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日本列島チーズ工房リレー 第9回  丹後ジャージ―牧場ミルク工房そら

「神の箱庭」京丹後市久美浜町

 昨年の5月の事でしたが、ログハウス調の可愛い「丹後ジャージ―牧場ミルク工房そら」さんに訪問させて頂きました。
今回の訪問には京都府立須知高校でチーズ作りを教えておられる佐藤庸平先生に同行していただき、私、小林雅と当店のスタッフの3名で伺わせていただきました。
 「丹後ジャージー牧場ミルク工房そら」さんは京都市内から車で約3時間の京丹後市久美浜町に在ります。丹後地域は京都府の最北部にある日本海に面した地域で、日本三景の天橋立があり、またブランド蟹で有名な間人(たいざ)カニなど日本海の豊かな恵みを授かった地域です。中でも「丹後ジャージ―牧場ミルク工房そら」さんが在る久美浜町は穏やかな湾と緩やかな起伏の山々に囲まれた「神の箱庭」と称されるほど風光明媚な所です。

穏やかな湾の美しい久美浜町

初代創業者から3代目へと、少しずつ変化をしながらも引き継がれる酪農業

 今回お話をして下さったのは3代目、平林学さんです。

平林文子さんと平林学さん

 到着してすぐに学さんはコーヒーを出してくださいました。「このコーヒーはうちの牛乳と地元の地下水に合うコーヒー豆を京都のスタイルコーヒーさんでブレンドしてもらって作っています。」と、ご紹介してくださるだけるだけあって、ミルクの美味しさを最大限に引き出したコーヒーでした。
丹後ジャージー牧場さんの創業は、1945(昭和20)年。今年で創業75年になるそうです。学さんののおじい様である平林卓さんが1頭のホルスタイン種の牛を飼い始めたのが酪農業の始まり。そしてその後人まかせだった牧場を継ぎ、現在の形にしたのが2代目の平林衛さん(お父様)でした。そして1985(昭和60)年にジャージ―牛の飼育に切り替えられました。その理由は、ジャージー牛はホルスタイン牛に比べ乳量は少ないが乳脂肪分が高くて美味しい。そしてほとんどの牧場ではホルスタイン種を飼育されているので、人と違う事をしたかった。との事でした。

牧場入口の看板
牛さんの説明
牛糞堆肥の成分

 ジャージ牛―の搾乳量は多くて1日20ℓ、ホルスタインの半分程度。餌は現在買い餌で濃厚飼料を使用されていますが、今後は地元産の飼料用米を使用していく予定をされています。
 チーズ作りは週1回火曜日に行われ1回に100㎏ほどのチーズを造られています。牧場スタッフとチーズ作りスタッフ合わせて従業員は20人いらっしゃるとの事でした。
 現在いる40頭のジャージー牛のお世話をしているのは、衛さんとスタッフさんでされてるそうです。牛のお世話をするスタッフさんは全国から来られるそうで、酪農をしたい若者は多いと言われていました。

お昼寝中のジャージー牛さんたち

嫌いだったはずの酪農。学さんの変化

 学さんは現在3代目を引き継がれていますが、学生の頃は酪農が嫌で都会に出たかったそうです。また、酪農を継ぐ気も無く、大学でも経済・経営を学ばれ大学卒業後はイタリアに渡られました。イタリアの田舎町に行った時、カフェやバールで若者たちが自分の作った農作物やチーズを持ってきて、それを自慢げにバリスタ達と食べている姿を見た時、とても素敵に感じ、ふと「うちにも牛乳があるな~」と思い帰国。しかし帰国当初は酪農の事もチーズの事も何もわからなかったから、自分に何が出来るのだろうと考えてコーヒーに取り組まれたそうです。それが先ほどいただいたコーヒーだったのです。学さんの思いは、酪農で丹後の食文化を上げていきたい。ここだけのものを作り丹後ジャージー牧場に行けば、こういったチーズが食べれるよね、こういう牛乳が飲めるよね、こういう体験が出来るよね、と言われるようになりたい。チーズに関しては今後テロワールを表現できる長期熟成タイプや丹後のお酒を使ったウオッシュタイプのチーズなども造って行きたいといわれていました。
 学さんにお話しを聞かせて頂いてるうちに気が付いたのですが、こちらは「ミルク工房」さんであり、こだわりは酪農。「牛乳の美味しさを皆さんにお伝えしたい」の思いの一つとしてチーズがあるのです。
 最初は牛乳屋さんとして瓶牛乳だけの販売でしたが「牛乳だけではだめ」と、学さんのお母様である平林文子さんが言い出し、そこからチーズ作りが始まり、2004(平成16)年3月に「ミルク工房そら」がオープンしました。

