[2023/09/19]本日の日記「追いつき感想文その1「あたしたちのハッピーエンド」編」

随分と忙しくプロセカに触れていなかったんだけど、MyGO!!!!!も一通りアニメが終わり、AC6も3週終えたので、少しずつ追いついていこう。

ということで、まずは真っ先にオタクに読め!!!!!と言われていたワンダショの2ndシーズン最終イベント「あたしたちのハッピーエンド」から。


結果的に「良かったね」となる感じの終わり方だったんだけど、この「良かったね」への持ち込み方、もっと早くできたんじゃないか?と思う気持ちと、「にしては持って行き方がハイテンポすぎる」の2つがとにかく引っかかる。

いや、本当にこんなこと言いたかないんだけど、30周年公演、やらなくて良かったような気がしてきた。もちろん今回のイベントをやるためには青龍院が司達が自由に生きていくことを認めるだけの実力をつける必要があるから必要だったイベントだし、今後のことを考えても絶対必要なんだけど。

あの2イベントは、出て行くことに意欲的な司と寧々のイベントだったんだけど、「出て行くことに対しては止めようがない」というテーマの割にはみんなとの関係性を強く強調するところがあって。

それが今回の「泣いてよし!」に繋がる部分だとは思うんだ。みんな別に別れたくて成長しているわけじゃない。

でもこう……ひとまずそういう方向に転がして行くならもっといい着地点があったような……例えばこうすればいいというのは烏滸がましい話だし言わないんだけど。

彼らの言う「別れ」とは別れじゃなくて「巣立ち」で、いつか本当に夢を叶えるためのステップだし、慶介も言っていた通り彼らはまだ高校生で、これから色んなことを経験していける。だからこそ、別に今「別れ」を確定させなくてもいいなんてことは無人島の頃からわかっていたんじゃないか。

世界一のスターになること。世界で活躍する歌姫になること。誰かを笑顔にし、感動させるショー演出家になること。フェニックスワンダーランドをいつまでも笑顔の溢れる遊園地にしたいこと。

それぞれ夢は違っていても目指す場所は「誰かの笑顔」なら、本当に「別れ」が来るとしたら精々誰かがその道を諦めた時か、本当に全員が夢を叶えた時だろう。少なくとも最終的にえむだけは帰らなければならない場所がある。

成長のためにフェニランを出て行くことへの決断は仕方ないにしろ、別れへの結論は今決めなくてもいいよ、という話を同時にするにはあまりにも駆け足すぎた。

「駆け足すぎた」ことと「30周年公演がいらないと思った」ことにはつながりもあるが、特に前回の寧々イベでかなりモヤモヤしたところにも繋がってくる。

司も寧々も30周年記念公演を通して「己は未熟である」ということを悟るストーリーラインを組んでいたが、今回みたいな結論に落とし込むなら直近2イベントはこの後にやるべきイベントじゃないか?と思うし、多分この後も同じようなことはきっとある。それだけは確信できる。

これから彼らは夢のために現実に挑むのだから、あのレベルの話をする余裕があるならきっちり巣立ちの話をして欲しかったかも。

司はまだわかるけど、寧々に関してはこれから間違いなく何度もぶつかる壁のお話だし…

あの段階ならもっとやってほしいことはたくさんあった、まずはそこから。


前のイベントの話はさておき、今回のイベントの話をしよう。

えむは「抱え込みがち」というより、「思い込みが激しい」タイプで、何かを知れば知るほど「こうなったらもうこうするしかないんだ」と答えを決め打ちしてしまいがちな気がする。

だから答えが出てないモヤモヤは打ち明けられても、自分で出した答えに対する葛藤は相談できないタイプなのかなと。「どうしようもないこと」はたとえ納得できてなくても「もうこうするしかないもんね」と納得しようとしてしまうから。

もちろん、自分の決めた道を簡単にブレさせないためにも決意を固めたという経緯があるので下手に悪い言い方もする気はないんだけど、この「自分でそうすると決めてしまったからこうするしかない」という閉塞感は、かつて晶介がえむのワガママを一蹴していた時の彼の心情に近いものがある気がする。

