日本列島 チーズ工房リレー 第一弾 共働学舎 新得農場
< 宮嶋望氏に聞く >
北海道の中央、十勝平野の北西部 にある新得町。ソバの産地として有名なこの町に、共働学舎新得農場はあります。共働学舎は「共に働く学び舎」の名の通り、現在は60名ほどの仲間とともに、農場内の活動を通して成り立っている場所です。1978年に新得の地でスタートして44年、その歴史の中でもチーズづくりは早38年を迎えます。1984年に借施設でゴーダタイプとクリームチーズをつくり始めたのを皮切りに、1992年からは工房設備を整え、本格的にチーズづくりを始められました。まさに日本のナチュラルチーズ生産者の中では先駆者的な存在です。その共働学舎新得農場の代表、宮嶋望氏を訪ねました。
新得町の街中へ入ると、主要道の道角には「共働学舎」の方角を示す看板が掲げられており、訪問者の多いところなのだと容易に想像できます。おかげで目的地に迷うことなく到着。看板の先へと進むと、建物の点在する私有地らしき場所が続き、奥へ進んで良いものなのか迷うほど。その敷地面積は100ha以上を誇る広大さです。
いくつかある建物には名前が付けられており、カリンパニ(アイヌ語でエゾヤマザクラの意味)と呼ばれる新得町都市農村交流施設の建物に入ると、「前はミンタル(アイヌ語で広場の意味、カフェや販売等の交流場所)で仕事をしていたんだけど、追い出されてこっちにきちゃったんだよ」と、宮嶋代表は屈託のない笑顔で語り始めました。
農場立ち上げのきっかけを尋ねると、宮嶋代表は「人間と上手くコミュニケーションを取れない人でも、動物とならコミュニケーションを取れるかもしれない。だから将来的に動物を飼う、牧場を持ちたいという意思はあったんですよ」と。
それならばきちんと酪農を学ぼうと、アメリカのウィスコンシン大学へ進学。そこで牛について学ぶうちに、山の多い日本の地形に一番合っているのは、ホルスタインではなくブラウンスイスだと、確信を得たのだそうです。
< ブラウンスイスへの思い >
日本の乳牛といえばホルスタインが定番の時代に、ブラウンスイスに着目。その後、ブラウンスイス取扱量アメリカトップの牧場で2年間実習をされます。この経験から、ブラウンスイスという牛を知ると同時に、日本に当てはめて考えると規模の大きいアメリカと同様にできないと、現実に思い悩んだといいます。アメリカで急速に置き換わっていった遺伝子組み換え飼料の問題も悩ましいところ。日本で様々な問題を抱えながらも、この土地・環境を生かして世界トップの酪農をやっていこう、日本の力で存続できる酪農形態をしていこうと、決断し舵をきったのでした。
そして、試行錯誤しながら12~13年かけてようやく形になった頃、一次産業から二次産業へ、本格的にチーズ工房を立ち上げたのです。「これはブラウンスイスでなければできなかった」と、宮嶋代表のブラウンスイスへの思いを感じます。
< チーズづくりに事業継続性を >
「普通にホルスタイン種の乳でチーズを作ると、乳量の約10%がチーズになる。僕らがブラウンスイスの乳で作ると、ソフト系からハード系まで昨年実績を計算したら13.5%。ということは、チーズの量はホルスタインより30~40%多く取れるということ。そしてこれだけ歩留まりが良いということは、日本ではあまり語られていない。」と、宮嶋代表は話します。
チーズの値段や製造コスト、乳代、牛の飼育コスト、牛種による乳質の違い、それらを細かく計算して初めて、事業が成り立ち継続できることを考えると、歩留まりの良い牛のミルクを使うことは大事な事業継続要件になるのでしょう。それぞれの乳種の良さを認めながら、乳質の違いをしっかりと理解し、活用できているのか。日本のナチュラルチーズ生産者の増えている昨今、「作りたいから」「お金が集まったから」と事業を始めるケースもあり、業界のこれからに期待する半面、事業継続性をきちんと考えているか、心配されていました。
< 工房改善への取り組み >
経年劣化で老朽化した工房を少しずつ作り変えるのも、事業継続のために行っていることのひとつ。長く使い続けたいからこその手入れです。ハード系チーズは、数年前に完成した地下熟成庫で出荷の時を待ちますが、この熟成庫の壁に使用した札幌軟石も改善ポイント。北海道開拓の頃から小樽運河倉庫群など様々な場所で使われてきたこの石は、必要以上の結露を防ぎ保温性を保つ特徴があり、自然環境に近いかたちでゆっくり丁寧に熟成を遂げられるのです。製造設備に関しては1か月~1か月半ほど製造を止め、時代にあった使用形態にするためHaccp対応を含め作り変えています。販売先の大半であったレストラン・ホテルなどへの出荷がコロナ禍で減ったため、製造を止めるにはちょうど良いタイミングだったかもしれません。
