【短編】リセット
別に何でもいいんだよと私は言った。
何をしてもいいし、何をしなくてもいいここで君は自由なんだと。
さてじゃあ何をしようかと言った時に、彼はひどく戸惑った顔をした。
そして彼は言った私は何をしたいんでしょうかと。
それは私にはわからないなぁと私は答える。
なぜならば私はあなたではないから。
でも私には私がよくわからないんですと彼は答えた。
私は私に価値があると思っていないんですと続けて彼は言った。
ここからしばらく彼の独白になるのかもしれないと私は思った。
私は何をしたわけでもなくて、ただただ生きてきました。
何か素晴らしいことをしたわけではない。
特別に悪いことをしたわけでもない。
なんとなく生きてなんとなく働いて、それでこんな歳になってしまいましたと彼は言った。
私は聞いた。
後悔してるって言うことかな?
どうなんでしょう。それもよくわかりません。
私には私というものがないのかもしれないと思っている。
でも、そんなに確固たる私というものが存在するのでしょうか。この曖昧さが私なのかもしれないと最近少し考えているのですと彼が答えた。
なるほどと私は答える。
薬はちゃんと飲んでいるんだよねと彼に聞く。
そうですね。先生が処方してくれた薬はきちんと飲むようにしています。
昔ほど消えてしまいたいと思う事は少なくなりました。
でもやっぱりなんで生きているんだろうと思ってしまうんですと彼が答えた。
生きる意味と言うのは人それぞれだけど、そもそも人間に生きる意味なんてありはしないよと私は答えた。
これは少しきつい言い方だったかもしれないと一瞬考えた。
いいえ、確かにそうですね。
人間に意味なんてないなんだと思います。
なぜなら、人間は動物の一種で、またこの長い星の歴史の中では、ほんのわずかな時間を生きたに過ぎないのですから。
そうですね確かにそういったことを考える時もあります。
私が小さな虫や生物やそういったものとどれほど違うのだろうかと、ただ脳が大きいと言うだけでやっている事は大して変わりがないのかもしれないと考えるのですと彼は答えた。
確かにそうだね。
不思議なものだと私は答えた。
人間が動物であるのなら、その違いは何なんだろうか動物にも愛があり、いじめがあり、虐待し殺し、一方で与え、守りもする。
それもまた動物だ。
何か困っている事はあるかいと私は聞いた。
そうですねと彼が答える。
やはり私はどうしてもふとした瞬間に消えてしまいたいと思ってしまうのです。
私は私は許すことができないし、存在していない方が何もかもにとって良いことなんだと思っているのです。
それでも痛いのは嫌ですし、苦しいのも嫌なのです。私はわがままなのでしょうかと彼は言った。
私はその言葉を聞いて、彼はひどく人間らしいなぁと思った。
それが人間と言うものだと思うよ君と私は答えた。
人間と言うのは不思議なものですねと彼が答えた。
最近ずっと思っているんですが、どこまでいっても欲望は止まらず、どれだけ持っても悩みは尽きません。
満足することができれば1番良いのにと思うのですが、満足した時点で発展と言うものはなくなってしまうのでしょうと彼は答えた。
確かにそうなのだろう。
人類が進歩してきたのは満足を知らなかったから、もっと、もっともっとと求め続けた結果がここにあるのだ。
だから私は言った。そうだね。その点については私も同意するよと。
それでも少しばかり人間はやりすぎたのではないでしょうかと彼は言った。
どういうことかなと私が聞く。
もはや引き返せないところまで来ているのではないかと思っているのですと彼は言った。
たくさんの生物を殺し、星を変え、ついにはその全てを奪おうとしている。そのような存在を私は寄生虫ではないのかと思ってしまうのですと彼が言った。
つまり彼らを殺したほうがいいと言うことかなと私は聞いた。
どうなんでしょうと彼は答えた。
ただ時々思うのです。
人間がいなくなってから、ようやく再生が始まるのではないかと。
君のレポートは読ませてもらったよ。
確かに、この星にとって人間と言う種がどれほど不要な存在になってしまったか。
彼らがこのまま変わらないのであれば、手を下したくなるという、その気持ちはよくわかると私が答えた。
それが最近の君の無力感につながっているのかなと問いかける。
そうですね。
そうかもしれません。
何をしても良くならない。
何も変わらない。
どうせ私になんて何もできないんだと思ってしまうようになってと彼が答えた。
それでも最近改めて思うんです。
もう一度初めからやり直すことができればと、今ここで人間を減らすことができれば、この星にとって、その他の生命にとって良いことになるのではないかと考えていますと彼は言った。
私は答える。
確かに彼ら自身無意識の中に感じているのかもしれないね。
出生率が落ちているんだったかなと私は答える。
確か君のレポートにあったと思うんだけれど。
そうですね。
先進国と呼ばれる場所では出生率は低下しています。ただ一方で、増え続けている国もあるので全体が衰退するまでにまだ時間がかかるでしょうし、その過程で多くの生命が二度と帰ってくることがない状況に追い込まれていくでしょう。
私たちが最初に考えたシステムも、彼らの手によってどんどんと破壊されてしまいましたと彼が答えた。
次第に彼の顔が赤くなっていく。
少し落ち着こうかと私は言った。
いいえ、先生、聞いてください。
私は悲しいのですと彼が答えた。
確かに怒りや恥ずかしさはあります。
私たちが見守ってきた人間がなぜこんなにも愚かなのかとこの実験は失敗だったのではないかと、今ならまだリセットできるのではないかとそう思っているのです。
確かにレポートの提出は終わったから、ここで実験を中止するのも悪くは無いのだけれどと私は答えた。
もう少し見守ってはどうかな?
