難易度別・ギターキットのススメ
楽器を作るのだ、いや、楽器キットを作るのだ!
最初から木材から~フレットワークを~などする必要はない。楽器キットという叡智が我らにはある。作るのだ!!
といっても何から手をつければいいか分からないかもしれない。ゆえにこの記事ではどれを買い何をすべきか紹介する。
0.制作前の準備
第一に必要な工具とサプライを記しておく。
紙やすりは大量に必要になる。木部や塗装の研ぎ、ネックグリップ調整などでいちいち用意するのは大変なので買い込んでおけば間違いない。スポンジやすりはそうそう使わないが、フレット端を磨きたい場合には使うと便利。
同じく消耗品から、こちらはある程度楽器をやっている人なら常備しているであろうマスキングテープ。カッターで細く割ればいいので太めのものがあるといい。
工具類はドライバーと六角レンチ(これは付属のことが多い)、ピンバイス、はんだごて、ニッパーまたはラジオペンチとカッターが必須。
ワイヤストリッパーがあると楽だが、数をこなす必要があるわけではないので必須ではない。
どれを買うかはあとで紹介するとして、まずはキットが届いて何をすべきかを考える。
※近年、通販において中身を抜いて返品した商品を掴まされるなどの被害が多発している。それゆえ、届いた状態から段ボールを開封し内容物を確認するまでを動画に収めることをお勧めする。これは楽器キットに限らず、というより通販全般で注意すべき部分である。
さて本題。
段ボールは返品が不要なら破棄する。白蟻やノミ・ダニ、その他化学的・生物的に汚染されていて健康を害した、床が崩れたなどといった例もあるので信頼できないメーカー・セラーからのものは即破棄が望ましい。特にベコベコに潰れた状態や染みがあるものは必要に応じ手袋を使用し、注意して扱うこと。
パーツの内容を確認、説明や商品ページと同じ数揃っているか確認する。次にボディとネックの接合を軽く確認する。12F中央にマステで印したネックを差し、ブリッジを置くだけ置いてナットのセンターとブリッジのセンターを糸で繋ぐ。ずれが大きくなければ続行、完成したときに問題が出るだろうな、というレベルであれば販売元に連絡して処理してもらう。
パーツに関して。交換はあとでも可能なため、そこまで期待しなくて良い。
ただし、ある程度快適に使用するために気を付けておきたい部分として摺動面のメッキ剥がれやゴミがある場合取り除いておく。ノーブランドパーツを選択する場合、オープンギアペグは分解し、ブリッジのネジも一つずつ外し、クリーニングして油脂でコーティングする。
電装は中国製の安価なパーツが大半と考えていい。はんだは付属することもあるが、大抵とても少なくケースに入っているわけでもないので使いづらい。少量必要なら100均で、大量に使うなら何らかのリールを買っておくことをお勧めする。ワイヤーは大抵ノーブランドで、何色かが束になって入っている。長さ自体は十分だが音質面の良し悪しは確定できないし、モガミなりベルデンに交換するといい。コンデンサは案外面白いものが入っていることが多く、0.047μFかと思うと0.03μFや0.06μFが使われていたりする。音質調整に直結する部分なのでいつも使う楽器に合わせてもいいが、あとでまとめて変更するからと割り切って変な容量の音を楽しむのもいい。
弦。透明で真空ではないプラスチックパッケージのものが殆どで、付属しないこともある。それ自体の当たり外れは大きいが、とりあえず最初の調整に使って数日放置してから破棄するか考えればいい。
ここまでを確認して、絶対に交換したいというパーツがあるなら注文しておく。また、塗装も揃えておく必要があり…初めての塗装ならウエスで行える染色+オイルフィニッシュが簡便。スプレー塗装に慣れているならアクリルラッカー缶もいいが、プライマーやシーラーを敷いて磨くのが面倒。
ウレタン塗装は非常に難しいのでお勧めしない。無塗装放置は逆に、音質面の難もあるが、湿気を吸って大変なことになるので危険。
1.制作の手順
殆どの場合、キットには手順書が付属する。これに従うのが一番間違いない。
そうでない場合、ボルトオンジョイントの制作時。ボディとネックに塗装を行ったら(ブリッジのネジ穴やスタッドアンカーがあるなら固定、)ストラップピンは挿しておく。ネック側はペグとリテーナーを設置、ロックナットであればこれも固定。
ネックポケットを取り巻くような形のピックガードであるなら、ネックをボルトで止めてピックガードの位置を取る。ネックとブリッジのセンターを取り、ピックアップがセンターからずれていないことを確認して、ピンバイスで下穴を開けて固定する(ピックガード留めのネジには下穴あけが必要なことが多い。ペグのネジの方に下穴が開けてある割合が高いように思うのは、不安定な形状の硬い木に穴を開けるのは初心者には面倒と判断してか、あるいは逆にカスタムピックガードを所望する製作者への配慮か。)
