日本列島チーズ工房リレー 第3回 山田農場チーズ工房
山田農場を訪ねる
北海道函館市に隣接する七飯町は、美しい自然豊かな大沼国定公園、時折小噴火のある北海道駒ケ岳に近く、道内では比較的温暖な気候で知られる道南エリアにあります。その七飯町にある山田農場チーズ工房。2005年、山田圭介さんがご家族と共に入植し、一から造り上げた農場であり、現在の日本ではまだ少ない山羊乳製チーズを造るナチュラルチーズの工房になります。
現在、飼育している山羊は40数頭、この春生まれた子山羊は30頭ほどにのぼり、出産ピークはひと段落。冬の乾乳期はチーズ造りを休み、春に母山羊からの搾乳が始まると同時にチーズ造りをスタート。2種類の山羊乳製チーズ(ガロとガロフレッシュ!!)を造り、地元を中心に販売されています。
愛知県出身の山田さんは、なぜここでチーズ造りを始めたのか。それはひとえに「土地由来のチーズを造り、その土地に根差したチーズ文化を創りたい!」という意思からでした。これまでの軌跡とチーズ造りへの思いを伺いました。
チーズ造りへの違和感
入植前の山田さんは、1995年から2005年まで共働学舎新得農場に勤務し、チーズ造りを行ってきました。当然、チーズ造りのノウハウは、共働学舎に派遣されたフランス人技術者から教わり、ヨーロッパに負けないようなチーズ造りをしようと日々努力を重ねられます。
2003年、山のチーズオリンピック(イタリア・アオスタ)に出席した際、審査員として参加する機会に恵まれた山田さんは、等身大の様々なチーズを目の当たりにして、これまで自分たちのやってきたことに違和感を覚えたのだとか。
「フォンティーナ協会の人たちが言っていたのは、自分たちのところはどういう菌叢で、どういう草が生えているか、ということだったのです。日本にチーズ文化はなかったので、どこまで本場の味を表現できるかということを努力してやってきたのですが、そこにズレを感じてきて…。」と、山田さん。
日本のチーズを造ろう!としてきたけれど、海外の菌を買って、海外の牧草の種を撒いて、海外の配合飼料をあげた動物のミルクが、果たしてその土地の、日本のチーズになり得るのかと、疑問を感じたのです。
ヨーロッパでは古くから、その土地の植物を食べた動物のミルクを、自然に存在するその土地の乳酸菌で発酵させたチーズ造りが行われ、それ故に地域固有の風味を持つチーズが生まれている側面があります。では、自分たちはどうなのか。山田さんは、「100%はできないまでも、その土地のチーズがどのようにできるのかを知りたい、どこまで自分たちは近づけられるかやってみたいと思うようになった。」と言います。
チーズを造るための酪農業
共働学舎にいながら自身のチーズを造ることは考えなかったのか。山田さんは、「ワイン関係の本を読んでいたら、培養酵母を使っている中では、培養酵母は野生酵母を駆逐している現状が実際にあると。自分自身、やりながらなんとなくそういうものは感じていた。」と言います。それまでのチーズは乳酸菌や酵母を海外等から仕入れていたため、例え土地由来の菌を取り出して使えたとしても、今まで使用していた菌類に負けてしまう可能性が高いと考えたのです。全く何もない状態から始めないと難しいと判断したと同時に、「チーズを造るための酪農業とはどういったものかを知りたかった。」と、独立の理由を語ってくれました。
植生豊かな場所を
日本の酪農業を振り返ると、ミルクを出荷するための酪農業を基本として発展しているため、チーズを造るための酪農業というのは一部先駆的にされているかたはいても極少数だった時代。モデルケースになる前例がほとんどない中で、山田さんは自らの土地を探し始めます。
