劇場体験をなぞらない映像配信—『消しゴム山は見ている』配信チームインタビュー
※こちらの記事は2021年4月13日に公開されました。
バリアフリーと多言語で鑑賞できるオンライン型劇場「THEATRE for ALL」で2021年4月30日まで配信中のチェルフィッチュ×金氏徹平『消しゴム山』配信版・『消しゴム山は見ている』。タイトルが示唆する通り、この映像作品は劇場での『消しゴム山』の観劇とはまったく異なる鑑賞体験を観客にもたらすものだ。キーワードは「モノの視点」。演劇とは異なるもう一つの『消しゴム山』はどのように作り上げられたのか。『消しゴム山』初演から映像を担当し、今回の配信ではディレクションを担当した山田晋平、同じく初演から音響を担当し、配信では音声プランナーを担当した中原楽、配信の音声オペレーターとして初参加の葛西敏彦、テクニカルコーディネートを担当したイトウユウヤの配信チーム4人に聞いた。
▼「モノの視点」を実現する
山田 一番最初は「モノの視点」を映像としてどう実現するかという岡田さんから出されたお題を考えるところからのスタートでした。映画『2001年宇宙の旅』にHAL 9000という宇宙船を制御するコンピューターが出てくるんです。HALには目なんかないわけですけど、カット割の効果でHALの視点だとしか思えない、これはHALが見ている映像だと観客が思うような画面になっているところがあるんですね。これができるんだったら『消しゴム山』の舞台上に散らばっているモノがそこにいる俳優を見ている、そういうことだってできるはずだという仮定からはじめました。
一つ心がけていたことは、「劇場にいるリアルな観客の目の動きの模倣」にしないということですね。一般的には、演劇の収録は、なるべく劇場にいるときの臨場感というか、そのときの観客の身体性みたいなもの、目線の動き、意識の集中と拡散みたいなものを意識して組み立てていくものだと思うんですけど、できるだけそれをやらない。しかも、それをやっていないということをはっきり示す、ということを意識していました。
中原 今回、私は劇場のPA(音響)と音声ガイド、配信音声の3種類のプランを担当していて、そのうちの配信のミックスを葛西さんにお願いしたんです。舞台の配信音声のミックスはPAから送られてくる音(劇場内に聞かせるためのミックス)とエアーマイク(会場の響きやノイズを拾うマイク)をミックスするだけのことも多いと思うんですけど、今回はどうしても演出的に劇場内と同じタイミングでノイズをカットアウトしなきゃいけないシーンがあったりして、そこは葛西さんにも一緒にやってもらわないといけないみたいになって。そうやって劇場内のPAと一緒にオペレーションをしてもらった部分もあったので、配信チームもある意味では舞台チームと同じポジションにいたという感じでした。配信でそこまでやることはなかなかないかなと思うんですけど。
(ライブ配信の音響は劇場内のPAとは別にマイクを立てて音を拾うことも多いが、今回は配信でエアーマイクを1本追加したのみで、上演で使用したマイクの使い回しが可能であった。PAと配信で音のバランスを変えることにより2種類の音声を構築した。)
葛西 僕は今回の配信からのチーム参加なんですが、一回やってる作品の配信という考え方だったので、作品も出来上がってるし、再演とはいえそこまで大きく違うものにはならないだろうという甘い目算があって、割と気軽に参加したんです。入ってみたら全然違っていて、舞台上にあるものとは全く別なものを配信では提示するというオーダーがあって。こんなはずではなかったというのが一番正直なとこなんですけど(笑)それがすごく面白かったです。
作品のコンセプトについては事前に本を読んだり、初演の記録映像を見たりもしたんですけど、見ても理解できなかったんですよね。話はわかるんだけど、舞台で何が起こってるのかがまったくわからなかった。引きの映像と、たぶんあれはカメラのマイクでとった音だったんだと思うんですけど、それではこの作品の肝を伝えるのに十分な情報量が残せてなかったということなんだろうなと感じました。劇場に行ってリハーサルを見せてもらった段階でようやくどういう作品かがわかってきた。
最初は劇場に行けない人が上演をどう追体験できるのかという方向で考えていたんですが、山田さんの映像があがってきたら明らかに客席から舞台を見ているのとは全然違う絵がたくさん差し込まれていた。それに合う音というのは、現場で出してる音をトレースしたり空間をそのままキャプチャーしたりしたものではないことが明らかでしたし、中原さんからも、配信は劇場での上演の延長線上にはあるけども別物でというオーダーがあって。
中原さんのディレクションって具体的だけど具体的じゃないんです(笑) ディレクションとオペレーションというのは、ディレクションがあってオペレーションしたものに対してまたフィードバックを戻すという形で行ったり来たりするものだと思うんですけど、それを修正するときに技術的に指摘した方が簡単なんですよね。でも中原さんからのフィードバックはそうじゃない。僕のiPadに絵を描きはじめて、今のは板に音が張り付いてる感じで真ん中に穴が開いてるんですよ、みたいな。それでどうしたいのか聞くと、スノードームじゃなくて……なんだっけ?
