(没)地獄の猟犬 -リセルヴァ-

注意!下は下書きのままのままで未完成のアイデアノートに近いものです。それでもよろしければ。



古めかしい電球が作る頼りない光が、シーリングファンの震動とともに小刻みに揺れながら仄暗い部屋を照らしていた。悪辣な太陽が外で既に乾いた砂漠をさらに熱で苛み、部屋の中は外以上に乾いた雰囲気になっていた。

レトロな部屋とは対象的に、片隅ではレーザーガンなど大量の現代武器が置かれ、オッドアイの赤髪の男が、ただ黙々と、正確にそれらを丁寧に分解、組み立てて整備し、もう一方では、この場で似つかわしくない容姿端麗な男が、鏡を見ながら容姿の手入れをしていた。

黙々と自分のことに没入している二人を、高価そうなコートを脱いで側に置いた男、リセルヴァ・キアンティが、あきれたまま二人をただ見つめては、いま自分がここに至る経緯を振り替えす。

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--数ヶ月前、とある惑星のパイロット養成学校にて

「くっ、また負けてしまった…。なんなんだよこいつ…。」
貴族達が経営を務める、この星唯一のパイロット養成学校で開催される学生間の戦闘機シミュレーション大会で、相手を完膚なきまでに叩きのめしたリセルヴァが、VR筐体から尊大に歩み出ながら、裕福家庭出身の対戦相手を睥睨する。
「当たり前だ、僕は貴様らのような成金とは違って、正真正銘の選ばれしものだからな。」

(挿絵1)


リセルヴァ・キアンティ。パイロット養成学校に入学してから1年も満たさずに、各学科において優秀な成績を挙げた彼は、その端正な外見も相まって、たちまち他の学生たちの間で話題となっていた。

「ねえ見て、今回の戦闘機シミュレーショントーナメントの代表候補と言われてるリセルヴァくんよ。」
「噂ではどこかの名門貴族の出身みたい。」
「なにそれ、憧れるぅ。」
「…でも、彼ってどこか近寄りがたい雰囲気がするね。」
「そういうクールさもまた彼の魅力じゃない♪」

他の女子生徒のおしゃべりを無視しながら、リセルヴァは学校内を闊歩する。自分をもてはやす言葉など特に意味を感じない。他人からの感情や信頼は意味を成さない。”選ばれしもの”である自分は、他の連中とは根本から格が違い、孤高であるべきものだから。

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(見てリセルヴァ、この人が私達の祖先、キアンティ侯爵よ。)
学校の中庭のベンチで腰を下ろし、空を見上げながらリセルヴァは幼い頃、優しい笑顔を浮かべながら古めかしい写真を見せる母のことを偲んでいた。

(忘れないでリセルヴァ、貴方の中には高貴なキアンティ家の血が流れている。とうに没落してしまったけれど、母さんは貴方こそがキアンティ家を復活させる、選ばれし者だと信じているわ…。)

(挿絵2)

かつて名門貴族であったキアンティ侯爵は、トランスバール本星でも絶大な勢力を持ち、その比類なき才覚で領地内の人民を導き、慕われていた。だが、陰謀渦巻く貴族界の闘争に幾度なく巻き込まれ、没落して久しいらしく、母はそのキアンティ家の末裔である。というのが、彼の母から教えられたことだ。

だが果たして母が本当にその血を引いているのかは、リセルヴァさえも知らなかった。彼の実家はおよそ貴族のような生活とは程遠い、ただの平民階級だし、そもそもキアンティ家が実在していたのかは、誰にも分からない。なぜなら、図書館や歴史に関する文献からは、一度もキアンティ家の名前を見つけることがなく、いま手にしている写真でさえも、本物かどうか証明することはできない。幾多の政敵との紛争で歴史の闇に葬り去れた、と彼は解釈していた。いや、そう"確信"じていた。リセルヴァは、母の言葉に疑いを抱くことなど一度もなかったのだ。

父は幼い頃から亡くなり、それ以来ずっと母が独りでに自分を育ててきた。乏しい生活の中、常に自分を励まし、支えてくれた優しい母の記憶は唯一確かなものだった。それ故、リセルヴァにとって母の言葉が全てであり、それに基づく自分が"選ばれしもの"という言葉は、リセルヴァの行動原理で、自分を成り立てる全てで、妄執にも近い信仰そのものだった。

今のパイロット養成学校への入学を果たし、その知らせを誇らしげに母に伝える直前のことだった。母がついに過労で倒れて他界した。母の遺体の前でリセルヴァは敬愛するその手を強く握り、神に祈りを捧げているかのごとく強く誓った。

(挿絵3)

「母さん、僕は必ず出世して、キアンティ家の栄光を取り戻してみせる…っ。そしていつか皇国のトップまで上り詰めて、かつて以上の誉れを、わが家の名前を全銀河へと轟かせてみせるよ…っ。」

かくしてリセルヴァは、真偽も定かでない名門貴族の身分を背負い、皇国の頂点へと上り詰める野心を持つようになった。当初は士官学校経由での出世を考えていたが、選抜試験中パイロットとしての素質を見出され、補助金も出されることから、まだ資金面に余裕がないリセルヴァはパイロット養成学校へと入学した。

その執念によるものか、或いは天賦の才なのか。パイロット養成学校に入学したばかりのリセルヴァの活躍は目覚しく、今や皇国規模で、大変誉れのある戦闘機シミュレーショントーナメントの代表候補まで至った。貴族であろうとなかろうと、その類まれな才覚についてだけは、彼の母は見誤っていなかった。

だが、眩し過ぎる光にはいつも暗き影が付きまとうのが、この世の常だった。

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「ど、どういうことだこれは!?」

トーナメント代表決定戦のことだった。この決定戦は、VR筐体を用いて候補者全員によるバトルロイヤル形式だが、対戦相手を終始圧倒していたはずのリセルヴァのVR戦闘機は、なぜか乱戦中で機体に被弾判定を受けて、あえなく脱落した。だが乱戦中とは言え、敵からの射線からは一切外れてあるし、被弾判定になるような要素はどう見ても無いに等しかった。

「審判!さっきの被弾判定は誤判だ!原因調査を要求する!」
試合会場のステージ上にあるVR筐体から出ては、激しい剣幕でステージの横で試合を観察する審判員らに迫るリセルヴァ。だが審判員達はまるで他人事のように気をかけることは無く、調査は不要とかシステムの判定は絶対だとか言い張るばかりだった。彼らの態度に驚愕するリセルヴァだが、歓声と共に筐体から歩み出る勝者が見せる、嘲笑うかのような表情を見て全てを悟った。

賄賂だ。あの勝者はここいら一帯でも有数な大企業の御曹司で、多数の貴族と癒着関係にある噂が昔からたっていた。そして今回の審判員はこの学校の関係者で、全て貴族出身であり、その企業との黒い噂も同じくらい囁かされていた。実際、奴の入学もまた賄賂によるものと疑う人がいるぐらいだ。

