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イケメン上司の相談事。

タナカサン、ちょっといいですか?

仕事が一段落したゆるい午後。
コーヒーを片手に私のデスクにやってきた上司。
深刻そうな顔をしているのを見て、とっさに私は
何か業務で失敗をした?とか、
残業しすぎで人事から何かいわれたしら?
とか、後ろ向きのことばかり頭に浮かんだ。

何でしょう?と聞いた私に
「プライベートなことなんです。」と、こっそりささやく上司。

エ?プライベートデスカ??

ちょっ!えぇっ??
イケメンでイケボの上司がプライベートな話しですって?
いやいやいや、ないよ、ないない。

さっきまでの不安はどこへやら、一瞬にしてイケメンでイケボの上司と洒落たレストランでワインなんかを傾けて微笑み合っている妄想が始まった。
タナカサン、ここのお店はね、カラスミのパスタが絶品でね、
なんてことを、あのイケメンであのイケボで囁かれてるのよ。

ゴクリと固唾を飲み込んで、
再度なんでしょうか?と聞いた。

「最近妻が」
そらきた!え?妻?

「妻が実家に」
実家にどうした?えっと、妻?

「実家に、いや実家で飼っていたカメを連れてきたんです。」
と、いい声で私にそう言った。

は?何て??妻?が、カメ?

私のかん違い甚だしく、はずかしい妄想は一瞬にして消えた。
そうだ、上司は新婚でした。

さて、落ち着きを取り戻してよくよく聞くと、

妻様が幼い頃にお祭りで釣ったカメを大事に育てていた。
でも結婚するにあたり新居には連れていけないからと
泣く泣く実家のご両親に面倒を見てもらっていたが
離れていることに耐えられず新居に連れてきた。

ということだった。
そしてカメはピエールという名前なんだそうだ。

いや、知らんがな。

イケメン上司は続けた。
「お祭りで釣ったのはもう20年以上も前ですよ?
どんだけでっかくなったかわかります?
もうぜんぜん可愛くないし、狂暴そうな顔してるし
あれはもうカメじゃなくて恐竜です!!」
「しかも寒がりらしくて、僕と妻が寝ているとベッドに入ってくるんです。
僕のほうが体温が高いから、僕のお腹あたりに乗ってくるんですよ!
ゲージに入れても出てくるんですよ!僕のお腹にぃぃぃぃ!」
と、いい声で泣きごとを連発しだした。

いや、だから知らんがな。
そんな恐竜がいたら世界がびっくりだよ。

私は鼻をほじりたい気持ちを抑えて
「でも、ヤマダサンもハムスター飼ってるじゃないですか?
動物、好きなんじゃないですか?カメもハムスターも一緒ですよ!」
と言い終わらないうちに、イケメン上司は目をむいて
「僕のハムスターたちと妻のピエールはぜんぜん可愛さが違います!!」
と吠えた。でもしっかりピエールと呼んでいる。しかもいい声で。

妻様からは、
「私もあなたのハムスターを受け入れたんだから、
あなたも私のピエールを受け入れてくれないと!!」
と言われたらしい。そりゃそうだ。

で、結局私は何を聞かされたんだろう?そして何を言えばいいのだろうかと     しばし考えたのち、
「ピエールを受け入れるということは、妻様を受け入れるということです」
と、もっともらしいが全く中身のないことを、もっともらしい顔をして
言い放ち業務に戻った。

それから数日が経った頃、イケメン上司に
「ピエールと仲良くなれましたか?」と聞いてみた。

上司は待ってましたとばかりに満面の笑顔でスマホを取り出し、
一枚の写真を私に見せた。
それは上司がピエールを抱っこしてニヤニヤ笑っている写真。
しかも頭にはハムスターが二匹乗っかっている。

その瞬間、私の中での上司はイケメンでもイケボでもなくなり
ただの動物大好きオジサンになった。
そしてピエールは恐竜でもなんでもなく、ただのでっかいカメだった。

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