こんな海じゃ溺れない
「ねえ運転手さん。この人降りたら、海に行ってください。近くでいいからお願いします」
ベロベロに酔いつぶれた挙句、私に寄りかかって爆睡している同僚をすみに追いやりながら、そう告げたところまでは覚えてる。
今、国道沿いを歩きながら、波の音を聴いているのはそのせいだ。こんな夜更けに、湘南にいるのはそのせいだ。
全然近くはなかったけど、確かに、この上なく海らしい海にいる。
でも、あそこで降りたはずのこの人は、どうして一緒にいるのだろう。まだ酔いの覚めない顔をして、ふらふらとついてくるのがうっとおしい。
ちょっと一人になりたかったのに、どうしてこうなっちゃったのだろう。
「彼女、できそうなんだよね〜さっすが頼れる同期、いい親友を持った。いい子紹介してくれてありがとう!」
しまらない顔で言っていたのを思い出す。相変わらず大袈裟でうっとおしいな、ただの同期なのに。
うちの島のあの子といい感じなのは知っていた。あの子は私の後輩だし、同僚への淡い好意も聞いていたから、流れで取り持ったりもしたけれど。
「別に報告もお礼もいらないんですけど?」
そんなことを言いながら、ご馳走になった昨日。
それで、なんでこんな夜更けの海に、この人と二人でいるんだろう。
薄暗い砂浜を眺めながら、さっき買ったガリガリ君を食べる。隣でまたビールを飲みはじめた同僚は、ずっと静かで少し困る。
ああ、そうだった、私、苦手だったんだガリガリ君。食べるスピードが追いつかなくて、すぐ崩れてきちゃうから。いつもそう、後になって気付くからダメなんだって分かってるのに、もう。
溶けかけのガリガリ君を見上げるように下から大きくかぶりつくけど、やっぱり半分くらいまで食べたところであっけなく落ちてしまった。腕に垂れた水色に、砂がまとわりついて気持ち悪い。
「きたねえなぁ、ベッタベタ」
かすれた声で小さく笑いながら、私の腕の水色をそっとなぞる同僚と目が合う。
足元に落ちて溶けかけの半分が、海に続いてたらいいのに。飲み込まれて漂って、浮かんでこれないくらい深い海に。
「うるさいな、酔っ払いは」
いまさら酔ったふりもできなくて、笑いながら手を離す。
大人でいるのは、めんどくさいな。もう全部めんどくさくて、溶けたアイスに溺れたい。
いっそ寝てしまえばスッキリするのかも。でも。それほど軽い気持ちでもないし、それほど重い気持ちでもないから、やっぱり私にはできない。
始発が出るまで、ちゃんと同僚でいよう。電車に乗ってしまえば、私たちは昨日のままだから。
夜の海と溶けた氷の間で私は、ぐっと踏ん張って立っている。
【妄想ショートショート部】
今週のテーマは、「夜の海」「親友」でした。
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