『天魔恋玉(てんまれんぎょく)のコンペティション〜俺の魂は猫に奪われました〜』第18話
第18話 終末の色
「なんでこんな時間にチャイムが?」
「俺様の筋肉を祝福しているのかもな」
タケシがわけわからないことを言っているがそんなわけない。
夜間に学園のチャイムが鳴ることはない。
これは近隣住民への配慮でそうなっていると聞いたことがある。
「ん? 着いたのか?」
ムラマサがチャイムの音で目を覚ました。
「あ、ああ(なんだ誰が見てる?)」
チャイムが鳴り止むと放送が始まった。
『レディースアンドジェントルメン!! え、古い? 今ドキこんな事言わない? まぁ、まぁ、そういう細かいことを気にするなよ。諸君らはまだまだ若いのだから柔軟にね』
男とも女とも子供とも大人とも取れない声だ。
何かで声を変えているのか?
『えー、皆々様におかれましては祭りの前夜ということで忙しくされていることと思います。というわけで前夜祭っつうことでゲームを始めたいと思います!! ルールは簡単、生き残れればあなた方の勝ちです』
「おい、この荷物見てみろよタケシ」
「ほほう、コイツは」
タケシとムラマサは荷物をあさっていた。
俺は放送を聞くのでそれどころじゃない。
この放送は普通じゃない、そんな気がしていた。
『あー、シュンくん、そこに居ますね。キミには特別ルールをプラスします。校舎の上、屋上をご覧ください』
目を凝らしてよく屋上を見た。
屋上からは板が伸びていて、椅子に誰か座らされている。
「まさか、タマか!?」
『ザッツライト! キミの妹のタマちゃんをワタシが預かっています。助けたければ屋上まで来てね。まぁ、来ないわけには行かないよねキミの場合は』
「シュンくん!」
白衣を着たサキが駆け寄って来る。
「サキ?」
「ああ、この格好? 劇の衣装確認をしてたところだったのよ。それよりマズいわよ、学園全体がおかしいわ」
『それじゃ、世界の終末。その一端を今ここに開帳しよう!!』
地震とともに地鳴りが鳴る、すると学園の校舎が突然迫り上がる。
いや、巨大な別の建物に変わっていく。
屋上ははるか彼方、空へと伸びていった。
『異界化はこれにて完了、キミたちの学舎は終末の塔とあいなった。もちろん祭りと一緒で異界化したのは学園だけではないこの町全体だ。 一般ピーポーの皆様、終末の景色を楽しんでくれ!! それではゲームスタートだ!!』
パチンという指の音と共に放送が切れた。
夜だというのに空は明るい。
夕日のような赤い塊が空のあちこちに見える。
それは燃え盛り細かく砕けながらゆっくりと落ちてきているように見えた。
曇天と火の雨、そんな光景だった。
「おい! シュン! ぼやっとしてる場合じゃねぇぜ」
ムラマサの声で校門を見ると、仮面を付けた様子のおかしい奴らが入って来ていた。
間違いなく何かに操られている。
「マズイわね、あんなの相手にしてる場合じゃないのに」
「シュン、タマ公を助けに行くんだろ?」
タケシの声でハッとした。
そうだ俺はアイツを助けに行かないといけない。
「ああ!」
俺が決意を込めて返事をすると、タケシもムラマサも笑みを浮かべた。
「その筋肉だぜ、シュン!」
「へっ! そう来なくっちゃな! だったらここは俺らに任せとけ!!」
「あ、あなたたちアレがなんだかわかってるの!? どうやって戦うつもり!?」
「このゲームの敵だろ。それに得物ならここにある」
ムラマサはマイ先生のダンボールから木刀を取り出す。
サキはダンボールを覗き込む。
「こ、これって。そうか、これなら」
中には「ゲームで使え(聖別済)」とマイ先生からの手紙が入っていた。
「俺はコイツで行くぜ!!」
タケシはダンボールから赤いバンテージを取り出した。
「シュンくん、ここはふたりに任せて屋上に」
「ああ、ふたりともケガすんなよ!!」
「「おうよ!!」」
ふたりの返事を背に俺とサキは終末の塔と化した校舎へと向かった。
第18話ー2
校舎に入ると俺のスマホが鳴る。
「これだけ強力な結界の中でも電波が来てる?」
サキが疑問を口にする。
たしかにこういう事態の時はいつも通話ができなかった。
スマホを確認するとエイト、いや、ウイからのビデオ通話だった。
『お、ちゃんと通じたみたいだな』
「エイ、いや、ウイか? そっちは大丈夫なのか?」
『あー、大丈夫だ。ユイとリオも一緒だぜ』
『ウイ〜、何これ〜。地面がすごく遠くなっちゃってるよ、逃げようよ〜』
『マジ、なんなのこれ。ユイが双子だったてのでも驚いてんのに、わかった、コレはアタシの夢だ』
ユイとリオの声を聞いたサキはほっと胸をなでおろした。
「とりあえず、ふたりは無事だったみたいね」
「ああ」
校舎があんなになったからどうなったかと思ったが、とりあえずは心配いらないようだ。
『ユイもリオもちょっと静かに。それより、今放送室に居るんだが、さっきの放送は普通じゃないぜ。こっちの操作を一切受け付けなかった。ったく、どんな仕組みで乗っ取りやがったのか全くわかんねぇ』
「そうか。俺たち今から屋上に向かう。ウイたちはそこから動かずに」
『あ、待て、待て。放送なら聞いてたから事情はそれなりにわかってる。闇雲に動く気ならやめておけ。この校舎ん中ヤバいぜ、本当に中の構造から何から変わっちまってる。アトラクションレベルの迷宮じゃねぞ』
