量子コンピューター要約
量子コンピューターとは なぜ「量子コンピューター」が注目されているのか 2023年3月、国産初の量子コンピューターが発表されて話題となった。そもそも量子コンピューターとは何か。従来のコンピューターとどのような違いがあるのだろうか。 量子コンピューターに注目が集まる理由は、従来のコンピューターに「限界」が生じているからである。従来のコンピューターは、半導体チップの縮小化によってその性能を向上させてきた。しかし、そのサイズがある一定を下回ると、これまでの古典的な物理法則では計算ができなくなってしまう。このサイズでは「量子の世界」という極めて小さい世界の物理法則を使わなくてはならない。そういった量子の世界に合わせて作られたコンピューターが量子コンピューターである。 理論上、量子コンピューターは従来のコンピューターと同等以上の能力を持ち、量子コンピューターにしかできない分野もある一方、エラーが多いという欠点がある。現段階では研究開発を中心に、量子コンピューターしかできない高度な計算を必要とする領域での開発が進んでいる。 「量子」とは何か Funtap/gettyimages そもそも「量子」とは何だろうか。 量子とは「非常に小さい物質やエネルギー」を指し、物質を構成する原子、電子、陽子、中性子などがそれにあたる。原子は極めて小さく、1000万分の1ミリメートルほどの大きさであり、さらに原子の中にある原子核は100億分の1ミリメートル程度である。量子コンピューターでは、これらの極小の物質が使われている。 「重ね合わせ」と「もつれ」 量子の世界では、我々の常識では考えられないような物理法則がはたらいている。その1つが「状態の重ね合わせ」だ。量子には「波」と「粒」の2つの性質があるが、見ると粒になってしまうという不思議な性質を持っている。 従来のコンピューターは「0」と「1」を組み合わせることで、あらゆる情報を処理している。しかし、量子コンピューターは「粒にも波にもなれる」という量子の性質を生かし、0と1を重ね合わせた状態で計算する。通常は1つの物質が0と1の性質を持つことはないが、量子の世界ではそれが可能なのである。 また「量子もつれ」という、複数の量子の動きを連動させられる性質も大きな特徴だ。計算するときに「0」か「1」のどちらにするかを決められるため、組み合わせの数を減らして効率化することができる。 量子コンピューターは量子の特性を生かすことにより、従来のコンピューターでは途方もなく時間がかかった計算も、瞬時に行うことができるのである。 量子コンピューターの構造 従来のコンピューターは、CPU(中央演算処理装置)のスイッチのオン(1)、オフ(0)を切り替えることで計算を行っている。このCPUに用いられているのが「半導体」である。半導体は電気を通す「導体」と電気を通さない「不導体」の、2つの状態を切り替えることができる素材だ。半導体の素材はいろいろあるが、コンピューターの部品としてはシリコンが広く使われている。 一方、量子コンピューターには、キーボードやディスプレイといった入出力装置やメモリなどの記憶装置がなく、計算を行う装置「QPU」だけがある。従来のコンピューターは0と1の切り替えで計算をしていたのに対し、量子コンピューターは電波やレーザーなどを量子ビットに当てて、0と1の状態を変えている。また、「重ね合わせ」によって両方を重ねた状態にすることもできる。 【必読ポイント!】量子コンピューターの今 量子コンピューターの5大方式 Bartlomiej Wroblewski/gettyimages 量子コンピューターには5つの方式(超電導方式、イオントラップ方式、冷却原子方式、半導体方式、光方式)がある。いずれも目指しているゴールは同じだが、量子の性質によって特徴や性能が異なる。方式ごとに一長一短があり、今はどれがベストかを模索している段階だ。 日本が注力するのは「超電導方式」であり、国産初号機もこの方式を取っている。その他、半導体方式や光方式も開発が進んでおり、商用化も期待されている。 量子コンピューターのデメリットはサイズが大きいことだ。方式にかかわらずいずれも3メートル角の立方体になるくらい巨大であり、しかも超電導方式や半導体方式は冷却するための設備が必要となる。 他方、イオントラップ方式や冷却原子方式、光方式はそうした冷却設備は不要だが、それらも複数の周辺設備が必要となる。 量子コンピューターの心臓部「QPU」 QPUは方式ごとに構造が異なり、それぞれ個別のQPUが開発されている。 超電導方式は、平面上に超電導素子とよばれる人工原子を用い、それにマイクロ波を当てることで操作を行っている。イオントラップはチップの上にイオンが浮いた状態で静止しており、これにレーザーを当てることで操作する。半導体方式は従来のコンピューターに使用されているシリコンを、量子コンピューター向けに改造したものである。冷却原子の場合は、マイクロ波ではなくレーザーを使って計算を行う。光方式は様相が異なり、QPUの中に光の通り道を作り、そこを光が通ることで計算を行っている。 