「やるなら北海道の中でも暖かいところが良いと思っていた。この辺りまで来たら北国ではあまり見ない杉が生えていたり、広葉樹があったり。植生の豊かな場所って、チーズにしてみればきっと面白い味になるだろうと考えた。」と、道南エリアの最大都市函館を中心として一時間圏内の土地を探し、様々な出会いの中から現在の場所を見つけ、自ら目指す酪農業をスタートさせたのです。
道路をつくり、水道をひき、家を建てる、全く一からの開拓。驚いたことに、ご自宅や工房も自ら建築されたのだとか。「家畜の世話やチーズ造りは朝晩の2時間ずつ。酸凝固チーズを造っていて良いところは、日中の作業がないこと。日中にその他の仕事ができるので、自分たちの出来ることをしている。」と、当たり前のように話される山田さんの行動力に感心するばかりです。
無殺菌乳への壁
その土地のチーズを造る!と決めた山田さんにとって、無殺菌乳で、土地由来の菌でチーズを造ろうと考えるのは、とても自然な流れ。ご承知のとおり、乳製品の製造には、保健所の許可を得て乳等省令・食品衛生法に基づいて製造する必要があり、乳の殺菌が望まれます。
ここで「殺菌」という大きな壁に阻まれた山田さんは、何度も製品を外部機関へ検査に出し、さらに法律を読み込み、厚生労働省や農林水産省他、各方面に様々な法の解釈の確認をとる等、できることを全て行動に移していきました。数年がかりでひとつひとつの事を解決し積み重ねることでようやく、保健所のかたに「無殺菌乳でチーズを造ること」への協力をお願いしたのです。絶対的ではない中でコンセンサスを得てから既に7~8年。現在、全て手搾りの山羊乳から無殺菌乳製チーズを製造され、そのことをきちんと表示されています。ミルクに土地由来の微生物が生きている以上、その土地を現すチーズを目指すには外すことのできないファクターだったのです。
2種類のチーズ
山田農場で造るチーズは、酸凝固タイプの「ガロ」と、フレッシュタイプの「ガロフレッシュ!!」(!!と名前に付いています)。「ガロ」という名称は、農場のあるエリアの古くからの呼び名。酸凝固タイプの「ガロ」は、ミルクの凝縮感と穏やかな酸味の優しい味わい。カードから軽く水分を除いたフレッシュチーズの「ガロフレッシュ!!」は、澄んだ味わいについ食べ進めてしまうほど。現在、この2種類を造り販売されていますが、今後ラインナップを増やすつもりはないと言います。「むしろ、造る種類を減らしてきた。ここの乳酸菌に合う造り方をしたら、淘汰されてこの2種類になっただけ。」と、山田さん。
土地由来の乳酸菌とは
土地由来の乳酸菌は、どこからどのように収集選抜されていったのか。その点について、「よくわからなかった頃は、ミルクを持ってその辺を歩いてみたりしたけれど、何もしなくてもミルクに含まれる乳酸菌は発酵を始めていった。とある研究機関に遺伝子レベルまで調べてもらったら、この土地の乳酸菌は「ラクトコッカスラクティス」と「クレモリス」という一般的なチーズ造りに使われているものの野生種だと特定できた。」と、多くの乳酸菌の中でもチーズ造りに適した種類だったことに驚くと同時に、安堵した瞬間でした。
市販のスターターは、キャラクターがはっきりしていて分解力の強いものをラボで釣りあげ、培養して作られるケースがほとんど。それはチーズ造りに安定化をもたらせてくれる反面、個性は失われてしまいます。
土地由来の乳酸菌でできたチーズの個性はどうだったのか。「自然の菌で造ったらすごいキャラクターのチーズになると思ったら、すごく優しい味になった。これは本当にびっくりして…。」と、当初の目的を達した満足感からでしょうか、山田さんの目は輝いていました。
エネルギーを考える
さらに、2011年の東日本大震災をきっかけに、エネルギーについても考えさせられるようになったと言います。「それまでヨーロッパの環境のレシピでチーズを造っていたので、環境に合わせるためのエネルギーを使っていた。電気を使用して湿度や温度を合わせていたことにハッとさせられて、電気のない状態でのチーズ造りを考え、レシピを一から組立てた。」と、一年かけて日本の環境に合わせる方法に全て作り変えたのです。
