのファンが、『組曲虐殺』(2019)の開幕前、公演中、閉幕後に感じていたこと、考えていたことを忘れないために、記録しておくものです。

ほぼ自分用ですが、観劇された方とまたこの作品についての想いを共有できれば幸いです。

※全3回


舞台『組曲虐殺』(2019)

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《3》いま、そしてこれからのこと

これまで、公演前の予習公演中に考えていたことを書きました。

最後は、公演が終わったいま思っていること、 いまだから考えられること、そしてこれからのこと、です。


幕が下りたいま、ここからだな、と思うんです。

わたしは割と軽率に、「これは一生ものの作品」とか「これからも考え続けます」とか言ってしまうのですが、もちろん『組曲虐殺』はそれに該当します、これまでにない強さで。

普段、観劇の感想っぽいものはインスタだけですが、面白かったよかったー!で終わらないように、こんなnoteまで書いています。


これを読み返している未来の自分よ、
『組曲虐殺』を忘れずに生きていますか?


《3-1》”スクリーン”と”かけがえのない光景”


第一幕 「二 ロープ」で、多喜二さん、古橋刑事、山本刑事が、自身の"スクリーン"について話します。

自身の辛い光景が映るもの。
多喜二さんは原稿用紙、古橋刑事は盃の底、山本刑事は玄関口でした。

そして、その”スクリーン”に映し出されるのは、第二幕「八 胸の映写機」で語られる”かけがえのない光景”
多喜二さんの言葉をお借りすると「そのときそのときに体全体で吸い取った光景」のこと。

ふじ子さんの”かけがえのない光景”については前回も触れましたが、皆それぞれ、自分自身の原点とも言えるような経験を語り、ラストへ向かう流れは、毎回涙涙涙∞でした。


観劇した方ならばきっと、記憶を辿って思い馳せましたよね…ご自分の”スクリーン”と、”かけがえのない光景”について。

観劇をきっかけに自身と向き合えるのは、そういうのがちょっと苦手…というか避けがちなわたしには、とてもありがたいこと。
…まあ、しんどいですけどね。


ライフワークとして、書の作品を創るわたしの"スクリーン”は、やはり画仙紙
特に学生時代、面積の大きい作品ばっかり書いていたので、イメージしたのは、広い部屋に何枚も何枚も敷き詰めた画仙紙でした。

そして、その大きな”スクリーン”上に、筆を持って立つと映し出される、わたしの”かけがえのない光景”は、手術前夜の月明り

中1の夏、ちょいと珍しい病にかかっていたことが発覚して、2ヶ月の入院と11時間の手術をした経験があります。

その手術前日はたまたま、大部屋にひとり。
子どもだったわたしも、それなりに思うことがあり、夜はなかなか寝られず…でも記憶にあるのは、その夜の月明りはとても明るく美しかった、ということ。

それが、今の自分に繋がる決定的な何か、ということはないのだけれど、病と過ごした2ヶ月は、間違いなくわたしの”かけがえのない光景”であり原点だと思うのです。


《3-2》"体ぜんたいでぶつかる"

『組曲虐殺』には、強く美しい台詞や歌詞が、たくさん出てきます。
観劇された方であればきっと、ひとつふたつ、脳裏に焼き付いている言葉があるのではないでしょうか。

わたしが最も好きで、毎公演いちばんの泣きポイントで、聴くたびに苦しくて悔しくてたまらなかった台詞は、第ニ幕 「八 胸の映写機」 に出てくる、多喜二さんの「山本さんはこれを、体ぜんたいでぶつかって書きましたか。」でした。

前述の通り、わたしはライフワークとして書の作品を書いています。
商業書道家として活動もしていますが、本業は会社員。先程の台詞に対して、「勤務の間にちょこちょこっと……。」と答える山本刑事と、状況はほぼ同じ。
だから、多喜二さんの問いかけが毎回突き刺さって、メンタルズタズタにされていました。

表現活動には、才能の他に、努力と覚悟が必須。
わたしは、その3つどれも十分でない。
ただ、書道がすき!という気持ちだけでここまで来てしまって、特に覚悟が足りずに、中途半端な活動になっている。
これまで書いてきた作品、これから書くであろう作品に、果たして、”体ぜんたいでぶつかったもの”はあるだろうか…

毎回そんな事を考えて、本当に悲しくて悔しくて、どうにかしなきゃってその時は思うのに、また観に行くと同じところで同じことを思って…この繰り返し。

当然、このぐるぐるは続いています。作品同様、これも一生ものです。
でも、公演が終わって、そのぐるぐるしたものを、言葉にすることができました。

“体ぜんたいでぶつかって”作品を書くとは、どういう状態になることだろう?
どういう作品が出来れば、”かけがえのない光景”を表現できたことになるのだろう?

