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運だからこそ、人は正義を信じたくなる①。

26歳の時に会社のトップセールスになった。
社会人3年目に売上が爆発したのだ。運要素も大きい。
前年の繰り越した案件、翌年に入る予定のものが前倒しになった案件等。

確か200人ちょいの営業人員が居たので、そこそこ凄いことだと思う。
※勿論全員が同じ商材売っていたわけではないので、何を以てトップセールスというのかは難しかったりするのだけれど。

僕は新卒から1年半程売れないセールスをやっていたので、会社のお荷物だった時期が長い。
だからこそ、この名誉あるタイトルを取ったときは嬉しくて嬉しくて。
分かりやすく天狗になったし、この世の中心は自分なんじゃないかと勘違いするぐらい浮かれていた。

当時僕の年収は390万円ぐらいだった気がする。
200人ぐらいいるセールスの頂点だ。
これは給料爆増してしまうに違いない。
給与面談にはウキウキが止まらなかった。
役員からは『良かったな、同期で圧倒的に一番の評価だ、一番の給料だぞ!!』と言われ提示された金額が420万円だった。

もうすこし貰えるかなーと思っていたのだけれど、同期で一番なら不満はない。
この時は満足していた。
新卒の時に役員から嫌われていたのもあり、同期が1.5か月ボーナス貰っているときに、僕は0.7か月だった。
そもそもボーナス少なくね??って皆さん思うのだろうけど、
残念ながら、僕の新卒の会社は激務のくせして激渋な会社だったのだ。

当時付き合ってた同期の彼女の家に行き、
『俺給与上がったよ!同期で一番って言われた!超嬉しい!!』
って伝えて。
『いくらだったの?』
と聞かれたので意気揚々と
『420万円!』
って答えると、彼女が、
『えぇー!!いいなー、私400万円だよー!!』
と言った。

僕は愕然としたのだ。

なんだと??
会社のトップセールスで、会社の利益の18%をたたき出した俺様の給与と、
穏やかな社会人生活をしている彼女の給与差が年間20万円しかないだと??
月額2万円も差がない、だと、、、、。

え、トップセールスとは一体、、、、。
同期で圧倒的一番の評価とは一体、、、、。

役員面談から彼女に会うまでの5時間ぐらいだけ僕は天国に居たわけだけど、その日の夜に地獄に落ちた。
でも彼女とはその晩した。地獄でも出来るんだなと思った記憶がある。
この話はどうでもいい。でも書きたかった。

お金が欲しい

当時僕は悪い先輩方と遊んでもらうことが多かった。
すげー金持ちなリーマン、風俗店のオーナー、雀荘のオーナー兼ポーカープロ等。
何故そのメンバーに僕を入れてくれたのは今でもよくわからないのだけれど、
一緒にマカオに行って、ポーカーとかした。大してルールも知らないのに。
みんな数百万のお金を持って行っている中、僕は必死でかき集めた25万円を握りしめて。
リーマンには、
『そんなハシタ金じゃすぐなくなるぞ。』
と言われ、
(え、、、結構持ってきたつもりだったんだけどな。。)と思っていた。


カジノ自体はよくわからないけど、10万弱買って、彼女にFENDIの靴をお土産に買って帰った。

帰りの飛行機に乗るときに、
リーマンと風俗店のオーナーとこんな会話した。
『僕彼女と結婚することになりそうなんですよね。』
と言うと、祝福とは程遠い、両者からすごい罵声が飛んできた。
『お前馬鹿か。金も無いのに結婚なんかするなよ。』
『流石に藤田君の給料じゃ結婚しちゃあかんよね。』
『せめて、月100万とか年1000万円のお金を自由に使えるようになってから結婚したほうが良いよね。貧乏人が結婚するとか意味わからん。』
『いや、これはふじたくんの為を想って言ってるよ。お小遣い3万円とかになったら麻雀出来なくなるよ?』
今振り返っても酷いことを言われている。何なんだ、この人たちは。

