短編小説『旅人とバターサンドクッキー』
夕方の5時。
私は薄暗くなった公園に足を運んだ。
今日はここにしようか、と、マップで見つけたこじんまりとした公園だった。
遊具と砂場とボール遊び禁止の看板。
公園だから子供が遊ぶのにボール遊びが禁止なんて冷たいなぁと、看板の近くにあるベンチに座る。
「よいしょ」っとずっと背負っていたギターケースを膝元に置く。
カバーを開けて、真っ白なアコギギターが顔を出す。
私はいつもこの子と一緒だ。
この子が居たらどの世界でも、うんと強くなれる気がする。
座り直してあぐらをかいて、ギターを足元に乗っける。
弦を片手で持って、右手でポロンと小さな音を奏でる。
私は実際はギターが弾けない。
GmもA7も名前は聞いたことあるけど、どうやって指を置くのか分からない。
それでも、指を弦に当てるだけで名もない音が出るのが心地いい。
ポロン、ポロン、としんとした空気に吸い込まれていく。
この世界で生きるのがしんどいと感じたら、このギターを背負って公園まで歩いていく。
たまには電車を使って。
歩きと電車で行ける範囲は限度があるけど、この辺りにはいくつか公園がある。
私はいつかこのギターとともに世界を巡ってみたい。そして、そこで知り合った人達に歌を届けたい。
楽譜に囚われない音楽を奏でたい。
周りからしたら、基礎からやれよって思われるけど、美術もルールなんてないのだから音楽だって、楽譜にとらわれなくていいだろう。
少し落ち着いてさっき電車に乗る前に寄った、百貨店のデパ地下で買ったバターサンドクッキーをポケットから出す。
1個320円と決して安くはないけど、小腹が空いてぶらぶらお店を巡っていたら偶然見つけた。
一個からでも買えると聞いて、プレーンのを買った。
カシャっとラッピングを開けると、ほんわかと焼き菓子特有の香ばしい匂いがした。
バターサンドっていうから、サンドイッチのようなマカロンのようなものかと思ったけど、分厚い正方形のクッキーが一枚入っていた。
サンドなのこれ?と思いながらおそるおそる一口齧る。
サクッと口の中で音がして、中を見るとその中にバターが入っていた。
バターが出ないように分厚いクッキーで包まれていたらしい。
もう一口齧ると、ほろほろとクッキーが溶けていってその後にバターの塩じょっぱさが口いっぱいに広がった。
『…美味しい』と独り言が漏れる。
その瞬間に私のもう一つの相棒が決まった。
このバターサンドクッキーとギターと一緒に旅をしよう。
一つしかないのが惜しいのに、それでも美味しくてさらに2口ほど齧って食べ切る。
はぁっと幸せなため息が漏れる。
これからは、美味しいものをたくさん巡って、私の音をたくさんの人に届けよう。
私は、ギターをケースに戻して立ち上がった。