< こだわりのミルク >
消費者の嗜好に合った魅力的な商品づくり、これは食品をつくる側として当然考えること。しかし共働学舎では、嗜好に合うこと以上に、消費者の健康な体づくりに寄与することを大切にしていると感じます。ここ数年、発酵食品と免疫力の関係について多くの情報が取り上げられている中、共働学舎製チーズはこの免疫力に寄与するとの自負があるのだそう。
理由は様々ですが、第一に、原料ミルクの違い。約60頭のブラウンスイスは、放牧地の草を食べているため、この土地に根付いた環境微生物は体内に取り込まれ、ミルクにも含まれます。そのミルクは、搾乳所からすぐ横のチーズ工房へ、ポンプを使うことなく自然に流れ、運ばれるようになっているのです。タンクローリーで運ばれるミルクに比べ、振動や時間のロスはなく、結果的に乳中の生菌数は大きく増えることはありません。そうして細心の注意を払って処理したきれいなミルクは、無殺菌乳製チーズへと形を変えます。日本では無殺菌乳製チーズを作っていないと捉えていたので、これは驚きでした。実際に、ハードタイプのチーズ「シントコ」は、無殺菌乳からつくられています。つまり、チーズ中にその土地固有のものが生きているのです。
牛舎の汚水処理をし、匂いを消し、ハエなどを寄せ付けない等、衛生的に解決する技術がないとできないこと。力のある新鮮なミルクを原料にしてチーズをつくることで、人々の体に安全で、免疫力に貢献する、ひいては健康になれるチーズをつくる。それが結果的に消費者の体にとって喜ばしいものでありたい。これが共働学舎のチーズづくりの理念なのだと感じました。
実際に、共働学舎のチーズは国内外の数多くのコンクールで優秀な成績を収めているのですから、「自分たちのチーズづくりの方向性に間違いはない」と、宮嶋代表は自信を覗かせます。
< 共働学舎出身者のネットワーク >
現在、チーズづくりに携わるメンバーは4人、牛の世話に携わるメンバーは12人、研修生の出入りもあります。共働学舎でチーズづくりを習得し、独立していった、いわゆる共働学舎出身のチーズ職人は全国各地方に存在し、それぞれ活躍の場を広げています。それら元メンバーたちと現在も、技術的な情報交換、勉強会、相談等に対応し、ネットワークで繋がっているとのこと、非常に心強い存在です。
当初、日本の環境にあったチーズづくりのため、チーズの本場フランスから毎年技術者を招いて指導を仰いできたとのこと。「そのおかげで基本的な技術は身についたが、これからは日本独自の視点でチーズ産業を考えていかなければ」と、宮嶋代表は話します。
目下の悩みどころは、現在のチーズづくりメンバーの中に独立予定の人がいること。新たなメンバーを増やして、一から製造方法を教え、技術を継承し、覚えてもらわなければなりません。これからも共働学舎出身者のネットワークは繋がり広がっていくことでしょう。
< 日本の畜産界を自立型に >
最後に、日本のチーズ工房を運営する方たちへ向けての思いを尋ねたところ、「日本の環境をよく知った上で、美味しいチーズを作っていく技術、そのために発酵について、どういう状況で美味しくできるかを勉強したほうがいい」と、宮嶋代表。
日本の乳業メーカーのつくるプロセスチーズは世界一と言われている中で、同じようなチーズをつくっても太刀打ちできないのは明らか。ならば、「自分たちにできることは、日本の土地を生かした、日本の食文化に合ったチーズをつくること。」なのだと。
近年、日本のチーズが世界で評価される要因のひとつとして、水が関係しているといわれます。軟水の影響で、硬水のヨーロッパに比べると数十倍の環境微生物が働くため、少なからず味わいに影響が出るのでしょう。まさにテロワール!これらの情報を適切に消費者の方々へお届けして、価値を感じてもらい、手に取ってもらうことができれば、日本のチーズ産業をより良くできるのではないでしょうか。
宮嶋代表は、「なにが乳の持っている良さを阻害するのか、どのような発酵が良いのか、どのような乳を使うのか。大手乳業メーカーを含め、乳発酵と免疫力の可能性を研究してほしい」と。日本のチーズ産業を定着させ、継続させていくことで、自立型の畜産業を築いていく。そんな未来を描いているのだと、感じるお話でした。
< チーズ工房の情報 >
住所:北海道上川郡新得町字新得9の1
電話番号:0156-69-5600(日曜を除く10-17時)
営業時間:売店 10:00~17:00(12月~3月 16:00まで)
無休(12月~3月 日曜定休)
カフェ 11:00~16:00(L.O. )
火水木 休業(12月~4月下旬 休業)