ゼロからチーズ作りを始めた文子さんの道のり

 そんなお話を聞いていた時にチーズ作りを始められた文子さんが外出から戻って来られ、ここからしばらくは文子さんのチーズ作を始めた当初からの色々なお話をたっぷりと聞かせていただきました。
 文子さんの第一印象は朗らかで小柄な可愛らしい、優しいお母さんと言った感じで、私と同じくらいの年齢とお見受けました。しかしお話を聞くと、とてもバイタリティー溢れる方で「これ!」と決めたらそれに突き進む、とても集中力のある方でした。

 チーズ作りは元々、学さんのおばあさまの夢だったそうです。その思いを文子さんが引き継がれたとのことでした。これは私事ですが、私が最初にチーズの作り方を教えて頂いたのは、今回同行していただいた須知高校の佐藤先生だったのですが、文子さんは何と、その佐藤先生の恩師である当時、須知高校におられた山口先生に最初は教わられたそうです。

工房

文子さん チーズ作りは初めの頃本当に出来なくて、難しくて難しくて、ほ
    んのちょっとした事で出来る時と出来ない時があったりして、スト
    リングチーズは伸びないし、山口先生には何回もSOSを出し、あっ
    ちこっち(勉強の為)色んな所につれていってもらい、最悪出来な
    い時は北海道の○○先生に電話で教えてもらったらいいよ~と言っ
    てくださいました。本当に山口先生にはお世話になって、そして私
    も色んな事をしました。それからやっと20年経ちました。
雅 20年前はまだナチュラルチーズを食べる人は少なかったのではないです
  か?
文子さん 20年前は全く売れなくて、京都府に相談したら試食をしてもらえ
     って言われて、フライパンで焼いて食べてもらっても皆、首傾げ
     るし。
 でも20年続けて来られたのは何故ですか?
文子さん 背水の陣です。いっぱい補助金も受けたし、借金もしたし、55歳
     でしたし。
 え?20年前、55歳で始めた? えー!!今75歳~!!」と驚きでした。
  とても見えない。
文子さん 山口先生とはそんなに仲が良かった訳ではなくて、父の代でご縁
     があったそれだけだったのに、秋田県の土田牧場さんまで夜行列
     車に乗って連れていってもらったし、奈良も行ったし、六甲山牧
     場さんも行った。色んな所で教えていただいて、でも帰ってやっ
     てみると出来ないの。お客さんに食べてもらうようになってもお
     客さんに首かしげられて、私、道間違えたって思った。でもそん
     な時に、やっぱり頑張ってると現れるんですよね、神様が。ちょ
     うどゴーダチーズの試食を出してる時にスイス人の方が来てくれ
     て、食べてもらったら、「おいしいよ!」と言ってくださって、
     そのゴーダをコンテストに出したら賞をもらえて、その時、あー
     道は間違ってなかったと思いました。」
     (第5回ALL JAPANナチュラルチーズコンテストにて優秀賞受賞)
     それはチーズ作りを始められてから1年半後の事でした。

