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「ただの散歩感覚だった」—甘く見た登山で味わった極限状態
「死」という言葉を、これほど身近に感じたことはありませんでした。
今でも思い出すと、背筋が凍る体験。
それは御在所岳での、僕の無謀な冒険でした。
4月のある日。
久しぶりの長期休暇に、何か新しいことにチャレンジしたいと思い立ち、思いついたのが登山でした。
今考えると笑ってしまいますが、まるで近所の公園を散歩するかのように、ジャージ姿に運動靴という軽装で山に向かったのです。
山麓の売店で地図を購入し、いざ出発。
最初の1時間は順調に進み、三号目の休憩所で昼食をとりました。
休憩後、すぐ目についた大きな岩の側面に、ふと目が留まり、そこには小さなプレートが埋め込まれており、誰かの名前が刻まれていました。
おそらくこの山で亡くなった方の名前だと思います。
周囲には命の危険を感じさせる絶壁が広がり、不安が胸をよぎりましたが、その時はまだ先を急ぐことしか考えていませんでした。
自信過剰な僕は、地図を十分に理解しないまま、急斜面を直登していきました。
頂上が見えた時、恐ろしい事実に気づきます。
全く違うルートを登ってきてしまったのです。
振り返った時の光景は、今でも鮮明に覚えています。
急斜面で足を踏み外せば、それで終わり。
ところどころ岩が出ていて滑落すればタダでは済まない。
一旦、落ち着こうと30分瞑想してみましたが滑落のシーンが繰り返し再生され、本当に涙が出そうでした。
ここでこうしていても仕方がないと思い下ることを決意。
必死に木々につかまり、一歩一歩、慎重に下山を始めました。
目の前に広がる景色は、登る時の景色と違うように見え道を帰るだけなのに迷いながら進みました。
急斜面は思った以上に険しく、一歩踏み出すたびに足場が崩れそうになります。木々の根っこや岩にしがみつきながら、まるでカニのように横歩きで少しずつ進んでいきました。
時折、遠くから鳥の鳴き声が聞こえてきます。
普段なら心地よい自然の音も、この状況ではちょっと不気味。
汗が目に入って視界が曇る中、服は土と汗でべっとりと体に張り付いていました。
「右足を置いて...よし大丈夫。次は左足...」
自分に言い聞かせるように、一歩一歩の確認を口に出しながら下りていきました。時計を見る余裕もなく、どれくらいの時間が経過したのかもわかりません。
ただ、太陽の位置が徐々に変わっていくのを見て、かなりの時間が過ぎていることだけは理解できました。
途中、小さな崖のような場所に出くわした時は、本当に心が折れそうになりました。
上からは降りられず、かといって引き返すのも危険。
15分ほどその場で立ち尽くし、最適なルートを探しました。
結局、お尻で少しずつ滑るように降りることにしましたが、その数メートルの下り道が、かなり長く感じた。
疲労と恐怖で足が震え始めた頃、遠くから人の声が聞こえてきました。
その声に僕は安堵しかなり体力を消耗していましたが走って声のする方向に走りました。
そして木と木の間を抜けると道に出る事ができ話していた人を見つける事ができ、その親切な登山者は、正規ルートまで案内してくれました。
そして、道中で基本的な登山の安全対策について教えてくれました。
本当にやっと人に出会えた時の安堵感は、言葉では表現できないほどでした。
無事に下山できた時は、本当に生きていることの喜びを実感しました。
家に帰ると案の定、妻から厳重注意。
「もう二度と登山なんてしないで!」
という強い言葉とともに、我が家での登山は完全に禁止令が出されました。
これ以来、僕は山を登ってないです。
でも今、妻に内緒で登山計画を進めています。