配線は一旦ネックを外してから(ピローがあって安定するなら外さなくてもいい)最後の作業になる。ワイヤーチャンネルにピックアップからの線を通しながらの作業になり、溶けたハンダを楽器に落としたり焦がしたり、あるいは単純に配線を間違えるなどの事故が起こりやすいため注意。最初からEMGなどのソルダーレスピックアップを使うという手段もある。
セミアコやフルアコなどのホロウボディの場合、幾つかの作業が前後する。先にネックをタイトボンドで固定し、クランプして24時間。ポケットに隙間が出来やすいことや、溢れたボンドが固まる前に拭き取ることに注意しつつ、乾燥時間を使ってコントロール部の配線を(ワイヤーをかなり長く取りつつ)適当な厚紙などの板の上で完成させる。
ネックが固定できたら接合部の凹凸や木肌を整えて塗装する。この工程でバインディングをマスキングすることを忘れるとスクレーパーで掻き取ることになるので注意。
パーツ、ピックアップを配置し、コントロール側と繋いだらポットとジャックとセレクターをFホールから通し、ポット穴から引き揚げて一つずつナットで留めていく。本来この工程にはワイヤーにクリップを付けた専用の工具が必要なのだが、作る手間と手で1つ1つ取り出す手間は同じぐらいというところ。多数作るつもりがないなら普通のタコ糸を使えば楽。
この際、何も考えずにナットを回すと配線が切れる原因になり、全摘出→配線修理という地獄の工程が追加される。指で抑えつつ回すこと。ポットシャフトを掴んで固定することもできるにはできるが、強度的に許されるかと言われると微妙。
2.組み上げ後の調整
当然、組み上げただけでは演奏できるとは言い難い。ただ音が出る死んだ木、それだけである。調整を要する部分は多岐に及ぶが、調整を詰めた分だけ楽器としての価値が上がるので時間をかけること。
第一にナットの高さは大抵高すぎる。接着されている場合は横から軽く衝撃を与えて剥がし、底面を削る。TUSQ(落とすとキンキンした甲高い音がする)や牛骨(削ると臭い)などのまともな素材が使われていることはほぼないので交換してもいいし、少し溝を削ってWarwick Just-A-NutやAtlansia ADJUSTABLE NUTなどの調整可能なナットを導入するのも手。
弦高に関わるブリッジは好みの調整で問題ない。バックアクセスのトレモロがある場合は表のキャビティにネジが貫通しないよう注意すること。貫通した場合一旦抜いてドリルでネジ溝を攫ってから丸棒で埋めるのが最善。
オクターブチューニング時にはサドルがかなり極端な位置まで移動することがあると留意し、適当な調整で終わらせないように。また、ネックの仕込み角はそうそう狂っていることはないが、ブリッジで対応できないレベルに歪んでいた場合シムを挟むことを検討する。
問題はフレットワーク。端が飛び出ている場合は指板をマスキングし、鉄鋼用ヤスリなどで削る。スポンジやすりで角を丸めてもいいが、ここも好みに合わせた調整になる。万一、木が痩せてタングが露出しているという場合は、一旦マイクロニッパーで抜いてタング切断、元の指板に合わせてクランプで圧入、端をパテで埋め立てという手順で修正可能。
ここはある程度の価格のキットであれば回避できる問題である。
当然トラスロッドは導入された状態のままなので、弦を張ってチューニングし、ロッドを回して適正な位置を探る。ここは特記することはなく、いつもの調整と同じように行えばいい。
ここまでを行って、ある程度使用可能なキット楽器が出来上がる。
3.楽器種ごとの評価
一般的な楽器キットを、4つの観点から3段階で評価する。基準は以下の通り。
価格:安価~中程度~高価
キット全般の中でどの程度の価格帯に属するかを、その楽器種の平均値から考える。あまりにも高機能なものや、完成品を買う場合に非常に高価なものは比較的低価格に寄る、コスト-パフォーマンスを考慮した指標。
難易度:易~並~難
同じく、どの程度の製造難易度になるかを割り出す。基本的にはだいたいのキットを見てきた筆者の所感になるが、特殊な工具を買わなければならないものは難易度を高めに表示する。
拡張性:低~中~高
改造がどの程度楽かを示す。一口に改造といっても木材に手を加える大規模なものから配線の少々の可逆改装までさまざまではあるが、基本的には中程度に取りつつ、リゾネーターギターなどの改造が不可に近いものは低に振るように示している。
整備性:低~中~高
破損したパーツの交換や単純なアップグレードがどの程度楽にできるかを示す。独自パーツや価格の高いアイテム、調整に時間や労力のかかる楽器は整備性が低く示され、逆にパーツが広く流通し分解も簡単なFender系楽器は高く表示する。
