13歳のときに贈られた言葉。
「今、自分の立っている場所が常に1番いい場所だと思えるようにいてほしい。そうであってほしい。
あのときはよかった、あのときに戻りたいとか、過去はふりかえるな。そんな考え方はするな。それだけは覚えていてほしい。」
中学1年生の終業式、担任の先生が私たちに贈った言葉。
もうずっと前のことだけど、今でもこの言葉と光景は鮮明に覚えている。
私は廊下側の1番後ろの席だった。
自分の考えを話すときは伏し目がちになる先生は、ときどき私たちを見渡しながら、教壇の前でゆっくりと話していた。そんな先生を、私はただじっと見つめていた。
先生は淡々としている人に見えるが、怒るときは、もうそれはものすごく怖い人だった。
目を合わせたら、鋭いその視線ですべてを見透かされそうで、特に怒られているとき、私は目を合わせることすらできなかった。
だけど、心はものすごく熱量のある熱い人だった。だから今でも記憶に残っているのだと思う。
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先生から冒頭の言葉をいわれたときは13歳の子供ながら、「つまりは後悔しないように、生きてほしいってことだよね」と何となくわかったような気がしていた。
けれど歳を重ねていくごとに、先生が伝えたかった、この言葉の重みがわかるようになってきた。
「後悔しないように」と思っていても、「あのとき、ああしていれば」とどうしても考えることが増えてしまう。周囲に流されてしまったり、環境や年齢を理由にして、踏みとどまってしまうことが多くなるから。
先生は成長していく私たちがそんな思いをしないように、終業式の日に伝えてくれたのではないだろうか。
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では今の私の立っている場所は1番かと聞かれると、正直わからない。挑戦したいことや叶えたいことがあって、まだまだ登っている途中だから。
ただ一瞬一瞬で「今が楽しい。幸せだなぁ」と思うときがある。
そう思える瞬間が前よりも増えてきているということは、結果として先生がいう「常に1番いい場所」に近いところにいるのかもしれない。わからないけれど。
13歳のときに贈られたこの言葉は、あのときから今の私をつくりあげるベースのひとつとなっている。
言葉のおかげで前を向いて進めたことも、逆に苦しめられたこともある。それでも私には大切な言葉なのだ。
日常の中でこの言葉をよく思いだすのは、洗面台の鏡に向かっているときと、選択を迷っているとき。
「これから私が立とうとする場所は、1番いい場所になりそう?」
自分にそう問いかけると、少し答えが見えてくる。
生きていくことは選択の連続だ。だから、これからもこの言葉と生きていきたい。