このように量子コンピューターではQPUに異なる方式が採用され、量子ビットに測定用の信号を送ることで計算結果を読み取っている。 ソフトウェア開発の経緯 コンピューターには、目的の働きをさせるためのソフトウェアが必要になる。量子コンピューターもその点は同じで、量子コンピューターのために開発されたソフトウェアが存在する。 現在主流の5大方式は「量子ゲート型」とよばれており、同じソフトウェアが適用される。以前は「量子アニーリング型」という仕組みの異なる量子コンピューターが注目されていたが、難点が多く、現在はハードもソフトも量子ゲート型の開発が進められている。 コインをひっくり返すように計算する pidjoe/gettyimages 量子コンピューターの計算は、ピアノの演奏にたとえることができる。曲はアルゴリズム、楽譜は量子回路、そしてピアノの鍵盤は量子ビットにあたる。そして、鍵盤の動きに連動したコインがあり、鍵盤を弾くたびに表裏がひっくり返ったり、表裏どちらでもない「コインを立てて回した状態」になったりする。このコインが表の状態が「0」、裏の状態が「1」、そして立てた状態が「重ね合わせ」にあたる。つまり、コインをひっくり返す操作が、量子ビットの切り替え作業に相当する。 量子ビットの切り替えにはマイクロ波やレーザーが用いられる。そして、回転するコインがどちらになるかは、結果が確定するまで誰も分からない。さらに、量子コンピューターは「計算するたびに答えが変わる」という奇妙な特性を持っており、出てくる答えが1つではなく、正解とも限らない。 量子コンピューターの計算は、「手順が正しければ結果も正しいはず」という考えを基にしている。たとえば「カレーを作るときに唐辛子を入れたら辛くなるだろう」というようなものである。しかし、それが辛口になるか、中辛か甘口かは食べるまではわからない。 答えが1つに決まるような計算は、従来のコンピューターが得意とする領域だ。一方、量子コンピューターは答えが1つに定まらない計算に対して強みを発揮するのである。 一筋縄ではいかない量子コンピューター開発 性能を左右する量子ビットとエラー 量子コンピューターの性能は量子ビットの数に左右される。2014年にGoogleが発表した量子コンピューターは5量子ビットであったが、IBMが2022年にリリースした超電導方式の「Osprey」は433量子ビットにまで上がっている。さらに、2023年中には1121量子ビットのものが出る予定である。 基本的には量子ビットを増やせば性能が上がると考えられるが、実際はそれほど単純な問題ではない。量子コンピューターはエラーが多く、そのエラーをどれだけ減らせるかが性能に関わっている。つまり、いくら量子ビットの数を増やしても、エラーが多いと性能は上がらないということだ。 量子コンピューターにとってのエラーとは、コインの裏表をひっくり返す動きを間違えることである。勝手にひっくり返ってしまったり、回転させている途中で倒れてしまったりといったことが起きるのだ。 量子コンピューターでは、結果が確定するのは計算が終了したことを意味するため、計算の途中でそれが起きることはエラーを意味する。しかし、この「コインが回転している状態」を維持するのは非常に難しく、暗号を解読する場合は、その状態を8時間ほど維持しなくてはならない。 エラーを減らす「誤り訂正」 エラーを減らすための技術は各社が開発に力を注いでおり、それらを「誤り訂正」とよんでいる。 2021年、イオントラップ方式の量子コンピューターが13量子ビットでの誤り訂正を成功させた。この技術は、複数の量子ビットを集めて1つの量子ビットを構成するという不思議なものだ。量子ビット1つは「物理量子ビット」とよばれるのに対し、複数の量子ビットを集めて1量子ビットとするものが「論理量子ビット」である。 物理量子ビットだけではエラーが生じるため、複数の量子を束ねることで、お互いを監視するような状態を作り出してエラーを訂正している。 しかし、誤り訂正を実現したイオントラップ方式が優位性を確保したのかというと、そうともいえない。イオントラップ方式には量子ビット数を増やしにくいという弱点があるからだ。そのため、どの方式が優位になるかはまだわかっておらず、模索している。 量子コンピューターの活用 活用が期待される5つの分野 Olemedia/gettyimages 量子コンピューターは、「材料化学計算」「最適化計算」「金融計算」「暗号」「機械学習」の5つの分野での活用が期待されている。しかし、いずれもまだ実用化にはほど遠く、先行投資として研究が重ねられている段階だ。実際、超電導方式の量子コンピューターが実用レベルになるのは、20年後から30年後と予測されている。 量子コンピューターの開発にはお金も時間もかかるため、手がける企業にとっては「賭け」でもあるが、国際競争力を高める意味でも国内で開発を行う意義は非常に大きい。 日本では長年研究用としての量子コンピューター開発が中心だったが、商用化を前提とした国産初号機の登場により、開発各社は商用化に向けて動いている。これは日本にとって大きなステップとなるだろう。