中原 お土産屋さんとかでクリスタルのキューブの中にレーザーで五重塔とか彫られてるやつあるじゃないですか。ああいう音にしてくださいみたいな。
葛西 そういう絵を描かれるんですよ。抽象的なイメージを具体的なイメージで伝えてくるんです。私としては一休さんのとんちみたいな、PA大喜利みたいな(笑)
中原 自分がオーダーを受けるときも、抽象的な言葉で言ってもらった方がオペがしやすいんです。具体的な数字になっちゃうと、逆にその人が何を意図してそう言ってるのか全然汲み取れなかったりする。もちろん、何を何デシベルとか言ってもいいかもしれないんですけど、葛西さんに頼んでる以上は、葛西さんの音にしてほしいし。だからある意味では遠回りかもしれないですけど、そういう形で進めていきたかったんです。
葛西 今回の『消しゴム山』のクリエーションでは、そうやってみんなで見たことのないものを作っていくためにがっつり全員で組んでいく感じが一番強烈でした。
▼「消しゴム」流 クリエーション
イトウ 最初は、チェルフィッチュの舞台公演を配信したいのでちょっと相談に乗ってほしいという形でプリコグさんからお話をいただきました。チェルフィッチュの名前を聞いた瞬間に普通の配信じゃなかろうとは思ったんですけど、実際、12月頭の最初のミーティングで山田さんから出たのがカメラを100台使いたいというアイディアでしたし、提示されたスケジュールが、何回か本番でのリハーサルを経た後に配信をすることになっていたので、これは普通の舞台中継ではなくて、劇場でクリエーションしながら映像作品の新作を配信で発表するプロジェクトぐらいに思っていました。
山田 カメラ100台っていうのは、それこそ抽象的なイメージですからね!(笑)
イトウ どうやったらできるかなって一瞬考えましたけどね。そのようなことを踏まえて、劇場でのクリエーションに向け、山田さんの希望を叶えられる機材をバッファを設けつつ構成していきました。
並行してTHEATRE for ALLの配信用に日本語字幕、英語字幕、字幕なしの3つを同時配信をするということもやらなくちゃいけなかったので、そのあたりの技術的な困難を解決するためのディレクションもやっていましたね。
山田 イトウさんの存在は本当にありがたかったです。こちらのイメージを伝えるとそれはこういうことでしょってめちゃくちゃ具体的に、これぐらいの機材でどうですかってことを言ってくれた。カメラ100台というのはGoProを100台バラまきたかったんですけど、それは無理だから、段取りをうまく組んでいけば1台プラスでバックアップがあればできるだろうとか。見積もりもどんどんちゃんとした形になっていき(笑)現実的な形に落とし込まれていった。イトウさんが僕の話を想像力を持って聞いてくれたからできたことだと思います。それは配信チームとして来てくれた他の人たちも同じで。それこそスポーツ中継とかもできちゃうようなすごい人たちが仕込みに来てくれたんですよね。
イトウ 国立競技場やドームなどの大規模な現場から声がかかるような一線級の傭兵たちが揃いました。
山田 彼らが「自分たちのメソッドだったらこうやる」みたいな仕事っぷりをどんどん見せてくれるんですけど、もちろんそれが全部作品にハマるわけではない。たとえばリモートカメラをオペレートしてる人はどんどん動かしていいとこ狙うし、スイッチャーさんもアングルにバリエーションがある方が面白いって基本的には考えるので、今このカメラいいですよとかっていこうとするんだけど、この作品でほしいのはそういうことではない。だから僕はその人たちに「この作品はこういうことをよいと思って、これからやっていきます」ってことを日々説明してたんですよ。コンセプトやイメージを何とか伝えたくて。そうすると最後の方はだんだんいい加減な指示でよくなっていくんですよね。「もうちょっといいとこ探してください」、ぐらいで「いいとこ」の判断基準がみんなわかってくる。現場の中で日々いいチームワークになっていくのは楽しかったです。
中原 実は、山田さんと私の間ではプランを立てる段階ではほとんど何も話さなかったんです。普通はそこがちゃんとコミュニケーション取らないと成り立たないんですけど、山田さんと私がそれぞれ別で映像と音を作ってた。
葛西 そこがこのクリエーションの面白いところですよね。みんな勝手にやってる。普通こんなクリエーションしない。特に演劇みたいに日数も長ければ集団で作らなきゃいけないものは、指揮系統をちゃんと作った方がもの作りとしては簡単なはずなのに、それとは真逆の作り方になってる。全員が横1列になってるのはそれこそ「消しゴム」っぽいなと思います。さっきの山田さんの話じゃないけど、作品への理解度がみんな深いから、それぞれ勝手にやってても面白くなっていくしかない。それは配信の映像にも残ってるなと思うんですよね。