僕はとにかく悔しくて。
『結婚する理由なんてお金だけじゃないですよ!!』
と思ってもいないことを言ったが、
『お金だけじゃなかろうと、お金は重要だから、今すぐ結婚やめろ!』
とフルボッコにされた。
『その程度しか貰っていないんじゃどうせ嫁さんも幸せに出来ないから!』
うぅぅぅ、、、辛い。。。

彼女は僕と結婚したがっているし、お金がないことも知っているし、
なのに、何でこんなお腹の出たおじさん達にマウント取られないといけないんだ。。。

それから僕は彼らを避けるようになり、少し距離を置いた。
結婚することを否定されるのも嫌だったし、彼らの言うことが間違っている!なんて思いこむことも出来なかったからだ。
彼らの言葉は強い。
だって僕の目に映る彼らはまごうことなき成功者だ。格好良かった。
成功者の言葉は無視することなんて出来なかった。

僕は嫉妬した。
お金を持っている彼らに。
あんな人間性がねじ曲がっている彼らに負けたくない。
俺も金持ちにならないといけない、と。
そして結婚し、僕も幸せになりましたけど??って彼らに言わないといけない。
絶対に金持ちになり、幸せになると決めたのだ。

トップセールスになろうが、
僕は何一つ社会的地位を得ていないのである。
会社の中での知名度は上がって、優秀だと思われようと、所詮年収420万円の男なのだ。
あんなに誇らしい称号も、広い世の中では誰も認めてなんてくれない。

そして、結婚することさえもダメだと言われる程度の人間、だということを認めたくないけど、頭の中で反芻するのであった。
自分の描く理想と現実のギャップに頭が狂いそうだった。

一つの決心

僕は30歳で年収1000万になると決めた。
だって彼女と結婚しちゃったから。彼女じゃないし、妻だし。
何で1000万なのかとか関係ない。
1000万円貰って●●したいも何も無い。

年収1000万プレイヤーになることが、
この屈折した僕の気持ちを満たす唯一の手段だと信じていた。
そう、僕は26歳の時に『年収1000万教』という宗教に入信したのだ。
何が何でも1000万欲しい。
1000万稼ぐようになったら幸せになれる。
1000万持っていたら、キャーキャー言われる。
1000万持っていたら、街中歩く女性全員抱ける。
1000万円は全てを叶える魔法の杖なんだ、と。

その為には今いる会社は辞めるべきだ。
トップセールスになっても年収30万円しか上がらないのだ。
どう計算してもあと4年で600万円も給与は増えない。
会社のシステム上そうなのだから、その道は消すべきだ。

そして僕は実力主義謡われるアメリカ系外資企業に転職した。
トップセールスだったのに、新しい会社では新人だ。
下っ端だ、アシスタントだ。
毎日のように怒られ、クビ候補生みたいに言われ。
使い物にならない自分にもう心が折れそうだった。
会議で外人が発言して、みんな笑っている中、英語がわからない僕だけ1トーン遅れて笑う生活。嘘笑いの日々。楽しくないのに笑うってホントしんどいものなのだ。

鬱積したこの感情にケリをつけるために、ここで一つの解決策を考えた。
起業だ。
会社に行けば下っ端で怒られるけど、起業すれば社員に社長として持ち上げられる。キャーキャー言われる場所を作らないと心が持たない。
メンタルヘルスの為に起業するんだ!メンタルヘルス起業!ということで27歳で会社に内緒で起業した。
世の中広しといえど、メンタルヘルスの為に起業したなんて奴は僕ぐらいのもんだろう。

年収1000万教の成れの果て

こうして、副業の起業のおかげかどうかは知らんけど、外資の仕事にも集中して頑張れるようになり、僕は30歳で年収1000万を超えた。
凄くうれしかったのだけれど、あまりお金は増えなかった。
貧乏な夫婦生活をしていた藤田夫妻は急激に成金夫妻へと変貌を遂げるのであった。
家だ、車だ、外食だ、時計だ、鞄だ、旅行だ。
当時の生活は毎月赤字だったらしい。年収1000万超えてるのに?