「もういい、これ以上口出しをすると言うのなら、しかるべきペナルティを受けてもらうぞ。そもそも"自称貴族"が、真に高貴な貴族である私達に口出しするようなおこがましいマネをするのではないっ。」

(挿絵4)

前からリセルヴァの強烈な「高貴出身」のアピールにうんざりしていたのか、審判員の一人がまるで薄汚い物乞いを追い払うような口調で罵った。リセルヴァの中で怒りが噴出した、お金で物を言う成金の成りあがりに。憎しみが膨れ上がった、悪臭すら匂わせるほど腐敗しきった堕落貴族らに、そしてなによりも、「高貴な出身」としての自分を蔑んだことが、彼に今までにない激しい感情をもたらした。自分のプライドに傷を付けることは、母その人を侮辱することに等しいからだ。

かつてない激情がリセルヴァの体内で急激に膨張し、そして弾けた-----


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街から遠くはなれた小さなバーの中では、ズンズンと激しいロックンロールな音楽が流れる。柄の悪い青年達がフライトシュミレーションゲームに熱中し、いかつい顔ぶれの面々が、ビールの瓶を掲げては乾杯をしていく。そんな店の隅にある机で一人で座るリセルヴァの姿があった。およそこの場には相応しくない高級なコートを着ながら。彼なりの、"高貴な出身"としての矜持なのだろうか。

「くそ…。僕は、高貴な出身で、選ばれし者なんだぞ…。それがこんな…。」

手に持ったグラスを一気に飲み干し、再びそれを注いでゆくリセルヴァ。あの日、彼は怒りまかせに審判員らに殴りつけ、会場で大きな騒ぎになっていまい、リセルヴァは永久退学という絶望的な処罰を受けてしまった。身寄りもなく、もはや出世など夢のまた夢となってしまった彼は、各地をさ迷い続け、この辺境の街へと流れ着いたのである。

生き甲斐を失い、屈辱と絶望に打ちひしがれたリセルヴァの心は、俗世への失望と怒りに煮え滾り、それが強き執念へと変わっていく。

「認めない…絶対に認めない…僕は必ず手に入れてやる…っ、権利もっ、力もっ、全てをこの手で…っ。」

普通の出世が出来ないのならば、革命を起こせば良い、革命を起こし、成金や腐敗貴族による間違いだらけの体制を根底から覆してやる。まるでその沸騰する激情と決意をさらに燃え盛るようにグラスを飲み干したら、ある男の声が響いた。

「こんな小さなバーで一人で飲んでるのかい?あまり美しいとは言えないねぇ。」

いきなりの声にぎょっとして杯をおろすと、端正な顔立ちに青色の髪を長くなびかせる男が、手に赤色の薔薇を持ちながらリセルヴァの向かいに座り込んでいた。

「…なんだお前は?酔っ払いなら間に合ってる。」
険しい眼差しを差し向けるリセルヴァだが、どこか飄々とした男はただ小さく笑っては勝手に語ってゆく。
「そうつれないこと言わなくても良いじゃないか。ただ単に、この寂れたバーで釣り合わない高級コートを着てる君に、ちょっと興味が沸いてきてね。意地悪好きな神の手引きというところかな?」
男の手の薔薇といかにもキザな服装を見て、お前が言うのかと心で小さく突っ込んだ。

「ふん、そういうお前こそ、ヘンテコなコーデでこの僻地で何か芸でもやるつもりなのか?」
「ふふ、大変強気でよろしい。そうだね…、強いて言えば、私はここで美しいものを持つ人を探している、と言えばいいかな?」
「なに?」
そっち系の奴だったのか、或いは頭がイカレてるのか、リセルヴァは呆れて席を立ち上がる。

「そういう商売なら他に当たってくれ、僕はまったく興味な…。」
振り返ると、燃えるような赤色の髪をしたオッドアイの男が、腕を組みながら彼の行く道を遮った。
「な、なんだおまえ…。」
無駄のないがっしりとした体系に、顔を横切る大きな傷跡、そして感情が読み取れない氷のような、オッドアイの瞳。いつも尊大な態度のリセルヴァでも、この男が醸し出す冷徹な雰囲気に、少なからず身が震えた。
「すまないけど、君には私達の”選定”に少し付き合ってもらうよ。」

(挿絵5)

「どういう意味だ?」
「まあとりあえず聞いてくれたまえ。そこに戦闘機ゲームの筐体が置いてあるだろう?あのゲームは軍用シミュレーターのダウングレード版だが、初歩的なパイロット適正を図るのにも使われてる。君にはそのゲームを使って、その連れの男と一戦交えて欲しい。」
「はっ?何で僕がそんなつまらないことを…。」

リセルヴァがそう言うな否や、長髪の男は分厚そうな札束を机に置いた。
「勿論、タダとは言わない、もし君が彼に勝ったら、このお金は全部君にあげよう。負けても金がもらえないだけで、君には何のペナルティもなし。どうだい?中々良い条件だろう?」

いきなり大金を見せられるリセルヴァは少し動揺する。学校から追放されてから手持ちの金は減る一方で、今や明日の食い扶持さえ維持できるか怪しい状況だった。うまい話には裏があるのが普通だが、今の彼にはそれを気にする余裕もない。彼は目の前の寡黙な男を暫く見つめては、再び視線を長髪の男に戻す。
「…約束はちゃんと守るんだろうな?」
「勿論さ。約束を破るのは美しくない。」
「コインはそっちで払ってもらう。」
「抜かりないね、益々気に入ったよ。」
ふふっと笑っては長髪の男も立ち上がり、三人は店のゲーム筐体へと向かっていく。

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「くっ、こいつ…っ!」
ゲーム筐体から激しい効果音や光が溢れ、リセルヴァと赤髪の男の機体が熾烈なドッグファイトを繰り広げており、長髪の男は赤髪の男の筐体やや後ろから、その様を観察していた。

「ちょこまかと動いて…っ!」
相手が思った以上にやり難いことに、リセルヴァは驚いていた。パイロット養成学校でのフライトシミュレーションの成績は常にトップを叩きだしていたため、見知らぬこの男ぐらいなら軽く勝てる算段でいたが、実際対峙してみるとその動きは今までやってきた相手とは正に雲泥の差だ。迷いのない機動に絶妙な攻撃タイミングは、あたかも機械のように正確で、かつ極めて危険な野性も感じられる。男の素性は知らないものの、学校で身に付けられるものではないことは直感で分かった。

「なめるなっ!」
赤髪の男に後ろを取られてレーザーを乱射される中、リセルヴァは思いっきり機体をピッチアップして急減速をし、男の機体との速度差を利用して逆に後ろを取ることに成功した。

