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ベルサイユのばらな俺
空き家になって10年以上が経つ現場に着く。
解体工事をするとかで、置きっぱになっているガスボンベを引き上げに来ました。
『トトロが棲む、森』……と、いうと可愛いのをイメージされてしまうかもしれないので、訂正。
『インディージョーンズ魔宮の伝説』みたいな所だった。
もう鬱蒼としたジャングル。ナタがないと前に進めない。
仕方なく、草木をなぎ倒しながら前に進む。
裏庭に辿り着くと、ガスボンベがバラの茎に纏わりついていました。
ご丁寧に、真っ赤なバラがポコンポコンと5.6個咲いている。
バラとガスボンベ……似合わないなぁ……。
ねずみ色で無機質な形のガスボンベに、赤いバラ。
まるで、地方から来たニキビ面でいがぐり頭の10代の青年に、無理くりホストの格好をさせて体験入店……みたいな感じだった。
トラックまで戻ってハサミ的な物を持ってくるのが面倒なので、無理に引っ剥がす。
けど、うまくいかない。
ガスボンベも土にちょっと埋まっていて、抱き抱えるようにしてボンベを引っこ抜く。
そしたら、バラの茎が僕にすっぽりと纏わりついた。
まるで、『ベルサイユのばらのオープニング』みたいになる。
ザクザクと僕の身体にキリストの荊冠のようにトゲトゲが突き刺さってくる。
俺がいったい何をしたんだぁ!!と心の中で叫ぶ。
生活が貧窮してお腹が空いている人に、
「パンが無ければ、ヤマザキのランチパックでも食べればいいのにぃぃ」
とでも言ったのなら、こうゆう目に合っても納得するのだが。
なんとかガスボンベを引っこ抜き、寝っ転がして地面をズルズルと引きづって運ぶ。
【パンが無ければ、シールを集めて可愛い絵皿を貰えばいいのにぃぃ】
途中、木の枝がどうしても邪魔でその枝をバキバキとへし折って進む。
雑草で気づかなかった池に、片足を突っ込んで安全靴を濡らしてしまった。
【パンが無ければ、乃が美のパンでいいのにぃ……、あれっ何もつけないで焼かずに生のままで食べれば、ふっくらと…】
うるさいよっ! 俺の頭の中のマリーアントワネット!!
お前の中のパンの定義ってなんなんだよ!
パンが無ければ乃が美のパンって訳わかんないし!!
世間知らずとかではなく、ただ単に性格が悪いだけの王妃が、その後も
『ウーバーイーツ頼めば?』とか『お歳暮で貰った熟成ハム食えば』とか聞いてくる。
何とかトラックまで辿り着けれた。
身体中に、植物の種の『ひっつき虫』が着いている。
これをきちんと叩かないで洗濯機に入れると奥さんにまた叱られる。
僕はズボンと制服をバッハシンバッシンと叩いた。
それが無意味な事に気づいた。
なぜなら、ガスボンベはもう1本あるので、もう一往復をしなければならない。
もう……行きたくない…。
空き家を呆然と見つめて立ち尽くしていた。
【ガスボンベを運ぶ仕事を辞めてぇ、タワーマンションにでも住めばいいじゃなぁい?】
僕の頭の中のマリーアントワネットがなんか、また言ってきた。
自分の頭を軽く小突いた。
下記は娘の絵。
実際の現場はこれに近い雰囲気だった