入手性:易〜並〜難
どの程度キットが流通し、購入可能かを示す。販売サイトが2つ以上あれば並に該当するが、数か月から数年ウォッチした結果として欠品が多いなどであれば入手性に難ありとした。
ギター/エレクトリック
1.テレキャスタータイプ
価格:安価
難易度:易
拡張性:高
整備性:高
入手性:易
調整に時間の掛かる部分が少なく、ささっと組み上げられるため初心者向きと言える。スラブボディは作業がしやすく、コンター増設なども楽なため高拡張性としたが、角から塗装が垂れやすい点に注意。
2.ストラトキャスタータイプ
価格:安価
難易度:易
拡張性:中
整備性:高
入手性:易
ストラトキャスタータイプのなかでも安価なものであるからといって弁当箱キャビティとは限らず、HSH配置などは難しいことがあるため拡張性は中(実際、弁当箱に削るよりSSSやSSHなどの方が削り量が少なくて済むため刃物の持ちはいい)。ただ、配線済み基盤などをインストールすることが簡単なため好みに合わせた楽器にしやすい。FRTやハードテイル、ディンキーと7弦などのカスタム仕様が販売されていることも多い。
3.ジャズマスター・ジャガータイプ
価格:中程度
難易度:並
拡張性:中
整備性:中
入手性:並
配線が複雑なことが多いジャズマスター・ジャガーだが、キットでは単純化されていることが多く、またピックアップやトレモロもP-90にフローティングトレモロなど別種のものに置き換わっていることが多い。流通数が少ないため入手性は並とした。訴訟避けにシェイプや細部にばらつきのあるキットの一つ。
4.レスポールタイプ
価格:安価
難易度:並
拡張性:中
整備性:高
入手性:易
セットネック、ボルトオンジョイントで難易度が変わるが、基本的にはそこまで難しくはなく、配線の面倒さを考慮して並といったところ。カスタムパーツも簡単に手に入り、バックプレートがある分配線カスタムもむしろFender系より楽。バインディングに塗装が乗ると掻き取りが面倒なため、水性染色剤とクリアラッカーが楽。
5.SGタイプ
価格:安価
難易度:並
拡張性:中
整備性:高
入手性:並
基本的にはレスポールタイプと変わるところはないが、気を使う部分が少なく楽。制作中は倒さないように注意すること。
6.ムスタングタイプ
価格:安価
難易度:易
拡張性:高
整備性:高
入手性:並
Fender系二大巨頭と並ぶ難易度の低さだが、正統なムスタングのフェイズスイッチやダイナミックトレモロの省略は目立つ。フローティングトレモロではムスタング特有のサウンドが失われやすいので注意。
7.変形(フライングV、エクスプローラー、ウォーロック等)
価格:中程度
難易度:並
拡張性:中
整備性:高
入手性:難
単純にボディが大きく狭い場所では作業がしづらいという問題がある。とはいえ他のキットと大きく変わるところはなく、2V1Tの基本的な配線が作れるならば問題なく制作できる。リバースエクスプローラー的な訴訟避けシェイプが時々ある。
8.シンライン
価格:中程度
難易度:易
拡張性:低
整備性:高
入手性:難
シンラインキットが入手できるのはほとんどテレキャスターだけという理由から、それと同じ程度の難易度のキットということになる。ホールの中に塗装が入らないようにする、ボディに強い力を掛けないようにする、などの配慮は必要。
9.セミアコ・フルアコ
価格:高価
難易度:難
拡張性:低
整備性:中
入手性:難
前述の通りの作業の煩雑さに加え、特有の磨きづらさや安定しなささ、要求される精度の高さなどから初心者が手を出すべきキットではなく、ある程度制作と調整の経験がないとお薦めできない。その分完成した時の満足感も大きい麻薬。
10.ヘッドレス
価格:高価
難易度:並
拡張性:低
整備性:低
入手性:並
.strandberg*系(北海道型)、Steinberger系(鈍器型)、Kiesel系(斧型)の三種に大別されるヘッドレスシリーズは、ほとんどが中華系メーカーからの販売となる。当然パーツも中国製であり、ブリッジチューナーの品質が低い、配線が貧弱、などの問題がある。正規品との互換性も不明であり、故に拡張性と整備性は低くなる。
ギター/アコースティック
ここではアコースティックギターは曲げ加工の側板とトップ/バック材のボディを持ち、電気出力よりは生音を重視するギターとして扱う。それぞれ価格は中程度~高価、難易度はボディが完成済みであれば並~難、Stew Macで販売されるような側板、指板を接着する必要があるものは非常に難となる。拡張性・整備性は当然ではあるが概して低く、電装品があるものは多少交換の幅がある程度。弦高調整にはやすりが必須、トラスロッドはないこともある、など初心者にお勧めできるものではない。