(ほう)
赤髪の男は心で小さく声をあげる。あの状況でその機動は無茶しかならないが、少なくともその動きができること自体にはそれなりの意味があると見たのか。側からそれを見た長髪の男も一瞬、含みのある笑みが浮かんだ。

「ああっ!」
だがその無茶が祟ってしまったのか、元々蓄積されたダメージに無理やりな機動が加え、機体が空中解体という判定が下されてしまった。ゲームオーバーを示す文字が、リセルヴァをあざ笑うかのように画面上で点滅する。

「どうやら決着がついたようだね。」
軽く拍手をしながら、長髪の男は赤髪の男を見ると、その男は小さく頷き返した。
「まだだ!さっきのは大気圏内での戦闘だっ、宇宙空間ステージの方でもう一度…っ」
筐体から出て再戦を申し込むリセルヴァに、いきなりボスッと先ほどの札束が長髪の男から投げ込まれた。
「ど、どういう意味だ、こっちは負けたんだぞ?…僕を愚弄する気か?」
「そうじゃない、これは言わば前金ってやつさ、入隊契約のためのね。」
「入隊?お前何を言って…」
「立って話すのもやりづらいだろう?場所を変えようか。」

困惑するリセルヴァをよそに、長髪の男は相変わらず掴み処のない笑みを見せ、無表情で筐体から出てくる赤髪の男と共にリセルヴァをバーの奥へと案内した。

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リセルヴァらは、バーにある小さな個室へと移動し、彼と長髪の男だけが机に座り、赤髪の男は個室の入口で見張るように背をもたせていた。古く多少黴臭い部屋を照らす灯りは時折頼りなさそうに点滅するが、相手と会話するだけなら十分な場所だ。

「さて、まずは自己紹介といこうか、私はカミュ・O・ラフロイグ。そこで立っているのは連れのレッドアイだ。君の名前は?」
「…リセルヴァ。リセルヴァ・キアンティだ。高貴なる貴族キアンティ家の当主でもある。」
リセルヴァの名を聞いて、カミュという男の声に好奇の色を帯びる。

「へえ?聞いたことがある名前だね。なんでもパイロット養成学校で貴族であると装い、しまいには教員に暴力を振るい、そのせいで退学されたとか…。貴族にしては気性が激しいじゃないか。」
「ふん、あんたには関係のないことだ。それともなんだ、あんたも僕はまがい物の貴族だと言いたいのか?」
「まさか。君の身分や過去なんざどうでも良い。貴族と称したいのなら好きなだけすればいいさ、その真偽はさして重要ではない。」
リセルヴァは少々面食らった感じがした。このカミュという男の表情から、それが皮肉でなく本気で気にしてないのが分かる。

「…お前らはいったい何者なんだ?」
「その質問に答える前に一つ聞きたい、君は今の皇国をどう思っている?」
唐突な質問にその真意を図りかねるリセルヴァだが、すぐに迷いもなく答える。
「平和ボケした愚民と崇高な理想もない堕落貴族どもの溜まり場だ。一度滅ぶぐらい徹底的な改革が必要なほど腐っている。…なんでそんなことを聞く?」

それを聞いたカミュは確認を取るようにレッドアイを見て、頷く彼を見たら意味有り気な笑みでリセルヴァに顔を向ける。
「単刀直入に聞こう、きみ、私達ヘルハウンズ傭兵部隊に入隊するつもりはないかい?」
リセルヴァが片眉を吊り上げる。
「ヘルハウンズ?…ふん、なぜ下賎な不正規部隊に僕が入らなければならないんだ。」
「無駄に尊大、そこもまた良いねぇ。なに、私達にとっても傭兵稼業はあくまで手段に過ぎない、ようは前準備の段階にあるんだよ。崇高な理想達成のためにね。」
「ほほう?そんな大層なものがあるのならぜひ聞いてみたいものだな。その理想とはなんだ?」

カミュが返した答えは、リセルヴァにとって想像もしなかった内容だった。

「…皇国の転覆。」
「な、なんだと…?」

(挿絵6)

突拍子も無い言葉に、リセルヴァは失笑する。先ほどこそ滅べば良いとは言ったが、それを一介の、しかもまだ二人しかいない傭兵部隊に、128星系の版図を持つ皇国を転覆するなど、狂人の戯言にしか聞こえない。

「はっ!酔っ払いじゃなくてただの馬鹿だったのか。たかが一部隊のみでそれが成し遂げられるとでも?」
カミュはただ不敵な笑みをしながらリセルヴァを見つめるが、その眼差しには得体の知れぬ本気が秘められ、まるで何か恐ろしいもの見たかのような寒気さえ感じた。

「…本気、なのか…本当に、一介の傭兵だけで、皇国を…。」
「何も私達のみでそれをやり遂げるとは言ってないよ?確かに、今のヘルハウンズはまだ私とレッドアイしかいないし、そのためにこうしてスカウトによる規模拡大を図ってる最中だ。」
「なら何を根拠にそう言い切れ…。」
「できると信じてるからさ。それに無計画でもない。我々にはその目的へと導いてくれる主が、大義名分がある。今こそ勢力は無いに等しいが、いつかは必ずや理想を完遂するだろう。…勿論、力を蓄えるためには暫く泥臭い傭兵稼業に専念するしかないけどね。」

リセルヴァはあきれを越してただ唖然と目の前の男を見つめていた。馬鹿馬鹿しい、狂っている。そんなおぼろげな感じで、皇国の転覆を訴えるなど狂人でも言わない冗談だ。だがこの男、カミュの目の奥底には、この考えに対して一切の疑問も迷いもなく、良くも悪くもただ純粋な信念が静かに、しかして苛烈に燃え盛んでいた。それは妄信によるものなのか、でなければ間違いなく狂人による戯言だ。

「…あんた、皇国に何か恨みでもあるのか?でなければ何故そのようなことを…。」
「それについては詳しくは言えないよ。他人のことは詮索せず、他人も自分のことは詮索しない。それがヘルハウンズにおける唯一の規律。…だけど、そうだね、私もレッドアイもそれぞれ、皇国に思うところがあるとだけ言っておくよ。」
「…その主のことも、詳しくは言えないのか?」
「今のところはね、時期が来れば紹介してあげるけど、それまではとりあえず私の指示に従ってもらう。」

依然としてカミュの表情から、その真意を掴むことはできない。彼らの後ろにある"主"にも、どこかきな臭い感じが拭えなかった。だが、少なくともその後ろに、自分と同じ現皇国への不満があることだけは、なんとなく真実だと感じられた。

「…もう一つ質問がある。なぜこの僕をスカウトしたいと思ったんだ?先ほどの対戦は負けていたんだろ?」
「それはね…君の中に"美しいもの"が見られたからだよ。」
「またそれか、こっちは真面目に…」
「真面目も真面目、大真面目なのさ。」
リセルヴァの口を手に持った薔薇で遮り、後ろに引く彼を意味ありげな眼差しで見つめながら優雅に語る。

