あの子がいなくなった日
だいすきなあの子がこの世から去ってしまって、1ヶ月がたった。
彼女の歌声や「二世」という環境との向き合い方などがとてもすきだった。
遠い存在だから、よくは知らないけれど、おそらく、破天荒に振る舞ってみるクセに本当は傷つきやすく脆いところなんかもすきだった。
週刊誌やwebニュースには、彼女自身の事やご両親の事などさまざまな憶測が記されていたのだろうな。
自分で死を選んだかどうかすら定かではないけれど、いなくなってしまったのはどうやら事実で、わたしはあの日から三日ほど泣き続けた。
今でも時々彼女を想っては涙を流す事がある。
「こんなにもわたしが彼女をすきでいても
彼女は自分自身をすきになれなかったのかな」
これも単なる憶測で
事実は本人しかわからない。
このニュースが目に飛び込んできた日、何気ない用事で友人からLINEが届いた。
わたしは思わずその返信に、ニュースを見てショックを受けている事を打ち明けた。
友人は、わかっていた。
「そうだよ、あのニュースを見てすぐにあなたを心配したよ」と。
その時はただ、気にしてもらえてありがたいと思った。
また別の日に職場でこの話題になった。
わたしはなるべくその話はしたくなかったけれど、誰かが言った。
「自殺しようとしてる時に、家のインターホンが鳴ったりすると、一気に現実に戻ってそれがストッパーになるみたいだよ」
もしかしたら先日LINEをくれた友人は、そんな事を意識して連絡をくれたのかもしれない。
まぁ、これも憶測w
彼女がいなくなってしまったことを、
「ただの悲しい出来事」にしないために
私ができることってなんだろうと
この1ヵ月間考え続けた。
そしたらやっぱり、どぉーーーしても、
フィットネスを通して自分で自分の価値を感じる力がある人を増やすこと
なのではないかと、今の段階では考えている。
私には直接メンタルへアプローチできるカウンセラーなどの資格はない。
でも、パーソナルトレーニングだったらできる。
体を快適に導いていくお手伝いをすることで、
クライアントさんが自分の価値をより感じることができたら。
そうすることで、
万が一、自分をいじめたくなってしまった時、誰かや何かに依存せずに、インターホンを自分で鳴らせるように。
もちろん、すでにわたしにトレーニング指導を依頼してくださっている方々が、自分の価値を感じられていないと言うわけではない。
でも最近いつも感じている。
わたしができること
それは「イイじゃんわたし」と思う人を増やせること。
そしてわたしは、それができるわたし自身を
「イイじゃん!!!」
って思うのです。
あの子がいなくなって1ヶ月。
遺してくれたことを胸に、これからも進みます。