プチプラを愛していた妻はSK‐Ⅱ以外の化粧水を受けつかなくなった。
鞄も2,3万円のものを愛用していたが、パパ活女性のような雰囲気を漂わせるようになった。

僕はこの写真めちゃ好きです。

別に、
『はいはい、年収1千万になってすごいでしょ?みんなもっと褒めて!』
ってなことをしたくてこのnoteを書いたわけではない。
※とは言え、僕は褒められることはすごく好きなので、褒めてくれるならそれはそれで本当にうれしい。全力で喜ぶ。

僕は30歳の2014年に一度燃え尽きてしまったのだ。
憧れ続けた1000万円にたどり着いたときに、満足してしまったのだ。
もう、目標なんてない、って。
あんなに必死に毎日がむしゃらに頑張っていたのに、色々なことがどうでもよくなってしまったのだ。
だって年収1000万円になったって、大して遊べるわけじゃないし、
気持ちだけは金持ちで、日々の生活水準は上がるから、本当に生活は苦しかった。
見栄だけが肥大していき、貯蓄が肥大することなんて無かった。
スーパー行って無駄な買い物も増えたし、外食も増えた。
ピン東行って3万円失った時の感覚は、そして痛みは別に変らない。
痛いものは痛いのである。

そして、もう一つ気付いてしまったのだ。
成功って運だ、って。
正しく言うなら運の要素が大きすぎるって。

結局僕の給与が上がったのなんて、
儲かっている会社に偶然辿り着き、
その会社が儲かっているタイミングで偶然在籍し、
そのタイミングで妙にうまく売上が上がり、
何となく上の人達が辞めていき、気付けば上手に出世し、
その会社が思いの外金払いの良い会社だっただけ
のことで、
僕の能力が1000万円かと言われると、それが正当な評価かなんて誰もわからないのだ。本当は500万円かもしれないし、もしかしたら2億円かもしれない。
勿論金払いの良い会社で藤田家は潤ったわけだから、本当に助かった。
月1どこかに旅行したり、子供に公文習わせられるのも、
この会社が僕の年収を引き上げてくれたからである。

人生なんてわからないもので

なんでこんなことを恥ずかしげもなくツラツラと書いたか言うと。
僕が最初に働いた激務で激渋な会社が関係している。
その会社は僕が辞めてから現在株価が30倍になり、
僕の同期連中はストックオプション等合わせて、平均1,1億円の資産を保有しているのだ。勿論出世した奴もそうじゃない奴もいるので、全員が億越えではないと思うけど、一番仲良かった奴は、話聞く限り1.5億円ぐらいの株を保有している。すげーーーーー!!夢あるぜーーーーー!!

そう、今会社に残っている同期達が優秀かどうかなんて関係ない。
彼らは渋い会社の中で必死に生き残った結果、運良く大金を手にしたのである。
こんな風になるなんて、15年前は誰も思っていなかったはずだ。
そう、偶然で、本当に運なわけで。
僕はそんな大金を持った同期達を見ても、
あの時に会社を辞めた選択は全然間違ったなんて思っていないし、
彼らに良かったね、と素直に拍手を送れる。
出来ればたまにはご飯ご馳走してほしい。いくら俺の方が君らより年収が2倍以上あろうと、君ら億持ってるんやろ??なんてことを思う。

多分僕がそこそこ人生が満たされているから、素直に拍手を送れるのだろう。
僕が今しんどければ人の成功に拍手なんて送れない気がする。
人間とはちっぽけなものなのだ。

結局どの会社に、どのタイミングに在籍していたか、が重要だったりするので、これってそこそこギャンブルなんじゃないかなー、なんて僕は思ったりするのだ。
人生なんてずっと勝ち続けるなんて本当に難しいしね。
たくさんの屍を乗り越えて、みんな必死に頑張っている。


長くなったので一旦ここで区切ります。
本当に書きたい内容は次なので。。

読んでくれてありがとうございます。



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