「美しさとはなにも外見のみに限られるものではない。寧ろその内面に隠された、一握りの人だけが持つ特質こそが、その人を真に美しくさせる…。これはとても大事なことなんだ。いくら実力を伴っても、美しさの無い戦いは、理念無き闘争と同じぐらい醜く、真に理想な世界など作れない。それ故の美への追究だ。」
美の談義を力説するカミュに気圧されるリセルヴァ。美学に対するカミュの基準は今だ理解できないが、彼の言葉の後ろに、自分のプライドに似た物言えぬ信念を感じ取れた。

「先ほどの戦いを見て、私は確信したよ。君の奥底には『執念』という美しさを備えてある。そしてまだ経験が足りないが、確かな操作技術も持ち合わせている。我がヘルハウンズ隊には正にぴったりな人材だよ。」
リセルヴァは無言のままカミュを見つめる。まるで彼がどこまで本気なのか見定めてるかのように。

「君だけじゃない。そこにいるレッドアイも彼だけの美しさを持っている。…何よりも、君もまた私達と同じく、今の皇国の体制を快く思ってはいない。これが一番重要だ。」
入口で終始無言で見張るレッドアイを見ては、再び視線をカミュに戻すリセルヴァ。

暫くの間、ただ彼ら二人をこうして見つめては考え込んでいたが、返答するまでにはそこまで時間はかからなかった。疑問は残るが、今のリセルヴァには他の選択肢などなかった。

「…いいだろう。その話、乗ってやろうじゃないか。大口を叩いた以上、その理想とやらが本当に実現できるかどうか、しっかりと見届けてやる。」
「素晴らしいっ。君なら私達の理念に共感してくれると信じてたよ。」
そう言い、友好の証明なのか、または契約成立という意味なのか、楽しそうに微笑むカミュは手を差し出して握手しようとし、リセルヴァも渋々とその手を握る。

(挿絵7)

どの道今のままでは八方ふさがりだ。ならば今はこの男の妄言に賭けてみるのも良い。失敗したとしても少しは資金の元になるし、もし万が一、彼らの言う"主"が皇国の転覆を成就したら、そいつを踏み台にして更に高みへと上り詰めることもできる。キアンティ家を再興できるのならば、どんな手を使っても厭わない。それがリセルヴァの、彼の『執念』なのだから。

やがて三人は部屋から離れる。多少蒸し暑い室内と打って変わって、凛とした外の空気に触れたリセルヴァは、自分の新しい人生の始まりを予兆していた。地獄の猟犬としての第一歩を。


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古めかしい電球が作る頼りない光が、シーリングファンの震動とともに小刻みに揺れながら仄暗い部屋を照らしていた。悪辣な太陽が外で既に乾いた砂漠をさらに熱で苛み、部屋の中は外以上に乾いた雰囲気になっていた。

レトロな部屋とは対象的に、片隅ではレーザーガンなど大量の現代武器が置かれ、オッドアイの赤髪の男が、ただ黙々と、正確にそれらを丁寧に分解、組み立てて整備し、もう一方では、この場で似つかわしくない容姿端麗な男が、鏡を見ながら容姿の手入れをしていた。

黙々と自分のことに没入している二人を、高価そうなコートを脱いで側に置いた男、リセルヴァ・キアンティが、あきれたまま二人をただ見つめていた。

そこは、皇国版図中心から遠く離れた、とある内戦紛争の絶えぬ辺境惑星だった。

殆ど砂漠と化した不毛の大地が続くこの惑星は、僅かに点在するオアシスをもとに都市勢力の間が日々限られた資源を巡っては、終わりの無い戦いを繰り広げていた。辺境に位置し、有益な資源も殆ど有していない惑星なため、この星における皇国の統治は半ば放置状態であり、その理由もあってここの紛争は終了する兆しなぞ見せることは無かった。

それ故、この星は軍事関係こそ並ぐらいはあるが、民事関係の資源や技術は旧世紀と現代がバランスの欠片もなく混ざっており、この部屋の様相が、それを物語っている。

リセルヴァがヘルハウンズという不正規部隊に入ってすぐに、彼は赤髪の男、レッドアイと、異様なまでに容姿端麗なこのカミュとともこの惑星へとやってきた。戦いの絶えぬ辺境の星は、彼らのような傭兵部隊が仕事を探すのに最適なのだろう。

だが、すぐに仕事にかかると思いきや、それから数週間、入隊してからこの二人はいつもマイペースで、カミュは身なりに力を入れてばかりで、レッドアイもただ黙々と装備の手入れだけしていた。お互いが言葉を交わすのは殆ど無いに等しい。それゆえに彼は未だにこの二人のことを掴めないでいた。

もっとも、リセルヴァも元より彼らを含む誰かと馴れ合うつもりはない。全てはあくまで自分の野望という『執念』達成の踏み台に過ぎないのだから。

だが、このまま無為で時が過ぎるのは、さすがに苛立ちもしてくる。これまでは、時々カミュが部屋の通信機でクライアントと思しき人物と連絡をとっていたが、それ以外の動きはまったくない。リセルヴァとしては、一日でも早く自分の目的を達成するために、すぐにでも行動を起こしたかった。

「おい、カミュ、僕達はいつまでこのしけた部屋で待機しなければならないんだ?」
「勿論、仕事が入るまでだ。…ふふ、やはりこのままだと落ち着かないのかい?」
まるで自分を見透かしてるかのような言動に、リセルヴァはさらに苛立つ。
「当然だ!僕達はこの星に着てもう何週間経ったと思うっ!?」
「まあそう怒らなくても、ここでまだ無名である私達に仕事がすぐ来ないのは当然のことさ。なに、前回クライアントとの連絡で脈ありだと踏んでいるから、間も無く連絡が」

ピピピピピピピピーーーーー

隣の部屋から突如、通信機の通信コールの音が響いた。
「噂をすれば、だね。」
そう言いながら、カミュは通信機を取るために席を離れて隣の部屋に移動した。それを相も変わらず不機嫌な視線で見つめながら、終始黙々と銃などの点検を行っているレッドアイへと移した。

分解、検査、組立。分解、検査、組立。ーーーー
無機質な作業を淡々と、だが確実にこなして行くレッドアイ。普段から無口な分、今日は今まで以上に彼が機械か何かに見えると思うリセルヴァだった。

「…あんたらはいつもこんな調子か?ああいうのがリーダーで、あんたも良く付いてこられるものだ。」
「…カミュの腕前は確かだ。交渉も腕前も。何も心配することはない。」
抑揚のないトーンで、レッドアイは今日初めて声を発した。彼らと会って以来、彼が喋ることは殆どなかったため、リセルヴァは多少面食らった感じがした。

