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『医療の世界はギリシア語でできている…No.06:「症状を表す“symptom” と “syndrome”、そして“therapy”(癒し) の世界」』

『医療の世界はギリシア語でできている…No.06:「症状を表す“symptom” と “syndrome”、そして“therapy”(癒し) の世界」』

医療の現場でよく耳にする“symptom” (症状)や“syndrome” (症候群)、そして“therapy” (治療)という言葉にも、古代ギリシアの知恵が色濃く残されています。まずは“symptom”という言葉から見ていきましょう。

“symptom” (スィンプトム)はギリシア語の“σύμπτωμα” (symptōma;スュンプトーマ)に由来します。これは前置詞“σύν” (syn;シュン:共に)と動詞“πίπτω” (piptō;ピプトー:落ちる、起こる)が結びついた言葉で、「同時に起こること」という意味を持っています。医学的には「病気に伴って現れる現象」、つまり「症状」を指します。前回お話しした“-path”や“-pathy”が病気そのものを指すのに対し、“symptom”は病気に付随して現れる様々な身体的・精神的な変化・現象を表現する言葉なのです。

“syndrome” (スィンドゥロウム)もまた、ギリシア語の前置詞“σύν” (syn;シュン:共に)が関係しています。“syndrome”は“σύνδρομος” (syndromos;スュンドゥロモス)に由来し、これは“σύν”と“δρόμος” (dromos;ドゥロモス:走ること、経路)が組み合わさった言葉です。直訳すると「共に走ること」という意味になりますが、医学的には「複数の症状が同時に現れる状態」、すなわち「症候群」を指します。一つの原因から複数の症状が「一緒に走る」ように現れることから、この表現が生まれたと考えられます。

そして、“therapy” (セラピィ)という言葉は、ギリシア語の“θεραπεία” (therapeia;テラペイアー)に由来します。この言葉の動詞形“θεραπεύω” (therapeuō;テラペウオー)は「世話をする」「治療する」「癒す」という意味を持っています。古代ギリシアでは、病気の治療は単なる技術的な処置だけでなく、人が人に関わる作法としての「世話」や「癒し」という要素も含んでいたのです。

現代でも“physical therapy” (理学療法)や“psychotherapy” (心理療法)など、様々な分野で“therapy”という言葉が使われています。“φυσικός” (physikos;ピュシコスあるいはフュシコス:自然の)や“ψυχή” (psychē;プシューケー:魂、精神)といったギリシア語と組み合わさることで、身体的な治療から精神的なケアまで、幅広い治療法を表現しています。語源分析して示すと、“physical”→「physic/o(身体)+ -al(〜に関する:形容詞を作る語尾)」→「身体に関する」→「身体の」の如く解釈できます。ちなみにわが国では“physical therapy”が「身体的な治療」→「身体療法」とは和訳されず、「理学療法」と正式には和訳されています。同じ“physical”と言う形容詞の意味に「物理的な、物理学的な」という言う意味があり、それが影響している可能性もあります。ただ、明治時代初期に“natural philosophy”すなわち「自然科学」全般のことを「理学」という言葉で和訳表現していたという歴史的・文化的背景も考慮されるべきでしょう。

興味深いのは、“therapy”という言葉が医療の枠を超えて、私たちの日常生活にも深く浸透していることです。「リラックス・セラピー」「アロマ・セラピー」など、心身の癒しを求める様々な場面で使われています。これは、古代ギリシアの“θεραπεία”(テラペイアー)が持っていた「世話」や「癒し」という本来の意味が、現代社会でも重要な価値として認識されているからかもしれません。

次回は、医療の世界で重要な“-tomy”(トミィ:切開)や“-ectomy”(エクトミィ:切除)という接尾辞について、その語源と現代医療における意味を探っていきましょう。手術に関連する用語の中にも、古代ギリシアの知恵が脈々と受け継がれているはずです。

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