「それは、マズイわね。敵が門から入って来てる以上、長引けば長引くほどこちらの不利になるわ」
「クソ、なんとかなんないのか」
『おい、おい、シュン。このエイト様が居るんだぜ? この程度なら余裕だっつうの。正面を見てみな』
「正面?」
微かなプロペラ音と共にドローンが現れた。
『このドローンは例のレイコお嬢様が煉彩祭のために用意した最新鋭のドローンだ。驚くなよ全部で108台ある。しかもだ、助かったことにドローンも制御システムも無事だったみたいだ。だから、この108台のプログラミングを書き換えて、校舎の中を総当たりで調べさせてる。だからあと少しだけ待て、そしたら屋上までの最短ルートを案内してやる』
「ほ、ホントか!? サンキューなウイ!!」
『あー、うん。エイトで良いよ、そっちのが呼ばれ慣れてるし。なんか、名前で呼ばれると集中できない』
『ん〜? もしかしてラブの気配?』
『ちげぇよ。良いからリオはそっちのモニターに集中してくれ』
「す、スゴイわね。これが最新科学の力ってやつなのね」
サキは関心しているようだ。
そう、エイトはホントに凄い奴なのだ。
『ウイ〜、廊下に出ても良い?』
それを聞いたサキが慌てて警告する。
「ダメよ、ユイ!! 今、この校舎は異界化して形が変わってるの。そこは異界化せずに済んだみたいだけど、ドアを開けたら何が起こるかわからないわ! ドアも窓も絶対に開けたらダメよ」
『だそうだ、トイレなら我慢しろ。無理なら奥にバケツもあるぞ』
『そんな〜。と、というか、ば、バケツになんて絶対しないから!?』
『あ〜、終わった〜。シュンくんアタシ頑張ったから、コレ終わったらアタシと付き合って』
『リ、リオ!? つ、付き合うって何言ってるの!?』
『何って、アタシの夢なんだから良いでしょ? それともナニ? ユイも言いたいことあるの?』
『え、えっと、それは〜。……シュン、私ね。コレが終わったらね』
なんだ、リオもユイもどうしたんだ。
『わ、私とね、ごにょごにょ』
『うっし、あんま死亡フラグ立てるな。ユイもリオも冗談はそれくらいにしとけ。シュン、サキ、屋上の最短ルートを案内するぞ』
目の前にいたドローンが進み始める。
「な、なんだ、冗談か」
「シュンくんってモテるわりに、たいがいよね」
「な、何がだよ?」
「べっつにー」
サキのジト目が気になりつつもドローンの後について校舎を進んで行った。
エイトの言うとおり、学園の中はまったくの別ものになっていた。
まっすぐ平坦なはずの廊下は坂のようになっていたり、異様に長く別れ道がいくつもある。
たびたび現れる階段もバラバラとおかしな位置にあり、長さも長いものから短いものまでバラバラだ。
教室名を示す表示も判別できない文字になっている。
屋上を目指しているのに、さっきから階段を下ったり、上ったりを繰り返している。
だが、エイトを信じて今は進むしかない。
『ん? ……この先か』
「エイト、何かあったのか?」
『ああ、この先でドローンが壊れた。今、そん時の映像を出す』
ドローンの映像がスマホに映る。
目の前に少女が現れると、光が画面にぶつかり映らなくなった。
「今のは……ニコ?」
演劇の衣装に身を包んだ少女がそこには確かに映っていた。
悪魔のような格好のニコの姿が。
第18話ー3
『気をつけろよ、ドローンが壊されたのはこの辺りだ』
エイトの声に周りを見渡すが、ニコの姿は見当たらない。
「シュンくん! あぶない!!」
サキに抱えられるように床に伏せる。
視界の端に光の輪が見えると、光の輪は俺たちの立っていた場所を通過し天井に当たる。
天井の一部が崩れ、バラバラと破片が落下してきた。
「ニコ……」
ニコは劇の衣装を着ている。
制服姿に悪魔の羽がついた鞄。
こんな状況でなければ「どうですか? シュン先輩!」と笑顔で話しかけて来てくれたに違いない。
そしたら俺も「ま、まぁ似合ってるんじゃないか」とか言ったりして。
きっとニコのことだから、それじゃ納得しなくて「可愛いかどうか訊いてるんですけど」とか言ってきて、俺は結局押し切られて「可愛いぞ」って答えちまうだろう。
けど、残念ながらそうじゃない。
ニコは手や足から光を放っている、さながら光の装具をつけているようだ。
そしてニコの頭上にゆっくりと光の輪が現れる。
「シュン先輩、どこに行くつもりデスカ?」
「ニコ、俺は」
「ダメですよ、シュン先輩。ニーコとイッショに居るのが安心だよ。だから、これ以上は行かせない」
「時間が惜しいわ。先に行って、シュンくん」
「サキ、だけどニコが」
サキは優しく微笑んだ。
「わかってる、さっきの話でよくわかった。あなたの大事な後輩なんでしょ? だったら天使だとかは抜きにして必ず助ける。あなたの元に必ず返す」
ニコの周りにさっき飛んできた光の輪が現れる。
頭上の輪とは違い、鋭利な刃物のような攻撃的な形状をしている。
その光輪は円盤ノコギリのように回転をはじめる。
サキは俺の手を握るとまっすぐと見つめてきた。
「ニコは必ず私がなんとかする。だからあなたはタマを助けて! 妹なんでしょ?」
「行かせない」
「行って!!」
『行くぞ!! シュン!!』
サキの手が離れる。
俺は先導するドローンを追って走り出す。
背後からはサキの銃声と金属音と何かが爆ぜるような音が聞こえた。
それでも俺は振り向かずに必死で走った。