「ふん、だいぶ奴の肩を持つようだな?」
「長い付き合いだからな…信頼できる実力をもってるのは違いない。」
「…ヘルハウンズは他人に干渉しない一匹狼の集いだと思ったが?」
「狼は狩りをするために群れを成す…。そもそも馴れ合いと戦いにおける信頼は別物だ。お前もいずれ分かる…。」
ガシャッと、組み立てられたレーザーライフルにカートリッジを装着する乾いた声が響く。

(挿絵8)

リセルヴァは少し困惑していた。寡黙でそういうのに縁がなさそうなレッドアイが信頼を語ることもだが、それ以上に自分に”信頼”とう言葉を投げられたことに違和感を感じられた。高貴である自分は、常に一人で生き抜いて、選ばれしものは孤高であるべきだと常に考えていた。そんな自分に投じられた”信頼”という言葉は、まるで見知らぬ人のように、全体がおぼろげで想像の付かないものだった。

「僕は別に」
言葉を発そうとする途端、カミュがガチャリと部屋から出てきた。
「二人とも、十分後で出発だ。」
端正な顔が作り出す薄い笑みは、どことなく楽しそうな雰囲気さえ感じられた。

「仕事が入ったよ。」

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一片の雲も浮かばない空に、リセルヴァとレッドアイの戦闘機が白い軌跡を描きながら飛んでいた。ヘルハウンズは、地上戦などの依頼も時折レッドアイがメインでこなしてはいるが、カミュは空中戦闘こそ戦いの華で美しいという理由で、主に空中戦闘の仕事を中心に受けていた。

「指定空域まであと5分…機体チェックを忘れるな…。」
「いま丁度やっている、いちいち指図するな。」
通信機を通して、多少苛立ちながらもリセルヴァは機体状況を確認する。

今回の依頼は、重要資源が存在する地点において敵勢力からの制空権の奪取である。クライアントとの作戦は、まずリセルヴァとレッドアイのみで敵の航空戦力を排除し、続いて第二波として依頼主の地上部隊が、カミュの戦闘機の護衛のもとで制圧にかかるようになっている。

「ふふ、今回は君の初任務だからね。レッドアイもいつになく慎重になってるのさ。」
第二陣としてクライアントと共に後方で控えるカミュの通信が入る。
「僕のことが信用できないというのか?」
「レッドアイなりの気配りというものだよ。あまり気にしないでくれたまえ。」

(あいつが他人に気配りを?笑えない冗談だな…。)
ふと、先ほどレッドアイとの会話が浮かび上がったが、すぐに目の前の事に集中するようにした。

「まもなく敵勢力圏に着くそうだね。こちらも出撃準備に入るから暫く通信はできなくなる。敵の戦闘機数は6、対空砲なども配置されているけど、レッドアイもついているし、初陣とは言え君の実力なら問題なく対処できるはず。そうだろう?」
「当たり前だ、僕はあんたらと違って選ばれしものだ。寧ろレッドアイを心配した方が良い。」
「彼のことならそれこそ心配無用だよ。彼と一戦交えてた君が一番良く知ってるでしょう?レッドアイは信頼に足りうる奴さ。戦いにおいてはね。」

(挿絵9)

(あんたまでもそう言うのか…。)

カミュのことをリセルヴァは未だに掴めないでいた。暇な時はただひたすら容姿の手入れをして、いつも余裕こいているばかりで、ある意味レッドアイ以上に"信頼"という言葉に似つかわしくない奴だ。

…だが、時折見せる彼の凄みは無視できないし、二人の間に何か眼に見えないものが存在しているのは確かだとリセルヴァは感じていた。そして、同時にふと思った。自分は果たして彼らを"信頼"することができるのだろうか。そもそも、一度も他人を”信頼”せずにやってきた自分が、本当にこの部隊でやっていけるかどうか、いまさらながら、リセルヴァはその自問が気になって仕方がなかった。

「君もすぐに分かるよ。レッドアイが持つ『美しさ』にね…。それでは、健闘を祈る。アデュー。」

通信が切れ、戦闘機内特有の無機質な駆動音だけが聞こえる。リセルヴァはコックピットから、隣り合って飛行しているレッドアイの機体を一瞥する。確かに模擬戦時の彼の戦闘機の挙動は素晴らしかったが、そんな彼をそもそもどうやって"信頼"するかは、リセルヴァには分からなかった。孤高であるが故に。

「…目標地点、視認範囲内に入った。用意しろ。」
レッドアイの注意と共に、リセルヴァもまた改めて集中し始める。自分の技術を疑ったことは無いが、初めての実戦であるし、何より自分がヘマをしたら、二人にどのような嫌味を言われるか想像するだけでも腹が立って来るからだ。

レーダーには、二人の接近を検知して急激発進した戦闘機が映りだす。合計6隻、情報通りだ。

「先に打ち合わせたとおり、空中の敵は俺が引き受ける…。対空砲の処理は任せたぞ。」
「言われなくたって…っ!」

そう言い、目標へと高速飛翔する二匹の猟犬は、まるで分かれた頭の如くそれぞれの獲物へと飛翔して行く。

リセルヴァのコクピットのインターフェースに、対空砲の位置が次々とスキャンされ、赤い輪郭として映りだされた。
「ふん、仰々しい陣取りだが無駄なことだ。あんたらには僕の華々しい未来の礎となってもらうよっ!」

リセルヴァのビームガトリングが真紅の光を放ち、遠距離から数基の対空砲が瞬時にその餌食となる。やがてその上空を轟音と共に横切り、さらに爆雷を破滅そのもののように放ち、多数の対空砲を破壊して行く。

陣地の耳に刺さるようなサイレンのさなか、リセルヴァの機体は、緻密に編み出されてゆく対空砲の弾幕を軽くいなしてゆき、閃光、爆撃のハーモニーが、敵の対空設備を確実に削っていく。

「…?」
リセルヴァは少し訝しんだ。いくら自分の才覚が高いからといって、あまりにもスムーズし過ぎている。他の戦闘機からの妨害がないのだ。ふと上空でのレッドアイの方向を見ると、さしものリセルヴァも息を呑まずにはいられなかった。

(挿絵10)

六隻の戦闘機は既に三機も落とされ、残りの敵機は一度自分へ向かおうとするにも、ことごとくレッドアイに妨害されて、そちらの方に専念せざるを得ないでいた。最初は数隻こちらの爆撃を阻止しに来ると思ったが、それを全て一人手に担い、かつしっかりと撃墜していた。

だがそれ以上に自分を驚嘆させたのが、レッドアイの操る戦闘機の機動だ。まるで機械そのもののような精密かつ無駄の無い動き。彼の鋭き刃のような瞳を思わせる挙動。だが決して無機質でなく、いざという所で正に猟犬が獲物の喉に噛み付くかのように敵をしとめる。無感情と時折みせる野生の躍動は、暫く見惚れるほど”美しかった”。

