踊り子うさぎ
「わたしはあわれなうさぎ…」
一羽だけの夜、わたしはよく、こう月に語りかけてしまう。
わたしは体の不自由なうさぎ。耳は折れて、右耳だけたれさがり、後ろ足は変なかたちに骨がくっつき、他のうさぎのように自由にとびはねたり、かけまわったりできない。
耳が片方たれたよちよち歩きのうさぎを、周りの元気なうさぎたちはどう思っているのかしら?どうあってもわたしのようなうさぎは、群れの中で目立ってしまう。
ここは岩場の多いところ。おいしいエサを食べるためには、遠くまでかけて取りに行かなくてはいけない。でも、そこにはうさぎをねらう動物も多い。だから岩場の多いここでも、ねぐらにしなくてはいけない。
他の元気なうさぎたちは、危険を冒してでも、そうやってエサを食べに行き、安全なこの岩場に帰ってくる。そんな生活を送っている。
でも、わたしはどうかしら?よちよち歩きの、のろのろとしたうさぎが、そんなことできようもない。わたしははねることもかけることもできないの。
だから、わたしは踊る。幸いにしてちゃんと動く前足を使って、ひらひらと体をくねらせたり、不自由な後ろ足を重心にして、くるくると回ったりして、踊ってみせるの。そうすると、他のうさぎたちが、おみやげに持ってきたおいしいエサをくれる。
わたしはエサをもらえるし、他のうさぎたちはわたしの踊りを見て楽しむ。もちつもたれつだわ。
でも、わたしは知っているの。他のうさぎがわたしの踊りを見て喜ぶ心に、「この奇妙なうさぎより、自分はまだましだ」と見下す心や、「エサを恵んであげるわたしは、なんと良いうさぎだ」と自分に酔う心が混じっていることに。
それらを感じながらも踊り、エサを恵んでもらう時の、なんてみじめなこと!でも、わたしに他に何ができるの?どうにもできないこの暮らし。自分をあわれまずいられるかしら!
そんな気持ちの時、わたしはこんなみじめなわたしを残していった母親をうらんでしまう。普通のうさぎに生んでくれさえすれば、こんなみじめな暮らしをしなくてすんだのに!でも、どうしようもないことだということぐらい、わかっているわ…。
そんな思いで頭がぐしゃぐしゃになる一羽だけの夜は、月に語りかけずにはいられない。月は何も答えてはくれない。でも、こんなわたしの心の中を知り、わたしを慰めてくれる、ただ一つの存在に思えたから。わたしがどんな思いで、なぜ踊るのかを、月だけが知っているの…。
そんな日々を送っていたある日のこと。1羽のたかがわたしたちの住む岩場に飛んできた。どうやらエサを食べにでかけ、帰ってきた群れのあとをつけてきたよう。さっそくうさぎたちをねらいに、ものすごい速さで下に向かってきた。
うさぎたちは、みんな全力でかけだし、逃げ出した。かけることのできないわたしは、岩と岩のすき間にかくれたの。前は見えるけど、上から見つかることはないわ。
すると、前の方に逃げ遅れた仔うさぎが一羽いるのが見えたの。かけて逃げるには、まだ幼すぎたよう。不安そうに、よちよち歩きで母親を探している。でもすでに周りに他のうさぎはいなくて、みんなの遠くに逃げたか、かくれて出てこないようだわ。
たかはその仔うさぎを見つけると、すぐにねらいに飛んできた。
他のうさぎたちは、みんなその仔うさぎをあきらめ、ひたすら身をかくしているよう。誰も出てこない。今安全な仔うさぎを守る方が大切。それが動物のおきて。
逃げおくれた仔うさぎは、こわくなって助けを求め続けている。でも、誰もやってこないまま、たかは近づいてくる。
わたしはおそろしかった。だけど、体が動いたの。何も考えずかくれ場から出て、たかに見えるように踊りだした。
頭のどこかで、「こんなみじめな弱々しいわたしより、元気でじょうぶなこの仔うさぎが助かった方が良い」、とでも思っているのかしら?
