安心できる会話
デンマークで考えていたごく小さなことでも帰国して一年経った今思い起こしてみると、とても深く考察できることに毎度驚いている。今回は信頼関係について考えたい。デンマークでは国民同士、国民と政治(国家)が信頼し合っているという。警官の数も比較的少なくその分福祉に予算が回せるともいう。選挙の投票率が毎回90%前後というのが驚異的だ。私はそのような信頼関係を育むものはなんだろうとデンマーク滞在前から興味を持っていた。
私が納得できる理由としてはやはり多くの時間と場所を共有することだろう。私のように言葉がろくに通じない間柄でも数ヶ月を共に過ごすことで絆と呼べる感情をある程度は持つことができたのだから。
しかし人の内面は複雑だし様々な経験や環境がその人を作っている。そう考えると、信頼関係を築くには膨大な時間を要するし、国民全員が互いにそのような経験をするというのは現実的でない。とても数ヶ月で投票率が90%にはならないだろう。何か別の秘密があるに違いないと思ってはいたが、ようやくそれに思い当たったのがつい最近のことだ。それはやはり彼の国の個人主義とデモクラシーに関係していた。
信頼関係のある人との会話は心地よい。気持ちが緩むような心地よさではなく、自分が発揮できるような能動的な心地よさである。なぜか。一番の理由は会話が強い安心感に支えられているからではないか。自分の話が正確に受け止められているという感覚、つまり自分の話が適切に共有されているという実感。リラックスしてそのような感覚に浸ることのできる会話なのではないか。逆に言えばリラックスしてうまく共有できている会話は安心感を生み、信頼関係づくりを加速するのではないか。
私はこの安心感を生む会話が、国民同士を信頼させるポイントではないかと思っている。安心な会話において重要なことは、判断しない受け止めと、ヒュッゲの二つである。判断しない受け止めは、私は当初日本でいう傾聴のテクニックではないかと思っていたが、デンマークの個人主義が個人同士を平等に尊重することを考えると、今はプライバシーということではないかと思っている。つまり自分が受け入れられないような他人の側面については、その人のプライバシーとして踏み込まない、尊重するということである。これは自分の価値観と切り離しているので、負担になりにくく、お互いに尊重することで、自分を上手に保つことができる、よく考えられた知恵だと思う。
そして、ヒュッゲとは、デンマーク語で心地よい空間というような意味合いだが、要するに会話しやすいリラックスした雰囲気ということだ。日本でも飴玉を配って雰囲気を柔らかくしたりすることもあるが、似ているところがあると思う。緊張しやすい他人との会話の席でリラックスできるような照明、家具、食事(軽食)などの適切な配置などが効果的に演出されるものだ。
これらのポイントを実践することで安心した会話が実現され、すなわち同じ時間と場所を濃い密度で共有することになり効果的な信頼関係を生み出すのに役立つのだろうと考えている。個人間の安心できる会話が小さな信頼関係を作り、それが大規模な国家的な信頼に繋がっているのは大変興味深い。