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『天魔恋玉(てんまれんぎょく)のコンペティション〜俺の魂は猫に奪われました〜』第20話
第20話 黒天童
シュンとタマがお互いの拳を突き合わせるとわずかに赤い閃光が走った。
「おっわ! なんだ今の!?」
「玉の力じゃな」
「ほう? 我が縛りを解いたか」
ナニカは猫の姿から人間の姿に変わる。
タマにそっくりな姿だ。
「さっきまで、ワシはアヤツの力に侵蝕されてたのじゃ。今、それから解放されたのじゃ」
「ここへきて、願いの力と煉玉の力が同調し始めたか」
「なぁ、タマ。玉の力って何だ? それにアイツは何なんだ?」
「玉の力は、願いを暴き叶えさせる力じゃ。そして、ヤツは落神。玉を手に入れんとする、零落し堕落した神のなれの果てじゃ」
「なれの果て?」
落神と呼ばれたそれはニヤリと不気味に笑う。
「なれの果てとはヒドイなぁ。キミのお気に入りの姿を真似たからかい? 仕方がないだろ、我に定まった姿はないのだからな」
先ほどまでとは明らかに口調が変わった。
さっきまではタマの真似をしていたということだろうか?
「それにその玉の説明では足りないな」
「なぜだ?」
「んん?」
「なんで玉が欲しいんだ? 願いを叶えるためか?」
「それも足りない。我が煉玉を求めるのは、この世界の境界を破壊するという願いを叶えるためだよ」
境界を破壊する?
コイツは一体何を言っているんだ?
「人界、天界、魔界、そして他の世界。これら全ての境界を破壊し、全ての世界を1つにする。そのための力がその玉にはあるのさ。創世神の血から作られたこの玉にはね」
「バカな、そんな話は知らんのじゃ! それにそんな力がこの玉にあるわけないのじゃ!」
「いいや、できるのさ。キミたちはなぜ《煉玉のコンペティション》なんてものが行われていると思っている? 人界の支配権をかけて? 違う、違う、違う、そんなものは神を語るアホどもの後付けに過ぎない。高まる煉玉の力を《煉玉のコンペティション》という儀式で発散させ、人界から引き上げるためにやっているのさ」
落神は空に向かって指を指す。
「そもそもなぜ玉は天なる異空間から人界を目指すのか。それは創世神が消えた時、人の王に託したのがその玉だからだ。だからその玉は人の王を求める」
落神はタマを指で指す。
「そもそもオマエたち玉城を作ったのは今の神モドキではない、創世神が人の王を選ばせるために作ったのがオマエら玉城だ。今の神を名乗る連中は、高尚な装置であるオマエをいいように道具として使ってるに過ぎない」
落神の言っていることはよくわからない。
だが気に入らないことはわかる。
「タマは装置でも道具でもねぇ」
「おっと、すまない。言葉のアヤだ、そう怒らないでくれ」
落神は俺を指で指す。
「わざわざ高まる力を発散させ戻すなどくだらんよ。だから、我が有効活用してやろうと思ってな。人の王に足りぬ、キミにはもったいないものだよ」
「まぁ、人の王のつもりもねぇけど。だけどな、お前にこの玉を渡す気はねぇよ。わけわかんねぇお前にはな!!」
「やれやれ、お前だの落神だのヒドイ言われようだ。では、人界のルールにのとって名乗りをあげるとしよう」
落神から放たれる気配が変わる。
「届かぬ人の子よ、欠けし玉の守護者よ、ようこそ我が祭壇へ」
肌にビリビリとした刺激が伝わってくる。
空気全体が震えているのようだ。
「人よ、存在しない者に名を与え、形を与える、神をも畏れぬその蛮行を認めよう。
名などないと言いたいところだが、お前たち人間に合わせてやろう。
我が名は黒天童。