中原 カット割をもとにそこに音をあてるということは最初から全く考えなかったんです。もちろん全体の方向性とか、各部の感じを見ながら、ここはこれぐらいのバランスだなみたいなことは考えましたけど。山田さんからも音をこうしてよとか言われたことはほとんどなかったし、岡田さんと金氏さんからもなかった。音よかったですよみたいなこと言われて、よかったっぽいからもうちょっと面白くするにはどうしようかってひたすら葛西さんと私が練るみたいなクリエーションでした。
山田 もちろん、出来たものに対してはちゃんと意見を言い合うんです。中原さんも、ここら辺もっと関係ない映像が入った方がいいと思うよとかって、本当に配信する前々日ぐらいからやっとみんなで意見言えるようになって、そこからグッとよくなっていった部分もある。よく覚えてるのは、クリエーションもだいぶ終盤になって、僕がシーンのコンセプトを葛西さんに喋ったら、「音響で考えてたことがばっちりハマりますわ」って喜んでたんだよね。ブレるわけないんだよ、これだけ長い間一緒に消しゴムやってるんだからっていう。あれは嬉しかった。
▼ディープなこだわりに触れる
—— 最後に『消しゴム山は見ている』の見どころ、推しポイントを教えてください。
山田 僕の推しポイントは、セリフと関係なくモノの静止画みたいな映像が出てくるところです。あれは人間のカメラマンが撮ってるんですけど、僕は全然細かい指示を出してなくて、そろそろ何かいいモノの映像が欲しいですって言うと探してくれて、それを使うっていう。だから、そのときにならないと何をクローズアップしてくるかわからない。そのカメラマンさんがすごいいい画角でモノを撮っているのが僕の推しです。
中原 私は音の自然さです。舞台上には本当にめちゃくちゃたくさんのマイクを置いてるんですけど、オペレーションでは音の作り込みとか移り変わっていってることを観客に意識させないということを目指してやっています。それを実現するためにものすごい緻密なオペをずっとやってるんですけど、そうは感じない。それはもちろん葛西さんが頑張ってくれたということなので、葛西さんのテクニックを推したいと思います。
葛西 今回の音は自然現象っぽいなって思ったんですよね。テクニカルとしてはアクロバティックな音だったり強烈な音を出すのは割と簡単にできちゃったりする。でも今回はたくさんのマイクでファンの音とかいろんなノイズとかを拾って、それを緻密に組み上げて一つの自然現象としてそれがただ鳴っているだけみたいな音を作ってる。普通に聞こえるんですよ聞き触りとしては。めちゃめちゃ手間暇をかけて「普通」を作るってことをしようとしている中原さんが一番面白かったんじゃないないかなと思います。
普通に聞いてても何も起こってないなって思うんですけど、いやどうなってるんだこの音って一個一個聞き分けていくと、音楽でいうベースみたいなところにファンのノイズがあって、その上でリズムみたいに鳴ってるこれはコンクリートミキサーの音で、みたいにすごいいろんな音が混ざり合って一つのサウンドスケープを描いてる。それは音フェチみたいな人にはすごい面白いと思います。
イトウ 2020年から2021年にかけていろんな配信をやってきて、音さえなんとかなってれば映像が多少カタついたりしても大丈夫だという経験則があるので、音に関しては特にしっかり聞いてチェックしてるんですね。それで、最初に今回の配信の音声を聞いたときに、「こんなにノイズ鳴るかな」と思ったんです。僕は別件の仕事があったので、1日だけ設営に行ってあとは現場のディレクターさんにお任せしていたんですけど、テスト配信を聞いてこのノイズは異常だと思って。「ノイズが配信に乗っているので機材周りを確認してください」というやりとりを現場と何度もしました。何回目かのリハーサルで、最後の場面で俳優の原田さんがマイクを移動させてプロジェクターのノイズを拾いにいくのを見て、ようやくそういうことだったのかと。音に関しては特に思い出深い公演になりました。
映像の方では、リモカメで撮った映像で上からの俯瞰視点で金氏さんの舞台装置見られたのが非常にいい経験でしたね。中盤から終盤にかけて舞台上で映してる映像を配信映像に重ねてくるところも印象的です。
(取材・文:山崎健太)
舞台上のマイクの配置
舞台上のモノたちと共に設置されたマイク
舞台上に設置された多くのマイクの他にも俳優の腕につけたワイヤレスマイクなどでモノの音が集音され、それぞれの音声が緻密に組み合わさることで自然な配信の音声が作り出されている。