今回物腰柔らかそうに「俺たちも色々学んだから学んでこい」と言っていた晶介だが、かつてはそういった「色々学んだ」間にかなりの葛藤があったはずなのだ。

それがライリーとの提携という「こうするしかない結論」に達し、「他の道はないのか?」というえむの問いも「こうするしかない」と一蹴する。

程度と状況は違えど、慶介たちも後にライリーとの提携を「こうするしかないのかと思っていた」と言っていた通り、結構今回のえむの葛藤に近いものがあったはず。

「どうなっても今と進む方向は変わってしまう」という葛藤は、徐々に「こうするしかない」という考えに変わっていく。

かつて「ワンダーステージの解体」には異を唱えられても、「フェニックスワンダーランドの方向転換」には「こうするしかないのか」という諦めの気持ちがあったえむのことを誰が救ったのかというと、その当時鳳家の埒外にいた司たちだ。

しかし今回の問題の根底にあるのはまさしくその司たちなので、えむはさらに思い悩むことになる。

この状況下になると、えむに味方はいない。自分の夢と同じものを見ていて、自分のことをしっかり戦力に数えてくれる兄たち経営陣にこんなことを相談できはしない。

かといってこのことを司たちに打ち明けるわけにはいかない。みんなは進みたがっているのに、自分の個人的な感情で行かないでほしいなんて言えない。だからこそ「笑顔でバイバイ」しようと思ったわけだし。

だからこそえむは「自分の夢」と「自分の感情」によって雁字搦めになってしまった。

これの最たる原因は「結論を急いでしまったこと」と言っていい。

「自分はみんなに夢を叶えてもらった」

「ならば自分はみんなの夢を応援する立場で、さよならは仕方がない」

こんなことは言いたくないが、これは高校一年生の出す結論じゃない。

慶介も言っていた通り、彼らはまだまだ若い。これから色々なことがあり、その全てが彼らの人生を彩っていく。

それらを学ぶ前に、「終わり」を決めてしまったことは流石に早計だった。

以前経営陣が方向転換を推し進めたように、あまりにも早くその結論を出してしまった。

そして、その考えの埒外に別の答えをもらった。

その時の立場が逆転し、答えを齎したのが慶介と晶介の2人だった。

これは本当に嬉しかった。彼らは一度まさしく「こうするしかなかった」結論を前にフェニランスタッフ総勢で「別の可能性」を突きつけられ、自分たちだけで答えを出そうとしたことを悔いた。

それから彼らはいろんな可能性を模索した。だからこそ、えむの悩みにも「別の答え」を用意できたし、類の提案にも柔軟に対応してみせる。

ガキの考えと一蹴せず、司たち「個人」にとことん向き合う姿勢を作ったのは何よりも彼ら自身だ。

その結実が「別れ」という「夢の終わり」を終着点とせず、「えむを送り出し、更なる可能性を追求させる」という新しい結論を導き出させた。

彼らの行動が無駄になったことはない。それは、ワンダーステージの結果が、今の笑顔で溢れるフェニックスワンダーランドが証明している。

「将来の夢」と言う現実でもがいた彼らに、新しい「夢の可能性」を叩きつける。

かつてのナイトショーの「夢の舞台」が見せたものは、彼らにもう一度進むべき道を示し、新たなステージへと誘う架け橋となった。

進級前のクライマックスを飾るにふさわしいイベントだった。そう思う。


だが。

やはりテンポが悪い。早すぎる。

類のフリーランスへの決断ももう1イベントほしい悩みだし、司と寧々の立場からえむのことを案じる描写はこれまでにもっと入れることができたはず。

えむのことを重要視したいけど、自分のことは叶えたいと言う感情で揺れる故に説明しにくいのはもちろん理解しているけど、それらがすっ飛んで「泣いてよし!」は突然だろと思う。

だってお前ら別れの話あれ以降一切しなかったし、ステップアップだ!!俺は未熟!!しか言ってなかったやんけ。確かにみんなとの関係が自分を育てたって話はしてたけど、別れるのに対する悩みは自分もそれなりにデカかったですみたいなことを言うならもっと現実逃避してた感は出してもよかったでしょうて。

この入れ子構造説明難しすぎるしわかるんだけど、もっとそこらへんの深掘りをして欲しかったな。能力のステップアップの話ははそれからでもできる。

類もそれなりに悩んでいたのがかなり放置されたのも響いている。

なんとかならねえかなあと思って決断するまでの空白がデカすぎる。それまでの間に別の問題が起きても全然おかしくない。

その決断の経緯、このままだと結構すっ飛ばして話進むだろうし。勿体無いような気がしてしまうな……と。

仕方ないけど、こればっかりは。こればっかりは自分の中でスッキリしないので。

手放しで褒めたいんだけど、物足りないんだ。もう少し、あと少しでよかったんだ。

それ以外はとてもいいイベントでした、見たいものは見れたし。

以上、次はレオニです!

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