 いろんな方との多くの出会いがあり、その出会いがすばらしくて、色んな人にいっぱい助けてもらって、そして今日があると思う、と何度も何度も感謝の気持ちをおっしゃり、今から思えばいっぱい苦労したけど、楽しかった。と、言われました。
 そんな文子さん、またしても6年前に、付けたかった地元名の久美浜を名前に入れた「フロマージュ デュ くみはま」を造られました。
そのきっかけは

文子さん 滋賀県の山田牧場さんにフランスからチーズのコンテストの審査
     員などをしている人が長期熟成チーズの研修で来るからおいでと
     言われて行ったの。本当はもう年も年だから、チーズ作りを辞め
     ようと思って、みんなの前で辞めるって宣言したんだけど、ジャ
     ージー牛乳で一番美味しいチーズを教えて欲しくって、それだけ
     を聞きたくって行ったの。そしたらあのフロマージュを教えてく
     れたの。これを作りなさいと言われて、そうするとチーズ作りを
     辞めようと思っていたけどフツフツとそのチーズを造ってみたく
     なって、またみんなの前で、チーズ作りを続けますって宣言して
     ね、そしたら私の前にいた鶴見和子さん(フロマージュ・デュ・
     テロワール代表)が教えてあげるからおいでって言われてね、飛
     び込んだの。教えてもらって、帰って作ってみたら出来なくて、
     出来上がるまでに1年3ヵ月かかり、40回失敗して44回目に作った
     のをコンテストに出したら賞をもらったの。12回目で1個、15回
     目で2個出来て、それからまたずっと出来なくて、20個作る中で
     1個、2個しかいいのができないけど、食べたら本当に美味しいん
     ですよね。だから絶対に作ろうと思って。

【フロマージュ デュ くみはま 】
2019年(令元)第12回ALL JAPAN ナチュラルチーズコンテスト 
       ソフト部門優秀賞  
2020年(令2)Japan Cheese Awards ソフト酸凝固タイプ部門 銅賞受賞

 文子さんのお話は尽きませんでした。何回も何回も失敗した事。でも困った時にいつも誰かに助けられた事。そして、あんなに嫌がっていた学さんが今は牧場を継いでくれた事。
 文子さんのお話は文子さんの色んな思いと人柄がよくわかるお話であり、チーズ作りを始めたばかりの私にはとても勇気付けられるお話でした。
 学さんが継がれた事で新しい考えも加わり、そして新たな事にも挑戦され、今後も、丹後ジャージー牧場「ミルク工房そら」さんは注目したい工房さんだと感じました。

丹後ジャージ牧場ミルク工房そら」に行ってみよう

〒629-3441 京都府京丹後市久美浜町神崎411
TEL:0772-83-1617 / FAX:0772-83-1677
営業時間:10:00~17:00  定休日:木曜日
※祝日の場合は営業、夏休み(7月後半~8月)は木曜日も営業
お車で:姫路より(中国道・播担道から) 約2時間30分
    京都より(京都縦貫道から) 約3時間
電車で:京丹後鉄道かぶとやま駅 徒歩15分 
    ※無人駅 タクシーはありません。

取材担当ライタープロフィール

小林雅 【京都のチーズ屋さんプチシャレ代表】
 チーズとの出会いは「エポワス」と言うチーズを食べた事からはじまりました。その美味しさに感動した事で私の人生は大きく変わりました。出会いとは人生に大きな影響を与える事があります。私の場合はそれがチーズだったのです。あの時エポワスを食べていなかったら今の私はいなかったのです。そんな私が虜になった大好きなチーズを多くの方に食べて頂きたい。喜んで頂きたい。そんな思いでお店を開きました。
J.S.A認定ソムリエ C.P.A.認定チーズプロフェッショナル C.A.F.A.J.認定フロマジェ C.A.F.A.J.認定チーズエキスパート C.P.A.認定チーズ検定講師  C.A.F.A.J.認定チーズアート講師 世界最優秀フロマジェコンクール2023年日本代表

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