そして、自身で地面を掘り、熟成用の地下室を作ります。この年から自然の地下熟成庫で、電気を使わず熟成させようと取り組みました。
出来る限りエネルギーを使わないようにした結果、理想とする「その土地で育まれる動物の無殺菌乳から土地由来の乳酸菌を使い、その環境にあったチーズ造りを行なう」という、唯一無二のチーズが出来上がったのです。
チーズの背景
それらは地元を中心に販売されていて、特に自然派ワインを扱う販売先からのひきあいが多いのだとか。「背景的に相性が良いというか、有難いことにすごく喜んでもらえて販売していただいている。実際に新規のお取引はお断りさせていただいています。いまチーズ工房が増えているけど、食べる人が増えるわけじゃないから、選抜や比較をされる。手作りだったら売れていた時代は終わり、今はどういった土地の、どのような背景のものなのかが求められる。」と、山田さんは語りました。チーズ生産者が皆同じようにできるのか、それぞれの環境による難しさのある中で、どれだけチーズの背景を語れるかが今後のポイントになるとの考えに、共感するかたは多いのではないでしょうか。
チーズを造る酪農業のモデルケースに
商業的には増産を検討する場面ですが、「最初から考えていたのは、チーズを在庫しない!ということ。全部売り切る量を造って、一家が楽しく暮らしいていければ良い。」と、山田さんは農場の規模をこれ以上大きくするつもりはないと言います。今の頭数や土地の広さは、家族の労働力に見合ったちょうど良いサイズ。無理のない酪農業を目指しているのです。
「ウチみたいなところがたくさん増えたらいいと思う。日本には中山間地が多くあり、そこを利用してやれる酪農業のモデルケースとして示したい。頭数や設備などパッケージ化された酪農業から抜け出せるのでは。」と、酪農の可能性について、自身の思いを語りました。
今後について
道南エリアは日本ワインのホットスポットのひとつと言われ、その土地や自然と向き合うワイン生産者の方々が多くいらっしゃることから、山田さんは彼らと情報交換をする機会が多いのだとか。自然派と呼ばれる方々との交流から、山田農場では2014年に酒類販売免許を取得し自然派のお酒を販売し始めました。そして9年前から葡萄の木を植え始め、毎年200~300本ずつ増殖した結果、現在は2000本ほどシャルドネとソーヴィニヨン・ブランの葡萄を栽培していています。
葡萄栽培を始めてよかったのは、チーズ造りのことを客観視できるようになったことだとか。「チーズとの距離がちょうどよくなりました。突き詰めてしがちだったけど、手をかけないからこそ見えてくることもいっぱいあって、今すごく良い距離感。チーズ造りは暮らしの一部です。」と、山田さん。
ワインを手掛ける可能性について、「うまく実がなってくれればだけど…」と、苗木用のシャルドネの枝を荷台に積み、その日も畑の手入れの準備をされていました。
ご自宅横の販売所では、チーズはもちろんのこと、自然派ワインや調味料、有機茶、ジャム、石鹸など多品目を取り揃え販売されています。外に出ると、畜舎の山羊たちが一斉にこちらに注目。子山羊の鳴き声の響く里山の景色は、豊かな酪農の原風景のよう。
時に厳しい自然と寄り添いながらも、商業的な流れに沿うことなく営まれる山田農場。ここから生み出される土地由来のチーズ、そしていつかリリースされるワインにも注目していきたいと思います。
山田農場チーズ工房のご案内
住所:北海道亀田郡七飯町字上軍川900-1
電話:0138-67-2133(FAXも同じ)
HP:http://yamadanoujou.blog.fc2.com/
営業日時:土日11:00~15:00(その他は要確認)
アクセス:JR大沼駅、大沼公園駅より車で10分