やがて敵陣地の対空砲は殆ど破壊され、戦闘機もレッドアイが一隻残らず打ち落としていった。残る敵勢力は建物内で引きこもっているが、相手にする必要は無い、後の第二陣の地上部隊が制圧してくれるだろう。

「意外とあっけなかったな。もっとてこずるのかと思ってたが。」
「…予定どおり、こちらは帰還して機体のメンテをする。後はカミュ達が引き継ぐだろう。」
淡々と返答するレッドアイ。…おかしな人だが、確かにカミュのいうとおり、実力だけは一流だと思うリセルヴァだった。

戦闘機のナビゲーターを操作し、帰路へとコースセットする二人。それと同時に、敵性感知のアラーム音が突如鳴り出し始めた。
「これはっ、敵の戦闘機!?どういうことだ!情報では敵戦闘機は全部で6隻だったはずだぞ!?」
驚愕するリセルヴァをよそに、レーダーに突如点滅する4つの光点の位置を、レッドアイは素早くスキャンを始める。
「…どうやら遠距離探知では引っかからない隠しバンカーがあるようだな…。4機か、問題無い、また殲滅するだけだ。ついて来い。」
そう言い、レッドアイの機体は敵戦闘機へと一直線で飛んでいく。

リセルヴァもまた負けはしないとレッドアイと共に新手と交戦に入るが…、手ごわい。

今回の敵が操る戦闘機は、自分達が操作するのと違って最新鋭機であり、操作技術はこちらに分があるものの、加速性能や旋回性能は自分達よりも一段と高い。その膠着を反映するかのように、無数のメビウスの輪の軌跡が、空で目まぐるしく描かれてゆく。

「こいつら、機体性能に頼ってて、卑怯な…っ。」
まもなくカミュが護衛する地上部隊がやってくる。カミュの加勢で現在の状況を覆すことも出来なくは無いが、戦術的にも気持ち的にも、リセルヴァはそれ以前に決着をつけたい。機体性能に頼る奴らにてこずっては、家の再興など話にならないのだから。

「…リセルヴァ、提案がある。」
「なに?」
「こちらが囮になる、お前はこっちを追う奴を後ろから叩け。」
「なんだって?相手はこっちより高性能の機体が4機もいるんだぞっ、たとえ1機ひき付けても意味が…」
「そいつらを纏めてひきつけ、1機だけオレの尾を付けるようにする。複雑な機動になるが、お前なら問題なく対応できるだろう。…できると"信じている"。」

レッドアイの言葉に対する驚愕と共に、鈍化する時間感覚の中で、リセルヴァが迷いに迷った。

この戦術は、いわば”連係”しなければならず、この高度な連係を成し遂げるためには互いを”信頼”する必要がある。自分がレッドアイを完全に牽制できると信じ、レッドアイも自分が敵を仕留められると信じなければならない。確かにレッドアイの腕前は確かだが、先ほどの奴らと違って最新鋭機であり、それを一気に3機も牽制するとなると話は別だ。

先ほどまで無視してきた疑問が再び自分に問いかけてくる。自分はできるのか?今までのシミュレーションではいつもただ一人でやってきた自分が、高貴たる自分が、知り合って間もない奴を信頼し、戦いを切り抜けることが…。

永遠と思われる数秒間に、様々な思惑が彼の中を駆け巡り、そして…

「…僕を誰だと思っている。高貴たるキアンティ家当主なんだぞ、それぐらいできるに決まっているっ!さっさとやれ!」

その言葉を合図に、地獄の猟犬達の狩りが始まった。

レッドアイの機体が突如、先ほど以上に激しい機動を繰り出す。まるで猛き猟犬が獲物を噛み切るかのような勢いに、敵機3機はあたかも恫喝された狐かのように回避機動を取り始めた。フリーとなった残り1機は、仲間の危機を助けるためにレッドアイの後ろを追ってゆく。"レッドアイ達の予想とおりに"。

レッドアイを追尾する敵機は、彼の機動に合せて激しいダンスをしてるかのように激しく揺れ動く。この状態の敵機を撃つのは、さらに前方にあるレッドアイへのフレンドリーファイア(同士討ち)の恐れがある。だがリセルヴァは一向に構わない。レッドアイと、自分自身の技術を"信じているから"。

「選ばれしものである僕を…なめるなよっ。」

真紅一閃。リセルヴァのビームは寸分の狂いも無く、ダンスする敵機へとクリーンヒットし、爛々とした花火が雲の無い空の砂漠で咲いた。レッドアイは動じずに敵機をひきつけ続ける。リセルヴァの攻撃が自分には当たらないと"信じている"から。

絶妙なコンビネーションのもと、敵は驚くほどの速さで勢いを失くし、空で次々と花火が咲いてゆく。不思議な高揚感が、リセルヴァの心を満たしていた。そしてレッドアイも恐らく同じ気持ちになっているのを、何故か彼は確信していた。敵を圧倒する優越さでも、自分の技術に酔いしれている訳ではない。ただただ、物言えぬ純粋な気持ちが満ち溢れてきたからだ。

(挿絵11)

暫らくして、残る敵機は一機のみとなり、リセルヴァとレッドアイは引続き連係をとって敵を追い詰めてゆく。

「あいつは僕に任せろ。一機ぐらいすぐに落としてやるっ。」
「油断をするな、窮鼠は猫どころか狐でさえ噛み返すぞ。」
「今になって臆病風にでも吹かれたか?ならあんたはそこで見物して…なっ!?」

一瞬のことだった。レッドアイと共に追っていた残り一機が、機体を急ピッチアップし、機首を回転させて"急転"してきたのだ。

「リセルヴァ!」

先頭を走るリセルヴァに警告を出すレッドアイだが、この距離とスピードではそのまま迎撃するしかない。

「このおぉっ!」

強烈な相対速度の中でリセルヴァと敵機が激しく打ち合い、強烈な震動が彼の機体を襲い、コクピットから警告音が響きわたる。

「うおっ!」

両者の機体が交差し、敵機からの衝撃波がさらにリセルヴァの機体を揺さぶり、高度も急激に落ちて良く。

「くそっ、こんなところで…っ!」

機体を何とか持ち直すようにも、それは徒労で終わり、ならばせめて無事着陸できるように一番平坦な地帯を選び、かろうじて機体の水平を保つ。

…体がばらされそうな衝撃が、轟音と共にリセルヴァを襲う。苦悶の声をあげながらも、歯を食いしばってそれに堪え、やがて気付かぬうちに、全てが静寂に包まれていた。


--------------

「…まさか最後の最後で、不覚をとるなんて…。」

敵の攻撃で大破した機体から這い出たリセルヴァは、機体に背をもたせてこの砂漠惑星の夕日を眺めていた。不時着した機体は再起不能。幸い自分は、体に多少打撲を受けた以外は、足を捻挫しただけで殆ど無傷だった。コクピットの保護システムが正常に稼動したお陰だ。

