猫の恩返し(クリスティーナの場合)
その猫は、怒っているようだった。
「ちょっと、『その猫』なんて言わないでくださる?私にはクリスティーナっていう素敵な名前があるんですから」
− おっと、それは失礼しましたクリスティーナ。……君、僕の声が聞こえるの?
「ある程度生きてると、人間や動物の言葉だけじゃ物足りなくなるのよ。ナレーションも聞こえてくるわ」
− まるで「くまのプーさん」のアニメーションのようだね。
「知らないわ」
− それはまた失礼しました……名作なんだけどなぁ。ところで、なぜ怒っているの?クリスティーナ。
「どうもこうもないわ、今日はここのお祭りなんでしょ?そのせいで、家の中でも朝からすっごく騒がしくって……」
僕が質問をすると、クリスティーナは堰を切ったように話だし……ここでクリスティーナは大きな目をもっと大きく見開いて、宙を見上げた。
「そのナレーション、やめてくださる?うっとおしいわ」
− ごめんね、クリスティーナ。僕の声が聞こえる登場人物と話すのは初めてだから、ちょっと、こう……慣れなくて。
「……融通が利かないのね。好きにしてちょうだい」
− ありがとう。なるべく気をつけるよ。どうぞ、続きを話して。
「そう、朝から家の中がすっごく騒がしくて、ゆっくり寝てられなかったのよ」
− 君の家が?どうかしたの?
「今日はね、うちの坊ちゃんのデートなの。花火大会に行くんだってはしゃいじゃって。たまに電話していたあの娘だと思うわ。でもね、彼女に渡すつもりだった髪飾り、なくしちゃったみたいなのよね」
− あらら、かわいそうに。特別なものだったのかい?
「そうなんじゃない?家中ひっくり返してもなくて、落ち込んでる顔がうっとおしいの」
− 坊ちゃんに手厳しいんだね。それで、落ち込む彼を置いて、出てきちゃったの?
「そうよ。うっとおしいもの」
そういってクリスティーナは、綺麗な長い尻尾を優雅に揺らしながら進んで行く。祭りの準備を終えた町は、所狭しと屋台が並んで賑やかだ。
たこ焼き、かき氷、駄菓子、お面、鈴カステラ、射的、ヨーヨー釣り、りんご飴。
花火のスタートまで2時間ちょっと。すでにいつもの倍以上の人出で、これなら家の方がよっぽど落ち着けるのではないかとも思う混雑ぶりだ。
「やっぱりあなたもうっとおしいわ」
金魚すくいの屋台をちらっと見ながら、クリスティーナは言った。
「……見てないわ」
− 失礼、クリスティーナ。謝ってばかりだね。そんなこと言わないで、ナレーションは止めるから話をしよう。でも、さっきから君は何をしているの?
「別に。静かな場所を探しているだけよ」
そう言ったきり、屋台と人の間を縫うようにひらひらと、あっちに行ったりこっちに来たり。クリスティーナは猫らしく、自由気ままに動き回る。もう僕の声も聞こえていない様子で、ひとしきりそこら中を歩き回ってきた彼女は、小さな紙袋をくわえていた。
「帰るわ」
静かにそう言うと、トトトッと、今度は一直線に来た道を行く。“ついて行っても?” クリスティーナに声を掛けると、ちらっと見上げて、少しスピードをあげた。
手入れされた庭にマリーゴールドが咲く家の前で立ち止まったクリスティーナは、少しウロウロとあたりを伺ってから、ドアの前に紙袋をぽとりと置いた。そして玄関脇にある籐籠に入ると、くるんと丸まって眠ってしまったようだ。
それから小一時間が経ったころ、玄関の扉がガチャリと開く音がした。まだ籠の中で丸まっているクリスティーナの、耳先だけがピクリと動く。
「あっ」
高校生か、いや、まだ中学生くらいに見える男の子が、紙袋に気づいて拾い上げる。中身を確認した彼はクリスティーナをひと撫ですると、足早に出掛けて行った。
「ごめんなさい、眠っちゃったみたいだわ」
− いいんだよ、クリスティーナ。あれが君の坊っちゃんだね?
「そうよ、可愛らしいでしょう?7つの時から一緒なのよ」
− なくし物、探してあげたんだね。素敵な髪飾りじゃないか。
「……どうかしらね、女子は花とかキラキラしたものが好きなのよ。そこらへん、坊ちゃんはまだ初心者だから」
− 君によく似た、素敵な黒猫のモチーフだったね。きっとうまく行くよ。
「ふん、どうかしらね」
クリスティーナは音もなく石垣に飛び上がると、満足そうに空を見上げる。ドーンと大きな音が鳴って、遠くの空に花火が舞った。
【妄想ショートショート部】
今週のテーマは、「ねこ」「花火」でした。
毎週お題を決めて、ショートショートを投稿しています。
部員の楽しく奥深い妄想はこちらから↓
【メンバー】
ダラ
https://note.com/daramam
サクランボウ
https://note.com/cherry_seeds