彼ら自身が進化を遂げる可能性もあると私は答えた。
どうなんでしょうと彼は答えた。
最近私はそのことに確信が持てなくなってきているのです。
駄目になったら今の場所を捨ててその他の場所へ行ってしまえば良いと考えているのではないかと。
私は最近そう思うようになりました。
自分たちに都合よく環境を改変し、生物を殺しシステムを変えて、それでも飽きたら。
今度はその外へ行こうとする。
先生やはりこの実験は中止するべきなのかもしれませんと彼は言った。
そうかと私は答えた。
4500000000年だったかな。
ずいぶん長いこと実験をしてきたけれど、こういう結果になってしまったんだねと私は答えた。
これまた1つの結果ではあるけれど。
そうですね。
基本的には介入しないと言う姿勢でやってきました。
なぜなら、私は観察者であって、統治者ではなく、そこに影響与えることがあってはならないからですと彼は答えた。
私にできるのは実験を始めること、そしてそれを停止することの2つだけですから、後はただ観察をし続けるだけでした。
だから私は言った。
確かに君は少し疲れてしまったのかもしれないねと。
どうだろうか。
新しいプロジェクトがあるんだが、そちらに参加してみないかなと私は彼に言った。
新しいプロジェクトですかと彼は答えた。
そうだ今また新しい星が生まれようとしている。
そして我々の観測ではここにまた新しい生命が命の循環が生まれようとしている。
もちろん初期のパラメータを少し編集する可能必要はあるんだけど、今度こそ君の望む結果が得られるかもしれないよ。
もちろん我々が観察者であることを忘れてはいけないけれどねと私は付け加える。
そうですねと彼は答えた。
そうですねともう一度つぶやいて、 確かに私は疲れてしまったのかもしれませんと彼は言った。
一度ここを離れてみるのも良いのかもしれないと彼は言った。
だから私は手のひらを合わせて言った。
よしではそうしてみようと。
でも先生そうなると、この星の観察者がいないことになりませんかと。
何君そんなに気にすることではない。
取るべき物は取り終わったし、後は観察用の機械を設置しておくから、レポートの収集は彼らが自動でやってくれるよ。
その装置は止めずにおくから、どうしても気になったらまたみに来ても良い。
もしくはそれが消滅するときのアラートを感知したらまた観察にすることにしても良いのではないかな。
どちらにせよ我々の目的は既に達成されたんだからと私は言った。
わかりましたと彼はついに答えた。
確かに私は少し感情的になっていました。そしてひどく疲れていることも確かです。
そうですね。
わかりました。
先生、そのプロジェクトに私を参加させてくださいと彼が言った。
よく言ってくれたと私は答える。
では、早速準備に取り掛かろうかと私は答えた。
我々がいてもいなくても、この星の時間は進み、やがて滅びるだろう。
何も変わる事は無い。
生存競争が行われ、そしてすべてを食いつくして消えるのか、それとも星の寿命が終わるのが先かまたは天変地異なので滅びてしまうこともあるかもしれない。
しかしどちらにせよ、我々の興味は最早ここには無くなった。
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