見出し画像

9

1/23 夜

 炭酸水とワインを交互に飲む。この飲み方の面白さに気付いているのは僕を含めて日本で600人くらいしかいないだろう。小学校の体育館を一杯にするくらいの規模だ(かなり適当なことを抜かしている)。僕のお守りとも個人的辞書ともいえる最悪な書物、中島らもの「アマニタ・パンセリナ」から引いてみるに、筒井康隆は睡眠導入剤とキッツい酒とを同時摂取してバチコーンとトリップしていたそうだが、このワインと炭酸水というのは筒井康隆のそれを10分の1ほどに可愛らしくしたものに当たる。大いに飲み、大いにトリップし、現在89歳である筒井康隆は死ぬほど素晴らしい。長生きに対して死ぬほど、という装飾はなんだか葬式に参列する小学生を見ているような危なっかしさがあるが、ともかく素晴らしい。生きるほど素晴らしい。これもだいぶ不謹慎か。
 それに比べて中島らもは享年52歳にして他界しているのでこちらに関しては何とも言えない。ただ男らしいとは言える。体格も大していいとは言えずどちらかというと貧相で、顔も中性的、声も弱々しいときている。そしてその中性性をチャラにするかのように、寿命にしわ寄せがされているように感じる。男らしさを表明するには早死にすればいい、という特攻隊めいた死生観の話になってきたがこれは危険だ。ステルスプロパガンダ。ビッグブラザーはお前を見ている(今しがた「ビッグブラザー」とGoogle Chromeの検索欄で入力してみると「ビッグブラザーや全能の目」というサジェストが一番上に表示されたのでそれをクリックしてみると、Yahoo知恵袋をはじめとした深層ウェブ並に鳥肌モノな検索結果の数々が僕の目にダイヴィングしてきたので急いでタブを削除した。レス・バクスターのエキゾティック・ムードを聴きながら書いているので余計に怖い)。第一僕が今動かしているのは戦闘機ではなく筆だし(嘘だ、キーボードだ。しかし概念的な筆だ)、僕が今いるのはコックピットではなく自室だ(散らかりすぎてほとんどコックピットみたいになってきた)。
 中島らもの著書は数々の矛盾を孕んでいる。地方から上京してきたロックンローラーである「カドくん」は、別の著書では「ガドくん」と記されていたり、もしくは「スキニー」というニックネームが別の著書では「キスミー」になっていたりする。18のときから毎晩700mlのウィスキーを飲んでいたことは確かだとして、彼の連続飲酒がいつから始まったのかも正直よくわからない。タバコをくわえている写真はいくつがあるが、果たして本当に彼がタバコを吸えたのかもよくわからない。実にラリパッパとアル中を同時に経験した人間らしい曖昧さがあるがこれは彼の人生の選択における大きな間違いよりは可愛らしい。彼は村西とおるや町田康、それからみうらじゅんと並ぶようにして頓智にモノを言わせた著名人のうちの一人だが、死期を迎える直前までその切れ味を鈍らせることはなかった。時代こそ違うが、この4人の中では間違いなく中島らもの一人勝ちで圧倒的な差をつけて不健康だ。最優秀不健康賞。彼にふさわしい最悪な賞だ。授賞式にラリって出席するわ、登壇までが長すぎるわ、ラ行の滑舌は怪しいわでもう最悪だのなんのって。

11/24 18時頃 ここからかなりシリアスな話

 大学からで帰りのバスを待つ。前の男2人が騒がしくしている。片方は狂った人間のフリをしている。一人でいるときにも狂っとけよ、と一瞬思うが一方ですげぇ卑怯な立場にいるよなオレ、とか思う。その手頃さと気持ちよさと格好良さから、ご意見番というのは誰もが一度は通るタームだ。
 狂った振る舞いをしているところを誰かに見られることで分泌される脳内麻薬みたいなものがあるのだろうか。僕には少しあるかもしれない。虚栄心といったところか。前で狂ったフリをしてる男はぜんぜん見るに耐えないが、対人においてペルソナという存在は無視できないので僕に彼を茶化す資格はないのかもしれない。でも一方で虚栄とかペルソナを見せびらかすとか他人からどう見えているかというのを快楽の中心に置いている人もいたりするので、多様だなと思う。なんだかアカウント的だ。プロフィール的とも言えるが。あらゆる物事をタイムラインように捉えてしまう立派な病理だ。タイムラインは常に文字で埋まっていなければならないので沈黙にも耐えられない。たとえ沈黙があったとしても数秒以内に判で押したような文言が飛び交う。これはスタンプだ。
 24時間神秘的な雰囲気をたたえてドレスアップされた自分でいたいという気持ちはよく分かるが、そうこうしているうちにどこかに見えない負債が増えていくのでこれが恐ろしい。ふとした時に黒服が明細表を突きつけてくる。で、このプロフィール的な人格というのが本当にあるとして、その起源は言うまでもなくSNS以降ということになる。SNS以前にそういう感じの人がいたとはとても思えない。パラノかスキゾかでいうと間違いなくパラノ。でもこういう話をガッツリパラノ入ってる人の前ですると「そんなの誰も気にしてない」という石の上にも三年的虎視眈々と獲物を待ち構えるハイエナもしくはスパイが如き死んでもボロを出さない根性燃えたぎるパラノカウンターを食らいまくってしまうのでここに書くのが関の山だ。切り出した方が確実に負ける話を勢い余って切り出してしまうタイプである僕ですら、ここまで妙な話を人前ではできない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?