闇を統べる黒き神にして、終末に降り立つ世界の破壊者である」
黒天童の姿が変わる。
制服は消え、薄黒いヴェールに包まれた女神のような服に変わる。
その姿は神々しくも禍々しいものだった。
「――ぐっ!?」
「く、ダメじゃ」
恐ろしい重圧で俺もタマも立っていられない。
まるで突然重力が何倍にもなったような感覚。
「神は見上げるものだからのぉ。人界のルールに縛られたお主らでは立ち上がることすらできまい」
痛い、このまま押しつぶされそうだ。
「さて、では古き世界を終わらせるとしよう。その全てを破壊してな」
第20話ー2
【サキとニコの攻防】
銃声と金属音、ガラガラと壁や天井が崩れる音が辺りに響く。
サキと天使ニーコの攻防は続いていた。
「っ!! まったく、冗談じゃないわ。なんなのよ、アレは」
ニーコは手や足に光の装具をつけている。
それは爪を思わせるような鋭利な形状で、天使のものというにはあまりにも攻撃的なデザインであった。
「これじゃ、どっちが悪魔かわかんないわね。まったく笑い話にもならないわ!!」
サキのコルトパイソンから聖別された弾が発射される。
ニーコはまるで虫を払うかのように、全ての弾を払いのけた。
そして転がった弾の1つを拾い上げる。
「悪魔がエクソシストのおもちゃを使ってるとかウケる〜」
「うっさいわね、こっちにも事情があるのよ!!」
サキはもう一度ニーコに向かって撃つ。
「ちょ、もうウザいって。そんなおもちゃじゃ、意味ないってわかんない?」
ニーコは今度は払うことすらしなかった。
しかし全弾受けてもニーコは平然としていた。
「そうみたいね(群体でもない本体には意味ないとは思ってたけど、ここまでまったく効果なしとはね)」
サキは自身が問題なく聖別された弾に触れることができたため、おそらく天使にも効果はないだろうと思っていた。
ただサキは勘違いしている点がある。
聖別された物そのものには魔を祓う力はない。
存在そのものが魔を祓う物として作られた物以外は、人の意思がこもってはじめて魔を祓う力を発揮する。
つまり「魔を祓う」という指向性を持たされてはじめて効果を発揮する。
聖別された弾は本来単なる弾でしかないが、銃に装填され発射されてはじめて魔を祓うという効果を発揮するのだ。
ただ、サキの持つ弾も銃も殺傷能力のないおもちゃに過ぎない。そしてニーコもそれを理解している。皮肉にも、おもちゃであるという認識が魔を祓う力も大きく減衰させていた。
「じゃあ、もう泥棒悪魔には退場してもらおっかな」
ニーコの周りに再び光輪が浮かび上がり、高速で回転し始める。
「だ、誰が泥棒よ!!」
「じゃあね、サヨウナラ!!」
無数の光輪が凄まじい勢いで床や壁を削りながらサキへと迫る。
「――ッ!!」
ギリギリで躱わすが、狭い廊下では避けきれない。
「!!(ああ、ごめんシュンくん。もうダメみたいだわ)」
サキの頭には様々な思い出が駆け巡った。
魔界のこと、親とのこと、この世界のこと、学園のこと、この世界でできた恩師や友人たち。
そして、はじめてできた友人とは少し違う、大切な人のこと。
「ふざけんじゃないわよ!!」
サキは側転するように回転する。無数の光輪を縫うように体を捻る、わずかに避けきれない光輪が身体を傷つけた。
致命傷を避けたサキは銃を撃つ。
赤い閃光とともに発射された弾は、ニーコの頭上の光の輪を砕いた。
「は? ナニコレ?」
「痛っ! (けど、これで!!)」
続け様にサキは銃を連射。
弾の弾道に赤い閃光が走る。
弾が命中するとニーコの装具を砕いた。
ニーコは怒りを露わにする。
「なに!? なんなの!! なんで消えてないんだよ、悪魔が!!」