1.フォークギター
入手性:並
最も一般的なアコースティックギター。キットにはドレッドノートかオーエムタイプが大半。
2.クラシックギター
入手性:難
ナイロン弦を用いるアコースティックギター。そうそうキットが手に入ることはなく、整備性も低いためお勧めできない。
3.ピックギター
入手性:並
サウンドホールが丸型ではなくFホール2つ、弦をブリッジではなくエンドピンからのテイルピースで固定する、などの差異を持つギター。なぜか前述2つより遥かに入手しやすい。
4.エレクトリック=アコースティックギター
入手性:並
各種アコースティックギターに何かしらのピックアップを載せたもの。ピエゾ、マグネチックピックアップのどちらかががほとんど。
フルアコとほぼ同じ構造なので参考にするといい。
5.リゾネーターギター
入手性:難
フォークギターのトップを金属で作成し、音量増加を狙ったギター。後述のラップギターと同じく基本的にはスライド奏法をするためのギターであり、調整は独特なものになる。
ベース
1.プレシジョンベース
価格:安価
難易度:易
拡張性:高
整備性:高
入手性:易
配線、パーツともに簡単でベースキット入門としてはかなりお勧め。ピックガードを外さないと配線作業ができない欠点はあるが、そうそう間違えることもないのでさしたる問題にはならない。注意する部分として、38mmナットを採用してコストを下げている可能性があり、そうなると演奏性や音質に関わってくるので注意したい。
2.ジャズベース
価格:安価
難易度:易
拡張性:高
整備性:高
入手性:易
配線はプレシジョンベースに比べて多少複雑だが、指標となる完成品のジャズベースはほとんどの制作者が持っていることもあり、楽に制作できる。楽器特有の問題もない。
3.ジャガーベース
価格:中程度
難易度:並
拡張性:中
整備性:高
入手性:並
1H、PJ、P、など多数のピックアップバリエーションに加え、スイッチ数やノブ数にもかなり幅がある。気に入ったものを見つけられれば安価にジャガーベースを手に入れるチャンス。
4.スティングレイベース
価格:高価
難易度:並
拡張性:中
整備性:高
入手性:難
ハムバッカー単発とアクティブサーキットを搭載したスティングレイタイプのものはそう見当たらない。サーキットも中国製のものが多いため、木部とハードウェアだけ使用し配線部は丸ごと変更するのが良い。
5.Ibanez SRタイプ
価格:中程度
難易度:並
拡張性:高
整備性:高
入手性:並
高性能で軽量なディンキーベースの代表格、SRシリーズを模したキットは結構な数流通している。アクティブサーキットを積む余地を残しつつパッシブにしたモデルが主流で改造前提のキットとも言える。特有のネックとボディの薄さは再現されない場合もあり、完璧なSRを求めて作るというものではない。
余談だが表面が滑らかで磨くのが楽しい。磨きすぎには注意。
6.バイオリンベース
価格:高価
難易度:並
拡張性:中
整備性:中
入手性:並
ここでのバイオリンベースはHofnerのミニハム2基のものであり、Gibson EB-1タイプではないことに注意。ボディシェイプも異なる。フルアコタイプとはいえ、Fホールから配線するわけではないので楽に制作できる。コントロールプレートは実装済みであることが多く、その場合はピックアップとジャックを繋ぐだけでよい。
その他特殊楽器
ここから先の楽器は価格や難易度の指標が出せないほどのバリエーションがある、またはそうそう見かけないため、簡単にどのようなキットであるかだけ説明する。
1.ラップギター
スライド奏法専用のギター、ラップギター、スチールギターやペダルギターなどと呼ばれる。その奏法上フレットが不要であり、プラスチック製でデザイン性の高い指板を接着し、高いブリッジとナットを固定する、など普通のギターとは工程がかなり異なる。
これを制作することを以て制作入門、又はラップギター入門とするのはやめた方が良い。
2.ウクレレ
塗装とパーツ実装のみで済むソプラノウクレレキットが大半。むろんネックが分離したものや曲げ板から始めるものもあるが、基本的には難易度は低い。
3.12弦ギター
エレキ12弦がほとんど。現在ではほぼ見かけなくなったリッケンバッカーコピータイプでは律儀にドローンビロウ(低音側に主弦が来る)のこともあるが、稀。Warmothではドローンアバブ(低音側に副弦が来る)とどちらも選択可能。
4.ダブルネック
ギター×ギター、ベース×ギター、ベース×ベースなど。2つの楽器の配線を無理やり繋ぐ形になり、2回路3Wayセレクターなどの特殊パーツを使用する上級者向き。演奏も上級者向け。
以上。