【短編】追い炊きケトル
何度ケトルのレバーを押しただろうか。
外から5時を伝えるチャイムが聞き、
慌ててまたレバーを下げた。
人肌のケトルがゆっくりとまた温度を
取り戻していく。
仕事終わりにはなかなか時間を作れないから、と、
いよいよ"何か"を成し遂げるはずの今日は
もう夕方を迎えていた。
型落ちのタブレットPCを開き、
ゆらゆらと湯気を出すコーヒーに口をつけながら
ふと考える。
そろそろ結奈が帰ってくる。
今日の夕飯は何にしようか。
首を傾げながら窓を開ける。
胸元に刺さるような冷たい風が当たった。
彼女の好物のシチューかな。
…でもじゃがいもが足りない。
パソコンを閉じ、極寒の外へと勇んで飛び出した。
スーパーは入ってすぐの売り場にお菓子の詰まった
ブーツやシャンメリーが置かれ、その前をちらちらと何人かの子どもが行っては戻ってを繰り返している。
ケトル、電気料金、と表示された検索画面を閉じて
売り場を眺めた。
買い損ねていた食材を見つけてはカゴに放り込み、
一通り回ったところでレジで会計をする。
…はっと思い、レジに買い忘れがあると伝えて走る。
じゃがいもとシャンメリーを急いで手に持って
レジに戻った。
小走りで家に帰ると結奈が家でケトルのお湯を
注いでいるところだった。
自慢げにケトルのうんちくを教えながら
買ってきたものを整理する。
結奈は生返事とともに風呂場へ消えていった。
シチューを食卓に並べ、ドライヤーをかけている
結奈に声をかける。
満足気にシチューを平らげた結奈に買ってきたシャンメリーを見せる。
軽い足取りでお菓子を取りにいく結奈を見ながら
食卓の冷めきったコーヒーを飲み干した。
鼻を通り抜けていく苦味とともに、
今日はこれでいい日だった、と思いながら
噴き出すシャンメリーを開けた。
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