「悪いわね、こう見えて諦めが悪いのよ。でもそれはあなたも同じでしょ?」
「なにを言って」
「だって、あなた、自分を変えてまで学園に戻ってきたんでしょ? シュンくんの隣にいるために」
「そうだ、だから悪魔は邪魔だ。だから消す」
「なんで? そんなことしなくてもいいんじゃない?」
「悪魔はシュン先輩を惑わすダカラケス」
「侵蝕されてるってのはホントみたいね会話になってないわよ。まったくどこのアホにつけ込まれたんだか」
「黒天童さまの加護ダ。天使の力を行使して悪魔をケスタメ」
「ご丁寧にどうも……(一か八かやってみるしかないか。シュンくんと約束しちゃったしね)」
サキは賭けに出ることにした。弾がなぜ威力を増したのかはわからない。
ただこの不安定な力に頼ってもニーコに勝つことはできない。
なにより勝つことが目的じゃない、ニコを正気に戻すことが目的なのだから。
「ニコあなたのことは聞いたわ、シュンくんからね。あなたが変わろうとしたことは理解できる。シュンくんの隣にいるにはその必要があると思ったんでしょ?」
「そうだよ、ニーコはそれで、ニコからニーコになった」
「でもそれって本当に必要だったの? あなたが変わる必要があったの?」
「変わらなければここには居られない。ダレモミトメテハクレナイワタシノママジャ」
「(私のままじゃ、か)誰も認めてくれないか。でも、それって誰? 単なる噂とか陰口でしょ、そんなものは誰でもないわ」
「親も周りもココニイルコトヲミトメテクレナイ。ワタシノママジャ、ダカラ、ワタシはベツのワタシになる」
「あーもー……。あのねぇ! あなたが変わらなきゃいけないのは認められる誰かになることじゃない!! 誰に何を言われても貫き通すって覚悟を持つってことよ!! シュンくんがあなたのことを拒絶した? 演劇部の先輩たちが何か悪口を言った? ユイやシュンくんの幼馴染が邪魔した? してないでしょ!? あなたが変わらなきゃいけないのは、みんなに認められなきゃいけないって弱い考え方の方よ!!」
「うっさい!! 知ったような口をきくな!!」
ニーコが足を明滅させ床を踏む。
爆発したような衝撃波がサキの横を走っていく。
「たしかに、そうね。私も偉そうなことは言えない。この間まで、出世し続けないと誰もそばに居てくれなくなる、そう思ってた。でも、ユイや、リオや、学園の人たち、この町の人たち……そしてシュンくん。みんなに出会って、そんなことないって思いだした。きっと、つないだ手を離さない限り、ううん、手が離れたとしてもまた手を握ってくれるってね。あなたにも心当たりがあるんじゃないの?」
「……」
ニーコの表情はサキの位置からでは伺い知ることはできない。
ただサキには確信があった、ニーコにニコに言葉はきっと届いている。
それは確信というより強い願いだったのかもしれない。
そうであってほしい、そうであるはずだという強い願い。
「一緒に帰りましょ? シュンくんのところに」
「まだ、帰れない」
「?(まだ?)」
ニーコの纏う空気が変わる。
「ムダダヨ、コノテンシハ、ワガブンレイノモノダ」
「アンタがコクテンドウってわけね。悪いけど、この娘からは出てってもらうわ!!」
サキは赤い閃光とともに銃弾を放つ。
ニーコは払う動作もなく、黒い霧が全ての弾を受け止めていた。
ニーコが腕を掲げると黒く染まった光輪が現れる。
サキは見覚えのある教室へ向かって走り出す。
「――ッ!!」
放たれた黒い光輪を躱わすように教室に転がり込んだ。
「アハハハハハハ!!」
ニーコは笑い声を上げながら、サキを追って教室に入った。
ニーコが教室の戸をくぐると同時に、何かが割れる音が響いた。