過剰摂取

止まらない駅。
昔からすごく嫌いなことがある。
新快速が止まらない駅で電車を待っている時、勢いよく通過する電車、あの瞬間私は生きているなって実感する。

電車が通過する寸前、一瞬でも1歩でも前に出てしまうと楽にいってしまうのではないかと考えてしまう、そんな自分が嫌いになれない。

黄色い点字ブロックより前に出てしまえばそこはどんな景色なんだろうか。

いつも電車に乗る駅で出会った君。
そんなことを考えてしまう人格が君にも存在するのかね。
考えてしまう時は周りの声なんて聞こえないフリをする。
その場その時間だけは私と君しか居ない空間として生きているのだ。

【私の耳を君が塞ぎ、君の耳を私が塞ぐ。】

君はその時どんな表情をするのか、電車が通過する直前、私は怖くて目をつぶってしまう。でもつぶっていても君がどんな表情をしているのか想像がつく。
君は私の耳を優しく塞ぐ、だから君の声だけは聞こえてくる。すすり泣く声で「生きて」
私には『その』覚悟がない。だから君のその言葉は君が私から離れない限りずっと守り続けるよ。

今日もまた同じ電車に乗る。
でもいつもと違う、それは君がいないこと。
次の日もそのまた次の日も君は来なくなった。
日が経つにつれて、私は君のことを忘れてしまったけど今でも電車の通過だけは嫌いだ。

今日はいつもと違う駅。家に帰る途中だった、少しでもあの嫌なことを和らげるために私はイヤホンをした。耳に流れる大好きな曲。君のことを忘れてから出会った彼の歌。
『今日もお疲れ様。』と大好きな人から通知が来る。
スマホとにらめっこしてた時、反対側のホームのアナウンスが鳴り響く。
『2番線、電車が通過します、ご注意ください。』
ふと顔を上げてホームを見るとそこには私にだけ見せてくれていた笑顔の君が、他の誰かと耳を塞ぎあっていた。
その瞬間、大好きな曲も周りの人の声も何もかも聞こえなくなって、聞こえるのはうっすら聞こえるアナウンス。
『3番線、電車が通過します、ご注意ください。』私の前を通過する電車。

全部思い出した。今までのことは私のただの妄想にすぎない
通過する電車の音が嫌いな私のただの妄想。
知らない誰かが私が妄想の中で仲良くしていた君と耳を塞ぎあっているところを毎日のように見ていただけだった。
会ったことも話したこともない君に私は一目惚れして、その一目惚れから幻覚を見るようになったのだ。

涙が止まらなかった。

少しずつ落ち着いてきて、涙を拭いた。
『3番線、電車が参ります。ご注意ください。』
私は電車に乗った、窓越しに見える君は幸せそうで、窓に反射して見える私は悲しいそうだった。

『もう忘れよう。』
そう呟いた私の声は少しだけ震えていた。

『ご乗車ありがとうございました。〜駅、〜駅。』
私は電車から降りた。

私が大好きな曲、周りの人の声、全部ちゃんと聞こえる。

スマホの充電残量が5%
大好きな人の曲を聞いて私は家に帰る。


明日も私は同じ時間に起きる。
明日も私は同じ時間の電車に乗る。
明日も同じ時間に電車が通過する。
明日もあの嫌な感覚に狂わされるのだろうか


でも明日からは大丈夫かな。
私には大好きな人の歌がある。それはたとえ君でも越えられないぐらい素敵な曲だよ。

スマホの充電も私の心も100%。

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