尊厳考 まだ続く
私がデンマークに行った動機のひとつは、「尊厳」という言葉の意味が今ひとつ理解できていなかったからだ。2000年に日本に介護保険制度が導入されてにわかにこの言葉が耳に、目に入るようになって、それをきちんと理解していないことを自覚しながらしかし自分のこととして考えることがなかった。ところが50代後半になって高齢者の入口を通った途端尊厳は自分の日常生活に急速に近づいてきたように感じたのだ。世界のところどころで起きている戦争や紛争のなかで人間の尊厳が踏みにじられているというような遠い世界の言葉ではなく、介護のデイサービスで尊厳のあるケアをするということである。この距離感のギャップが私を混乱させていたのだろう。
私はデンマークに滞在して5ヶ月経った頃、一旦自分の尊厳に対する考えを中間的ではあるがまとめた。そこでは尊厳とは有限の人生を全長に持つ絵巻物であり、自分の毎日の行動がその内容を綴ってゆくものである、と書いた。一般的な、人間としての価値という表現ではどうもピンとこない。どうして重要なのか、どうして守らなければならないのか、守られているとはどういうことなのかという、具体的な文脈の中で納得したかったのだ。この絵巻物という表現は5ヶ月間で体験したり調べたことから自分なりに答えようとして作り上げたものだった。
尊厳というのは概念である。様々な具体例が抽象化されてできたものだ。花という概念は実在するのではなく、あるのはいつも桜の花、バラの花、ひまわりの花という具体例である。だから尊厳も多くの具体例がそれを示すものだろう、それをなるべく多く知りたいというのがデンマークでの行動の底にあった。その中でも興味を引いたのは自治体のウェブサイトに掲載された高齢者尊厳ポリシーだった。その前文には「尊厳は努力しないと守られないものだ」と書いてあった。これは尊厳は概念であるということを述べているものだった。つまり何か尊厳という性質のものが存在してそれを手に取って大切に扱うのではなく、それを守るという具体的な行動の数々をとおして尊厳という概念が見えるようになる、と書いてあったのだ。このことに気づき始めたのは新型コロナでフォルケホイスコーレが閉鎖されている間のことだった。その時は尊厳を守るという数々の絶え間ない行動の流れが、あたかも電流を流して作動する回路のように思えていたので、勝手に「尊厳回路」という図を描いてみたりしていた。日本の尊厳回路、デンマークの尊厳回路を比べてデンマーク語でオンラインのプレゼンをしてみたこともあった。今はこのように過去の考え方の経緯を少し系統だてて考えることができるようになってきたが、当時はまだかなり断片的な理解のままだったことを思い出す。尊厳についての考察はまだまだ続きそうだ。