押しかけ女房

それは、私が小学一年の時のこと。
昭和のバブルよりも前の話です。

いつもの通学路を帰っていると、

仕出し屋さんの前に、一匹、黒い犬がいました。

子犬といえども既に大きめで、
仕出し屋さんは、捨てられていたので此所でゴハンをあげているのだと。

子犬は、仕出し屋さんの残り物を貰い、嬉しそうに食べていました。

「ふうん。。そうなのかぁ。。」

私は、ゴハンを嬉々と頬張る子犬を見ながら、

この子も、帰るお家がないんだな、と思いました。

私は当時、
帰るお家はあったけれども、
それは、本当は、帰りたい家では、ありませんでした。
そこには、
父と母、また兄の、喧嘩や、彼らからのイジワルが、
日々絶えなかったからです。

また私は基本、そこで鍵っ子でもありました。

家で私はいつも、ひとりぽっちか、
もしくは、喧嘩や怒号や泣き声の中にいました。

ひとりぽっち、の共感からか、
私はなんだか、その子犬を放っておけない気持ちになりました。

私は家の中で、普段から自己主張を咎められて育っていたため、
殆ど、自身の気持ちを人に表する事のない子供でしたが、
その時だけは、何故だか

「この子を飼えないか、家に連れて帰って訊いてみる!」と発言し、
そこからの帰路を子犬と一緒に帰り、
親の帰宅を待ちました。

帰宅した親には、ソッコーで怒られ、拒否されましたが、
私は何故かその時だけは、
土下座もして、強い主張をしました。

前述の仕出し屋さんはもう、閉店している時間でありました。

「飼えないとしても、もう夜分なので、今晩だけは泊めてあげて下さい、
それと、晩御飯を、残り物でよいので、あげさせて下さい、」と。

玄関のたたきで土下座をして、顔をあげた時、
黒い子犬の瞳は、私をじっと見ていました。

私は、その時の犬の瞳が、今も忘れられません。
忘れられない程の、何か、強いものが感じられました。

親は仕方なさそうに、それを承諾し、
私は、残飯に醤油か味噌汁をかけただけのようなご飯を子犬にあげて、
子犬は一晩だけ、泊まることになりました。

朝になり、
私は親の言う通り、
登校の際に、子犬を元の仕出し屋さんの世話していた場所へ返さねばなりませんでした。

仕出し屋さんの所へ行き、
見掛けた時と同じように、金網に子犬の紐を括ろうとした時、
仕出し屋さんが出てきて、
「紐は括らなくていいよ、もしかしたら前の飼い主の所へ自分で帰るかも知れないから。」と言いました。

そうかもしれないなぁ、そうなると良いな、と思いながら、
私は子犬に「前の飼い主さんのお家はわかる?、分かるようだったら、がんばって帰るんだよ、じゃあね、飼えなくてごめんね、元気でね、」と言って頭を撫で、
何度も何度も振り向いて手を振り、後ろ髪をひかれながら、
学校へ行きました。

帰り。
子犬にまた会えやしないかと、ほんの少し期待をしながら仕出し屋さんの前を通ると、
子犬はいませんでした。
がっかりしながらも「仕方ないよな、」と溜め息をつき、犬の無事と幸せを願いつつ、私は家へ帰りました。

と。
家の門を開けると、庭の奥に動くものが見え、
くるりとこちらを向いたのは、
あの黒い子犬でした。

子犬は私を見つけると、
瞳と両耳をキラーンとさせ、
笑顔のような顔で、すぐ私に駆け寄って来ました。

私も子犬に負けじと思わず駆け寄り、
「え!なんでいるの?、なんで?なんで?」と
笑顔になっていました。

家には誰もいません。

子犬が自分で此処へ来たのだということをさとりました。

「こまったなぁどうしよう、」と言いつつ、
笑顔のニマニマは、戻せませんでした。

けれども、
親が帰宅すると、
昨晩の繰返しとなりました。

結局、また明朝、仕出し屋さんまで子犬を返しに行く事になりました。

(続く:後日記載)