先ほどの敵の機動、前のリセルヴァがレッドアイとの模擬戦でやっていた機動の変形に違いないが、恐らく新型機なため、彼以上の流麗で無駄のない機動だった。

「機体性能でものを言う卑怯な奴…。」

口では愚痴をこぼしているが、なぜかリセルヴァの心は妙に落ち着いていた。敵機からの追撃は無く、そもそも最初から心配はしていない。レッドアイなら問題なく対処できると”信じてるから”。

「…らしくもないな。」

それは恐らく、プライドの塊であるリセルヴァが初めて自分を皮肉した言葉だろう。今まで自分ひとりで尊大に生きる自分が、他の誰かを、しかもまだ知り合って数週間も満たさない人を"信頼"する自分自身に意外と思っていた。

だが、初めて知る自分の側面には---意外とすがすがしく感じられた。ああ、これが”信頼”することなのだと。…たとえそれを口には決して言わないにしても。

徐々に地平線へと沈む太陽の方角から、レッドアイの機体が飛んでくる。予想通り無事敵を片付けたのだろう。時刻から見て、恐らく敵陣地も既にカミュが護衛する地上部隊が制圧済みのはずだ。

「…無事か?」

機体から降りてリセルヴァの元へと近づくレッドアイ。激しい空中戦をし終えたばかりなのに息切れ一つもしない。認めたくは無いが、やはりその腕は確かなものだと、密かに心に思うのだった。

「ふん、これぐらいなんとも無いさ…ぐっ。」

立ち上がろうとするリセルヴァだが、足の捻挫は思った以上にひどく、足に走る痛みで膝ついてしまう。

「…手を貸そうか?」「助けはいらんっ…。」
弱弱しく言いながら差し出したレッドアイの手を振り払い、再び自力で立ち上がろうとするリセルヴァだが、やはり足がおぼつかない上に、砂地であるため一歩あるくだけでも甚大な手間をかけてしまう。

「…言っておくが、この星の砂漠は夜になると気温が急激に低下し、危険な生物も出没するようになる。早くここから移動しないと危ないぞ。」
それでもリセルヴァはレッドアイの手を掴もうとはせず、強引に立ち上がり、足を引きずりながらも必死で自分で歩こうとした。

「…貴重な商売道具を一機ロストさせてしまったんだ。これ以上恥をかかせてたまるか…っ。」
リセルヴァが強気に呟く、たとえ傷を負っても気高くなろうとするかのように。それを見てレッドアイは、暫く思い込んでは再び手を差し出して言った。

「こっちの機体の損傷も思った以上に激しい。メンテをするには人手が必要だ。おまえに手伝ってもらわないと作業は長引いてしまう。」
その言葉を聞いて、ふとリセルヴァが足を止める。
「…つまり、あんたは僕の助けが必要だということなのか?」
「そうだ。」

しばしの沈黙。

「…そういうことなら、仕方ないな。」
まるで自分の方こそ相手を助ける側かのような口調で返答しながら、リセルヴァはようやくレッドアイの手を掴み、担がせては彼の機体へと歩いてゆく。徐々に沈む夕日の中、二人の姿はゆらゆらと砂丘に影法師を落とし、夜を告げる風が砂の波を巻いては吹き流れる。

「普段なら他人が高貴な僕に触る事など許されないけど…あんたは運が良い。何せ僕は寛大だからな。」「そうか。」
淡白に答えるレッドアイに少しむっとするリセルヴァ。

「面白味のない奴だな。やはり僕の出身を信じていないだろ?」「別に、真実かどうかの問題ではない、オレ達は…」
「他人の過去など関係ない、だったな。」
「そうだ。」
「はっ、それを抜いてもやはり面白味のない奴だよ、あんたは。」
多少苦笑交じりに告げるリセルヴァ。だが意外と声に皮肉の成分は少なかった。
「気に障ったか?」
「確かに、多少人をなめているように感じる態度は気に入らないけど…そういうのは関係ない、そうだろ?」
次の言葉を、まさか自分の口から発するとは、さすがのリセルヴァも予想しなかった。
「それに、君の実力は確かなものだ。認めてやる。喜べよ、この僕が認めることは大変栄誉あることだからな。」

当のレッドアイもまた、ほんの僅かだがその目を少しだけ見開いたような気がした。
「…最後の機動戦闘、お前の攻撃の的確さには助かった。これからもその調子で頼む。」
レッドアイの賞賛に、二人そろいも揃っておかしくなったのだろうかと、リセルヴァもつい失笑しだす。
「やはりさっきの戦闘で、どこか打っておかしくなったんじゃないか?」
「…黒き月が出ている。」
「なに?」

ふと、リセルヴァはレッドアイが見る空の月を見る。今や太陽は殆ど地平線へ消え、星々が徐々にその姿を見せる中、この星のやや赤色のかかった月が、空にその姿を見せていた。

そしてその赤色の月には、小さいが真っ黒な丸い影が、ぼつりとその月に穴を開けていたような暗闇を落としており、それがまた赤い月の目のようにも見えた。

「あの月の衛星の影だ。現地の人では、その月の影には人の心を惑わせる力を持つと言われている。」
「さっきの言葉はそのせいだと言いたいのか?」
「…そう受け取って構わん。」

リセルヴァはただ小さく鼻で笑い、これ以上何も言わなかった。訳の分からない男に変わりは無いが、なぜか不思議と彼と、このヘルハウンズでやっていけそうな気持ちになった。あのカミュは、今の状況を予想してレッドアイを組ませるようにしたのだろうか。だとしたら奴もまた食えない男だ。だが、今やレッドアイと同じく、なんとかうまくいけるように思えた。

人生初めて誰かと手を組み、初めて背を誰かに任せ、初めて誰かに力を貸してもらうことを知ったリセルヴァの心は、無意識にこう感じていた---誰かを"信頼"するのもまた、悪くはない、と。

(挿絵)

夜空に浮かぶ赤き月の黒き目に見下ろされながら、二人はゆっくりと歩いてゆく。まだ見ぬ次の戦場を、各々が見る終着点へ向かいながら。そしてリセルヴァが描く、『執念』による野望の頂点へと。


(終わり)



没案
注意!リセルヴァが女性だと思い込んでいた時のアイデアです。性転換注意。


敵に撃たれながらも無事近くの開いた平原に着地したリセルヴァの戦闘機。殆ど叩きつけられるような着地だったが、それでも機体から降りてリセルヴァの元へと近づくレッドアイ。激しい空中戦をし終えたばかりなのに息切れ一つもしない。認めたくは無いが、やはりその腕は確かなものだと、密かに心に思うのだった。

