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~母の話~母の人生は幸せだったのかな?

母は83歳になるが、とても元気だ。
同じ敷地の本家で一人で生活している。
草取りに命をかけている。
おかげで敷地も畑も草は伸びることは出来ないw
まめでよく動く。そういう性分。

父は11年前に他界した。亡くなる数年前から入退院を繰り返していたので、母が介護していた。
私は正規で働いていて、子育て真っ最中でもあったので「世話かけんように」と一人で頑張ってくれた。

思えば彼女は、何人の人を介護してきただろう。
祖母は母が嫁に来てすぐに亡くなったようだが
祖父を十数年介護し、母の実家の祖父母二人とも寝たきり生活が長かったので、まめに足を運び面倒を看ていた。
そして今は、入退院を繰り返している自分の妹の世話をしに、度々実家に行く。
大好きな草取りまでしてくる。
娘達もいるから、あなたの出番ではないよと思うのだが、人の意見なんて聞かない。

自分ものさしを頑なに信じ突き進む。深く考えず目の前の事にただ一生懸命向き合える人だ。
良くも悪くも…

冷静に見て、母の人生は幸せだったのかな?と思ってしまう。

子宝に恵まれなかった。
私は父の妹が産んだ三人目で、養女として両親に貰われ育てられた。
そっちにはいらない子だったとはいえ、義妹の産んだ子供を育てるって、かなりのプレッシャーだったんじゃないかと思う。
親戚中が知っていて、見張っている。
しかも人のあら探し大好きな人達が😱

自分で産んでいない子を育てるのも、相当覚悟を決めないと出来ないと事だと思う。
産んだ子を育てるのを放棄してしまう人もいるのに…
自分が親になってから、ひしひしと感じている。

彼女だから自分に任せられた目の前の赤ん坊を
色々考えずナチュラルに育てられたのだと思う。子供を持てた喜びが原動力になっていたとは思うが、そこはもう本当に尊敬しかない。

もっと立派な人間に育ってあげれば良かったな。
親戚中に自慢出来るような…

父が亡くなってから色々あって、父のきょうだいたちとは疎遠になっている。当然私を産んだ叔母とも。

母はたまに言う。
「こんな状況はあんたには気分良くないよねぇ。あんたにとっては本当のお母さんだで」

そんなこと言われても私にはピンと来ない。何の思い入れもない。お腹にいた時のことなんて覚えてないしw

子供にとっては、愛着を育んでくれた人だけが母親だ。お腹を満たしてくれて、抱っこして安心させてくれ、いつも気にかけ心配してくれて、自分の成長をそばで助けてくれた人が…
それ以外の人を母親だと思うのは難しい。

そんなことはわかっていると思うのだが、時々
確認したくなるのだろう。

大丈夫だよ。
私はあなたと育んだ愛着しか知らない。
それを信じて頼り、甘えて生きてきたんだから。

歳を取ったなぁと思う。耳も聞こえづらいとは思うが、聞く気もなさそうw
そのくせ自分が話し出すと止まらない。大きな声で切れ目なくしゃべり続け、大抵いつも同じ内容にたどり着く。
草取りがいかに大事か、自分はどのように庭と畑の管理をしているか、義きょうだいとのいざこざの思い出…
そして終着点は
「あんたが私の子になってくれて本当に幸せだっただよ」

私の心配をよそに「幸せだった」と言う。本人が言うのだから、ちゃんと幸せだったんだろう。

それならいい。
そう言ってもらえれば私は、産まれてきて良かった…と思える。

いつまでも元気で、草取りよろしくね…😌

お付きあい下さりありがとうございます!
表紙に心癒される母娘のイラストを使わせて頂きました。ありがとうございました。

おやすみなさい












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