北コーカサス山岳民共和国連邦再興を巡って  <3-2>

<3ー1>から続く
 イナル・シェリプは、私たちに、アメリカ政府は「ロシア後の自由な民族フォーラム」の掲げるロシア国家の徹底的解体には核の安全保障の観点から強く反対しており、ロシア国家の解体なくしては自国の安全保障は無いと考えるウクライナ政府の考えとは大きく異なると指摘した。この両国の間で、双方が受容れられるのが北コーカサス山岳民共和国連邦の再興なのだと言う。先ず、北コーカサスにはロシアの核兵器は存在せず、アメリカの懸念する核兵器拡散の危険は存在しない。ウクライナは北コーカサス山岳民共和国連邦と軍事同盟を締結して、ロシアを黒海から締め出す事が出来る。もちろんウクライナによるクリミア解放が実現した上での事であるが。それらの第一歩として、イチケリア亡命政府は、ウクライナ政府・軍と契約してウクライナ軍の指揮下でチェチェン軍を再建する。周辺北コーカサス諸民族、特にチェルケス人ディアスポラと連携して、チェチェン軍を北コーカサス連邦軍に発展させる。また23年10月末にはベルギーの欧州議会庁舎において北コーカサス連邦亡命政府のプレゼンテーションを行う。

 これらのイナル・シェリプの構想を岡田は宇山智彦・廣瀬陽子両教授と検討したが、一様にあまりに楽天的主張ではないか?そんなに簡単に北コーカサスの諸民族が、チェチェン人の下に大同団結できるのか?ロシアの黒海への執着を打ち破れるのか?といった幾つもの疑問がでた。

 イナル・シェリプは、23年8月13日、次の返事をしてきた。

 尊敬する教授方と私の考えを共有してくれてありがたい。私の推論に対してみなさんが懐疑的なのは理解できる。とにかく10月25日、新国家である北コーカサス連邦亡命政府の発表会が欧州議会庁舎で開催される。実際にはやや遅れて11月8日に「北コーカサス独立委員会」の発表会が欧州議会庁舎で開催された。互いに普段は対立している欧州議会内の3党派の代表が一致して、この集会を支援した。
疑念への回答。

1) ロシアは北コーカサスを維持できるのか?
ロシアの執着は自然なものだ。しかし、 欲望だけでは十分ではない。 ロシアは2日間でキーウを征服したかった。でも、それに十分な軍事力がなかった。北コーカサスに関しては、こう質問もする必要がある。ロシアには、それに必要な軍事力を持っているのか?戦争が起こると、状況は日々変化して行く。 ウクライナ戦争が始まる前、チェチェン周辺にはロシアの軍事基地に、約12万人の兵士が駐屯していた。ロシアは、カディロフのような腐敗した裏切り者を含め、チェチェン人を決して信頼しない。ロシアによる、北コーカサスにおける平穏の保証は、チェチェンを軍事力で制御下に置いていることによる。この12万人の駐屯兵士は、ウクライナ、チェチェン周辺での18か月の戦争で、今や、3万くらいに激減している!
Googleの衛星写真でチェチェンのロシア軍駐屯地を幾つか、ご紹介しておこう。2008年秋に岡田は、カディロフ政権下のチェチェニアを訪ねたことがある。グローズヌイ北空港を出ると、道路は真南に首都に向かうが、道路の東側にロシア内務省軍の大兵舎が続いていた。当時は、10万人ぐらいとチェチェンの友人は語っていた。もう一つ、南の郊外、ハンカラには連邦軍の基地がある。
ここにも衛星写真に滑走路が写っているが、DOSAAFというソ連軍支援組織が運営していた訓練飛行場の名残だ。2000年代初めには滑走路付近には、多くの戦闘ヘリコプターや、装甲戦闘車両の待機が見られた。ロシア軍は、兵員のチェチェン市民との交流を嫌って、兵舎に閉じ込めている。というのも、ロシア兵の中に武器をチェチェン人に売る者がいるからだ。チェチェン戦争でロシア軍は、二つのことを集中して行った。一つは自軍兵員からチェチェン側への武器の流入阻止、加えて掃討作戦による私営粗製ガソリン製油所群潰しで、これによってチェチェン側の戦費調達を防いだ。一方、チェチェン人主体のカディロフツイの兵舎は、グローズヌイ市中心部にある。
一例を挙げてみよう。 2021 年、ロシア連邦軍第 8 山岳自動化歩兵旅団(軍事部隊 16544)のため、チェチェン南部山岳地帯、シャトイ地区ボルゾイ村に新軍事基地が建設された。この基地は2500 名の兵士を配置するものだった。 その建設に 30 億ルーブル (約 4,000 万米ドル) 以上が費やされた。ところが今、この基地にはロシア兵が一人もいない。 ウクライナで、これら兵士全員が死亡したからだ。ロシアには、この基地を守るため投入する兵士さえいないのだ。2021 年に 4,000万ドルの建設費をかけたロシア軍事基地を、ボルゾイ村の住民たちが、勝手にレンガ、窓、ドアを解体して、自宅用の建材にするため持ち帰っている。今年末までに、北コーカサスのロシア軍はもぬけの空となるだろう。
チェチェニア、ダゲスタン、イングーシ、カバルディーノ・バルカリア、カラチャイ・チェルケシア、アディゲヤには重要な軍事施設がないため、これらの地域からの軍隊も近い将来撤退し、ウクライナ戦線に投入されることになる。クラスノダール準州には少数のロシア軍部隊が駐留するだろう。しかし、コーカサスにはロシア兵もいないので、戦う必要すらほぼない。もちろん重要な施設や治安を掌握する必要があるだろうが。 現在、ウクライナで北コーカサス連邦軍が創設されており、北コーカサス地域の治安確保に備えている。