「ふん、これぐらいなんとも無いさ…ぐっ。」

立ち上がろうとするリセルヴァだが、足の捻挫は思った以上にひどく、足に走る痛みで不意と膝ついてしまう。

「…手を貸そうか。」
そう言い、レッドアイは肩を貸して素早くリセルヴァを立たせるが、予想外の行動に彼女は急激に暴れだし始めた。
「き、貴様っ!勝手に触るな!触るんじゃない!」

(挿絵)

激しく動くなか、リセルヴァの肘がレッドアイに当たり、その反動で彼女は盛大に砂地に転んでしまった。

「…無事か?」
肘に当たってもなんともないレッドアイは、やはり無表情でリセルヴァに手を差し出す。
「だから触るなと言ってるんだ…っ。」「…理解できんな、なぜそこまで意嫌がる?」
リセルヴァは何も答えず、少し頬を染めながら、そっぽ向けているだけだった。キアンティ当主として家を復興させるために、女性であることを隠し続けていた。正体を明かさないことからも、本当の理由が言える訳にはいかなかった。そして尊大で孤独に生きてきたため、男性経験なぞ皆無に等しい彼女には、肩に触れるだけでも重大な事件だった。

「とにかく、僕は助けなんて要らない、自分で歩ける…っ。」
そう言いながら、リセルヴァは無理して立ち上がるも、やはり足がおぼつかない上に、砂地であるため一歩あるくだけでも甚大な手間をかけてしまう。そして案の定、数歩も歩かないうちにまた膝ついてしまった。
「…くそっ。」

そんな彼女を見て、レッドアイは軽くため息をつく。
「そこまで歩きたいのなら止めはしないが、この星の砂漠は夜になると気温が急激に低下し、危険な生物も出没するようになる。早くここから移動しないと危ないぞ。」

暫くの沈黙、レッドアイは相変わらずの無表情だが、対してリセルヴァはなんとも複雑な表情を浮かべていた。

「…せめて、腰に手を回すな。肩だけ貸せば良い。」
それでは支え難いのではないかというような疑問を言わずに、レッドアイはただ小さく頷く。
「お前がそれでいいのなら。」
そう言いながら、再びレッドアイはリセルヴァに肩を貸し、腰に手をまわしていないため、やり難い姿勢になってはいるが、レッドアイの鍛え抜いた身体と力のお陰で、先ほどよりもマシに歩けるようにはなった。

「…あんた、意外と力あるな…。」「なに?」「なんでもない…っ。」
黙り込んで頭をうつ伏せるリセルヴァ、彼に今の自分の顔を見せたくないから。

腕から、レッドアイのやや冷たく、だが力強い感触が伝わってくる。自分は今まで一度も他人に頼ることもなかったし、異性への気持ちなぞ軟弱な奴が頼る感情だと思って鼻で笑っていた。それゆえに、今自分が感じる気持ちは苛立ちとも困惑とも言える、複雑なものだった。

「普段なら他人が高貴な僕に触る事など許されないけど…あんたは運が良い。何せ僕は寛大だからな。」「そうか。」
淡白にこたえるレッドアイに少しむっとするリセルヴァ。

「つまらない男だな。もう少し愛想良く振舞ってもいいじゃないのか?」
「…優しい言葉でも言って欲しかったのか?」
「別に、そんなんじゃないっ…バカ。」
リセルヴァはそれ以上言わず、ただ顔をうつ伏せては、レッドアイを頼りに歩いていた。

動悸も徐々に収まってきたからか、さきほどの戦闘を思い出し、ふとリセルヴァがレッドアイに語りかける。そしてその言葉が、まさか自分の口から発するとは、さすがのリセルヴァも予想しなかった。
「…さっきは助かった。君の実力は確かなものだ。認めてやる。喜べよ、この僕が認めることは大変栄誉あることだからね。」

(以降本篇と大体同じなので省略)


後書き

リセルヴァからの視点で描いた、彼のオリジンとヘルハウンズとの交流でした。

この話、実は思ったよりもリテイクが多かったです。最初の初めはあくまでリセルヴァ一人のオリジン話で、今とはまったく違い話でした。さらに初期バージョンも、彼が本当の貴族なのと、実際は貴族の名を騙ってきた家族で、ぐうたらな父や病弱の母の話と設定が分かれて、本当に貴族だった場合は政敵の罠に嵌められて家が破滅して野心に目覚めたとか、両親の暗殺はレッドアイが絡んでたとかもうドロドロでどシリアスな話だったのです。

ただ途中で、テーマの無い重い話ではあまり面白味も感じられないのでは、と思ってプロットを大幅に変更し、オリジンはあくまでダイジェストで簡潔にし、寧ろヘルハウンズとの最初の邂逅を描いた方が何倍も面白いと思って、ようやく今の形に落ち着きました。

そしてそれ以前に、話の文体を大きく変更せざるを得ないこともありました。…それが、まさかのリセルヴァが男性だったという事ですっ!w
初めてそれを知ったのは水野氏の小説を読んでの時ですが、"彼"という表記を見たときはそれはもうリアルで変な声をあげましたよ。なにせ十年以上ずっとリセルヴァはチームの紅一点と思い込んでたのですからw だって当時はゲームしかやっておらず、あの中性的な顔立ちと声なんですから、そう思い込むのも無理ないですよねっ!?(力説) そういうこともあって、この話は何度もリテイク、改変を経て、ようやく今の話に落ち着きましたw

そしてその名残として、レッドアイとリセルヴァの絡みがあったんです。自分の中でメンバー達の絡みを想像してみたのですが、無口系とプライド高い系との絡みとは意外と想像しやすく、話がとても作りやすい組合せだと感じました。それに…無口系の男とプライド高い系のお嬢さん(?)の絡みって…萌えません?(力説) いや、当初は別にそこまで強く意識してなかったのですが、話を作って行くたびに段々と妄想が止まらず…。そしてそれだけに、男性と知った時のショックは計り知れませんでしたっ(笑)。 そういうこともあって、本篇の二人はなんとも言えない友情の雰囲気を醸し出した方のですが、うまくできてるのでしょうか。

余談ですが、自分の中ではヘルハウンズは最初から五人でなく、まずはカミュがレッドアイと会ってヘルハウンズを作り、途中でエオニアと会ってから、その次にリセルヴァ、ギネス、最後にベルモットと言う順で加入していく感じです。水野氏の小説でも、ベルモットは後に加入したとありましたね。

ヘルハウンズ関係での話しはこれ以外に、カミュのオリジンとレッドアイとの邂逅(+ミルフィーユへの執着の理由)。レッドアイのオリジンとフォルテとの絡み。カミュが初めてエオニアと対面した時の話。という三つの構想があります。いつ出来上がるのか分かりませんが、とにかくまったりとやっていく予定です。


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