【エッセイ】 ドライブレコーダーに映る惨劇 その②

吉川晃司、布袋寅泰、そしてこの、俺ちゃんだ!
とでも言わんばかりに、
「会えないぃぃ時がぁぁ、教えてくれたよぉぉ」
とドライブレコーダーの中の人が声高々に歌っている。

山道の茂みから、日本刀を翳(かざ)したらインスタ映えしそうなほどの立派な角を持つ鹿が、道路を横切ろうとしている。


「運転手さん、前をみてぇぇ」


始めてアンパンショーを見に行った幼児のように、同僚が画面に向かって叫んだ。
もう何作品も交通事故を見させられて、心が参っているんだろうな……。


運転手さんは、スピードを緩めない。


どうやら余所見をしているのか、歌に集中しているのか、鹿の存在に気づいていない。


「もぅぅ離さないぃぃ、君がぁ・す………あっ!!


鹿を避ける為に慌ててハンドルを切った。


鹿に接触しなかったのだが、対向車線にはみ出し、ガードレールの柱に正面衝突してしまった。


ガチャーン!!

ビィマイベィベー!

そのタイミングがドンピシャリだった。


まるで、B`zの、『ウ・ル・ト・ラ、ソォール! ヘェイ!』の時に上がる花火のように……。


「痛ぇ…痛ぇよ……やっちまった……」
ドライバーの人のうめき声。
『BE MY BABY』の歌詞でないのは分かる。


避けてもらった鹿が、「大丈夫ですかぁ?」と言わんばかりに、こっちを心配そうに見つめている。


トラックから脱出したくてもドアが開かないらしい。
やべぇ…やべぇよ、とドライバーさんが言っている。
まだ、『COMPLEX』の二人は『ビィマイベィベー、ビィマイベィベー』と連呼している。
もう『ビィマイベィベー』なのは十二分に伝わったから、歌は一旦止めて、119とかに電話してあげて欲しい。
と、思っていたら、段々と『ビィマイベィベー』がフェードアウトしていった。


静かな森に、「痛てぇぇ、めっちゃ痛ぇぇ、スマホ何処だ…」と聞こえる。
トラックのドアのメキメキメキという音が聞こえた。どうやら、何とか開けれたらしい。



そしたら、今度は軽快なアップテンポな曲が流れ初めた。
どうやら『恋を止めないで』らしい。
『恋』とか言っている場合じゃなかろうに。

『夜のデートは危険すぎるなんて、だ・か・らどうしたぁ、お前の気持ちだろう』

顔の何処かを切ったのか、ヒビが入っているフロントガラスに、血が飛び散っている。
鹿がまだこっちをキョトンとこっちを見ている。


この映像と、この曲の雰囲気がまったく合っていない。
誰が考えたの、このミュージックビデオ

歌詞の内容は、『内気なお嬢さん、今夜、俺がお前を連れ出してやるぜ』という感じ。
だったら、『今から病院に行くから、一緒に付き添いで来てくれませんか?』と口説けばいいのに……。
その相手の女の人、人が好さそうだから着いて来てくれそうなんだけどな。


「ドォーント、ストッップ、マァイラァァブ」(Don`t Stop My Love)
まぁトラックも止まらなかったしね。
「恋を止めないでぇぇ」
いや…トラックは止めようよ。
「どんな事からもぉ、守ってあげるからぁぁ」
えっ!? お前が! 説得力ないよ!

あまりに恐ろしい映像の為、直視したくないので、歌詞に変な合いの手を入れて自分の心を誤魔化す。


間奏の布袋さんの高音のギターソロが流れ出す。
これが、救急車のサイレンだったら、この人、助かるのになぁ……。
とか考えていた。


あと、鹿がずっとカメラ目線だったのが、凄い気になった。


追伸 このドライバーさんは打撲程度で済みました。
良かった、良かった。
鹿ぁ? 鹿なんか知らないよ。

教訓
1. 運転中に余所見をしない。
2. 山道を走っている時は、野生動物が急に飛び出してくる。
3. 車内で歌うときは、のちに誰かに聞かれても良いように、ちゃんと歌う。


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