これからの表現活動において、答えを求め続けたい問いに出会えたこと。
これこそ、今回わたしが『組曲虐殺』の観劇を通して得た、いちばん大切なものでした。


《3-3》あとに続くものを信じて走れ

初演、再演、再々演と続いてきた『組曲虐殺』。
さて4回目は何年後かな…なんて思っている方もきっといらっしゃるでしょう。

わたしもそのひとりですが、この作品ほど、上演し続けてほしいと強く願う作品はありません。

もちろん、また観たいな~!と思っている作品はたくさんあります。
この役をこの俳優さんで観てみたーい♡なんて、演劇ファンならごまんとありますよね。

『組曲虐殺』には、そういう希望も持ちつつ、やはり「『組曲虐殺』が上演できなくなる世にしてはいけない」という思いが第一です。

信じている表現者の発信するものをちゃんと受け取れる、自分自身も自分の表現を発信できる、そんな世の中が続いて欲しい。それだけ。

それだけなのに、できない時代があった。
そして、その時代の話を聴いて、あれ?と思う。
全然遠くない話だな、と気づく…
悲しく、恐ろしいことです…

人の命には限りがあるけれど、
作品の命は、繋いでいけば、永遠。

『組曲虐殺』を、繋いでいかなければ。

この先もずっと、芳雄さんの多喜二さんを観たいし、ふじ子さんは神野さん以外考えられないし、高畑さんほど笑わせ泣かせるチマ姉さん演じられる人います?って思うし、古橋刑事の怖さと可笑しさの絶妙なバランスは山本さんしか出せないと思うし、小曽根さんの即興演奏あってこその『組曲虐殺』でしょ、と思っています。心の底から。

でも、今回の再々演で、萌音さん、土屋さんが新しく仲間に加わって、初演メンバーである石原さとみさん、山崎一さんの想いも繋いでくださった。

大切なところは変わらないけど新しい『組曲虐殺』が生まれ、わたしたちは出会うことができました。

そして、こんな偉そうにべらべらと語っているわたしだって、今回の再々演からの観客です(諸先輩方に受け入れていただけたかどうかちょっと不安)。


こうやって新たに『組曲虐殺』の素晴らしさに気づく仲間を、ひとりでも増やしたい。

演出方法やら何やらは変わってもいいから、とにかく上演され続けてほしい。
戯曲はそのまま、これまでのたくさんの想いを、しっかり背負って。

初演、再演、再々演のメンバーではない『組曲虐殺』は、正直まだイメージできないけれど、小林多喜二さん、井上ひさし先生、キャスト、スタッフ、観客の想いを繋いでくれる、まさに"あとに続くもの"たちが居ると、信じています。



《3-4》振り返る日

最後に。
以下の日は、DVD観たりサントラ聴いたり戯曲読んだりして、『組曲虐殺』と『組曲虐殺』から教わったことを振り返る日にしたいと思っています。
ぜひ、これからもご一緒に。

伊藤ふじ子さん 生誕日:2月3日(1911年)
小林多喜二さん 命日:2月20日(1933年)
井上ひさし先生 命日:4月9日(2010年)
伊藤ふじ子さん 命日:4月26日(1981年)
井上ひさし先生 生誕日:11月17日(1934年)
小林多喜二さん 生誕日:12月1日(1903年)



それでは、このあたりで。
いちファンの戯言にお付き合いいただき、心から感謝申し上げます。
いつかまた、『組曲虐殺』に会える日を楽しみに、生きていきましょうね。



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命あらばまた他日。
元気でいこう。
絶望するな。


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