2) 北コーカサス民族の統一について。
18世紀、コーカサス諸民族はシェイク・マンスールに率いられロシアに対して団結した。 19世紀イマーム・シャミルの指導の下、コーカサスでは25年に及ぶ戦争が続いた。1918年、北コーカサス山岳民族連合は山岳民共和国として独立を宣言した。20世紀に、北コーカサスの多くの人々は追放、強制移住を経験している。大量虐殺も起きた。北コーカサスの人々のロシア人に対する悪感情は非常に強い。そのルーツは過去数世紀に遡る、ロシア人の振り回す大ロシア主義に対する反発で世代から世代へと受け継がれてきた。1994年にロシア・チェチェン戦争が始まり、今日まで戦争は終わっていない。現在、チェチェンの戦闘員はウクライナで軍事訓練を受けており、来年にもチェチェンに戻る準備をしている。チェチェンでは、どの村にも、どの都市にも、蜂起の合図を待っている地下組織が形成されている。
現在、ウクライナではチェチェン人が北コーカサスの他の民族に戦争の経験を伝えている。解放運動を始めるためのすべての前提条件が揃った段階なのだ。必要なのは調整センターだけである。 その政治中枢は10月25日に欧州議会で正式に選出される。軍事センターである北コーカサス連邦軍はすでに設立されている。 正式には、北コーカサス連邦の国防相が10月25日に任命される。
連邦の取組みは欧州連合の例に従うことになる。単一国境、単一通貨、単一軍隊。すべての構成国は、望む法律に従って生きることができる。チェチェン人は150万人、北コーカサスでは最大の民族だ。 チェチェン人は軍事的により準備が整っているため、独立の保証となる軍隊はチェチェン人が担う。年末までに、ウクライナ国防省と北コーカサス連邦国防省との間で軍事同盟が締結される。これにより、ウクライナ軍は北コーカサス連邦軍を支援することが可能となる。北コーカサス連邦の首都はソチになる可能性が高い。新しい国家の首都となる準備が最も整っている。