でも、わたしは夢中でたかに向けて踊ったの。
「さあ、これがわたしのさいごの踊りよ!」
そう思って、ただひたすら、精一杯踊り続ける。
たかはわたしに気がつき、仔うさぎはたかが目をはなしている間に逃げていく。たかがわたしに近づいてくる。わたしは踊り続けている。
とうとうたかはわたしのところにきて、わたしをつついたり、ついばんだりしだしたわ。
飛び舞う私の毛。振り落ちる血のしずく…。
でも、私はくるくると回り、踊っているので、たかもうまくとどめがさせない。
でも、わたしも痛みと疲れで、動きがにぶってきた。「死ぬまで踊り続けよう」、と心では思っていても、体はおいついてくれないの?
とうとう、わたしはぱたりとたおれた。たかがわたしにとどめをさそうとしてくる。
その時よ。他のうさぎたちが、たか目がけて飛びはね、体当たりしだしたの。たかはひるんで、少しわたしからはなれた。
それを見た他のうさぎたちも、どんどん飛びはねて、たかに体当たりするようになり、その数はどんどん増えたわ。
さすがのたかも、体当たりをあびすぎて体を傷めたらしく、弱々しく飛んで逃げていった。
うさぎたちは、たかに勝った喜びで喚声をあげた。そして、たおれていたわたしをおこしてくれたの。
逃げおくれていた、さっきの仔うさぎは、母親と再会したようで、母うさぎは泣きながらあやまって、仔うさぎの無事を喜んでいたわ。
「ごめんね、ごめんね…。助かって本当に良かった…」
そして、わたしの方を向いて、こう言ったの。
「この子を助けてくれて、本当にありがとうございます。よその子のために、こんなになるまで踊ってくれるなんて、なんとお礼を言えばいいか…」
仔うさぎも続けてこう言ったわ。
「ありがとう、ありがとう、おばさん!ぼくを助けてくれて…。踊っている時のおばさん、すごくかっこよかった!」
すると、他のうさぎたちも、わたしを手当てしながら、次々と言い出したの。
「そうだ!あんたは最高にかっこよかったぞ!」
「わたしたちはこわくて何もできなかったのに…。本当にすごいわ…!」
「あんたは本当に勇ましく、仲間思いのうさぎじゃのう。今日のことは、末代まで語り継がれるじゃろう!」
「今まできみのこと、踊ってばかりの変なうさぎだと思ってたんだ。ごめんよ。でも今日のことで、きみは変わったよ。きみはこの群れのほこりだ!」
次々にみんなわたしをほめたたえ、素直な笑顔を投げかけて、優しくしてくれたわ。こんなことは生まれて初めて…。わたしは嬉しくて泣き出した。
それを見て、わたしのそばにいた一羽のうさぎが、心配そうに言ったの。
「どうしたの?どこか痛むのかい?」
それからも、わたしは踊り続けていたわ。
手当ては十分にしてもらったけれど、ケガはすべては治らず、わたしの体は前よりも傷み、不自由になって、さらに弱々しくなっていた。
それでもわたしは踊り続けるの。それしかできないから。でも、昔のようなみじめな気持ちじゃない。
あのことがあってから、わたしの踊りを見るうさぎたちの目が、心が変わったように思える。それは、わたしをうやまい、したい、いつくしむようなまなざし。わたしの踊りは、ケガのせいで前よりも下手になっているというのに!そのまなざしを受けて、わたしは体が痛んでも、素直に楽しみ、喜びを感じながら、踊り続けるの。
でも、そんな日々を続けていたら、とうとうわたしの体はぼろぼろになって、わたしはたおれてしまった。傷んだ体で無理に踊り続けていたせいね。わたしは、もうすぐ天国からおむかえがくることを感じとっていたの。
でも、わたしはくやんではいなかったわ。自分のできることをした。幸せな気持ちで満ち足りていたわ。
たくさんのうさぎたちがわたしのそばに来て、励ましてくれていた。でも、わたしはだんだん弱っていく…。
「もうおむかえがすぐそこね」、と思っていた時、一羽の仔うさぎが無邪気にわたしにこうきいてきたの。
「ねえ、おばさんはどうしていつも踊っていたの?」
わたしはそれをきいて、嬉しさで涙をあふれさせた。わたしの心の中を知ろうと、歩み寄ってくれる人が、やっとあらわれた…。
「それはね…、きっといつかわかるわ。わたしのことを思ってくれていれば…」
わたしはそうとだけ答えたわ。
空には月が登っていた。ああ、なんてきれいなことかしら!わたしは月に語りかけた。
「わたしは幸せなうさぎ…。」
今まで一番きれいに見えた月を見上げながら、そう語りかけると、わたしは眠りについたの。