3) 北コーカサス民族連合
2023年5月、キエフは北コーカサス民族連合独立105周年を記念した国際会議を主催した。国際法の対象として、連邦は 1918 年にウクライナ、トルコ、ドイツ、オーストリア=ハンガリー、ブルガリア、ポーランド、ジョージア、アゼルバイジャンによって承認された。 北コーカサス独立に対するアメリカ合衆国の歴史的な支持は、1984 年5月9日に米国議会によって決議されている。議会は北コーカサス独立66周年決議を行って、北コーカサス国民に祝意を表した。
この点で、バルト諸国の国家継承の例に倣って、コーカサス連邦の回復について話すことができる。バルト三国の国家継承は、1940 年から 1991 年までのソビエト連邦統治およびドイツ占領時代における国際法上の法人としてのバルト三国の継続性を認めている。国際社会の総意は、不法占領とソ連の行為に関するバルト三国の理論を受け入れている。一般に国際法上、とりわけソ連とバルト三国との間の二国間条約に違反するため、バルト三国の法的継続性は、ほとんどの西側諸国によって認められ、国家慣行に反映された。 したがって、「Ex injuria jus non oritur」(法は不当な行為からは生まれない)という法原則に基づき、民主的な選挙が合法的な統治の基礎となることを認識し、国際社会は国民の権利を認める権利を有する。北コーカサスに対し、正統な国家としての国家資格を回復し、2023年10月にブリュッセルで開催される第3回北コーカサス人民会議にオブザーバーを誘導し、そこで主権国家資格を回復するプロセスが開始される。こうしてコーカサス連邦が発表される訳である。
北コーカサスの人々がロシアから独立したいという何世紀にもわたる夢は、ロシアの残虐行為(コーカサス戦争、国外追放、大量虐殺)の歴史的記憶が忘れられず、世代から世代へと受け継がれている。北コーカサスのほぼすべての人々が、多かれ少なかれロシアに対しする反発心を抱いている。 その一方で、コーカサス諸民族がロシアへの同化を受容れないので、ロシア人自身もコーカサス諸民族に対して憎しみの心を抱いている。 北コーカサスのロシアからの分離は自然の過程なのだ。歴史的正義と自由を求める人々の願望が、世界安全保障の地政学的必要性と一致することはほとんどありえない。その中で、北コーカサスの独立は、ウクライナ戦争のあらゆる側にとって妥協的な解決策となるかもしれないのだ。

4) 信じられない話に聞こえるかもしれないが、和平交渉中にウクライナが補償として北コーカサスの独立を認める最後通牒を突き付けた場合、これはロシアはウクライナに支払う代償を軽減するため、喜んで従うだろう。
なぜなら:
A) 北コーカサスの領土には核兵器は存在せず、ロシアの戦略的施設も存在しない。
B) ロシア人のコーカサス諸民族に対する憎悪は非常に大きいので、ロシアからコーカサスを切り捨てる人物の方がプーチンよりも人気が出るだろう。
C) 北コーカサス地方のすべての地域には膨大な補助金が支給されており、この点において、戦後、ロシアがウクライナへの賠償が発生するとき、北コーカサス地方を取除くことは経済的観点から非常に好都合なのだ。この点で、ロシアにとって、北コーカサスの分離は戦争に負けた代償として非常に安いものとなる。

5) 米国は以下の理由からこのプロジェクトに関心を持っている。
А) 黒海を失ったロシアは世界帝国ではなくなり、中国を封じ込めるという地政学的使命に集中する地域大国に切替わる。
B) 北コーカサス連邦を創設することにより、米国はノヴォロシースクに海軍基地を配備することができ、この地域の多くの軍事的および兵站的問題を解決することになる。
C) 北コーカサス連邦の設立により、米国は大コーカサス地域における新たな勢力均衡を構築し、地域の安定を確保するために規制できるようになっている。
E) そして最も重要なことは、連邦はトルコがコーカサス全体を征服し、トルコの帝国的野望を実現することを許さない勢力となるだろうとなのだ。長い答えになってしまったが、これは非常に大きなテーマで、一度にすべてを説明することは不可能だ。

これに対し、岡田は次の質問を返した。
 あなたの分析で印象的だったのは、アメリカとトルコの関係に対するものだ。パンツランニズムはソ連・ロシアにとっては、長年の悪夢だが、アメリカにも警戒心があることは、初めて知った。一方で、トルコは、19世紀のカフカス大戦争の結果、ロシアによって虐殺され、郷土を追われた北コーカサスの膨大な難民の保護者でもあり、アナトリア半島にいる北コーカサス諸民族離散民は、北コーカサスの現在の住民より多いかと思う。そうしたNATOの一員でもあるトルコと新しい国家はどう協調して行くのか?次に新しい国家にはアブハジアと南オセチアが含まれるが、隣国ジョージアとの調整をどう考えるのか?どう軟着陸を図るのだろうか?

 こうした問答を延々と続けている。また実際に11月8日、ブラッセルの欧州議会庁舎で北コーカサス独立委員会創立プレゼンテーションが行われ、将来の新国家首班(大統領)予定者として、米国籍のチェルケス人実業家、イアド・ヨガルが指名された。彼は成功したチェルケス人で米国最古、最大の民間警備会社のオーナーで、米国在住チェルケス人組織や、チェルケス文化協会の指導者でもある。また、ウクライナでチェチェン軍再建にあたっているアフメド・ザカーエフが軍事評議会議長(国防相)に、政治評議会議長(首相)に、イナル・シェリプが指名された。
<3ー3>に続く

2024.01.20.  岡田一男(映像作家)

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