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日本のカラオケ、世界に広がる
カラオケ誕生の歴史
「カラオケ」という言葉は日本語の「空(から=空っぽ)」と「オーケストラ」に由来し、本来は伴奏だけの「空のオーケストラ」を意味します。1960年代の日本では各地でカラオケ機器の原型となる発明が相次ぎましたが、一般に日本でカラオケ機械を初めて商業的に広めたのは井上大祐さんと言われています。マイク付きアンプにコインタイマーとテープ再生機を組み合わせた世界初の業務用カラオケ機は大当たりし、スナックバーなどで熱狂的に受け入れられて瞬く間に全国に広まりました。その後、1970年代後半から1980年代にかけて、日本ではカラオケボックスと呼ばれる個室型の専門店が登場します。1984年には岡山県で貨物用コンテナを改造した日本初のカラオケボックスが誕生し、郊外からこの新しい娯楽スタイルが全国に波及しました。人前で酔っぱらって熱唱するのは恥ずかしいと感じる日本人でも、仲間内だけの個室なら思い切り歌えるとあって、カラオケボックスは大人気に。会社の宴会や二次会、友人同士の遊びまで、カラオケは日本人のコミュニケーション文化に深く根付いていきます。現在では日本国内に10万室以上のカラオケルームが存在し、映画・外食に次ぐ国民的娯楽のひとつとなっています。
世界への拡散と各国のカラオケ事情
日本で生まれたカラオケ文化は1980年代以降、アジアを中心に世界各地へ伝播しました。日本企業の海外進出や観光客の増加とともに広がり始め、各国の文化に合わせて進化を遂げています。近年特に人気が高まっている国や地域のカラオケ事情を見てみましょう。
アメリカ・欧米
欧米ではカラオケは主にバーやパブの公開のど自慢スタイルで定着しました。1970~80年代にかけて各地のバーで「カラオケナイト」が流行し、見知らぬ観客の前で歌うパブリックな娯楽として楽しまれています。自宅で楽しめる家庭用ゲーム(例:PlayStationのカラオケソフト)もヒットし、パーティーの定番となりました。近年はニューヨークやロンドンなど大都市を中心に、日本式の個室カラオケバーが登場するなど、新しい形態も受け入れられつつあります。韓国
日本に次いでカラオケ大国と言えるのが韓国です。韓国では「ノレバン、歌部屋」と呼ばれる個室型カラオケが1980年代から普及し、10代の学生でも気軽に行く国民的娯楽になりました。お酒の席だけでなく友達同士で歌唱そのものを楽しみに行く文化が根強く、ストレス発散にも欠かせない存在です。料金は時間制や1曲ごとのコイン制など手頃で、誰でも思い立ったらすぐ歌える環境が整っています。中国
中国でもKTVと呼ばれるカラオケが大人気です。大都市では大型のカラオケクラブが90年代以降隆盛し、豪華な個室で仲間と歌って過ごすのが定番のナイトライフになっています。さらに近年、中国ではショッピングモールや駅に設置されたミニKTVブースが若者の間でブームです。電話ボックスほどの防音個室にタブレット式のカラオケ機が備わり、スマホ決済で気軽に1人でもデュエットでも歌え、録音データは自動でスマホに送られてSNS共有もできます。2017年時点で数万台規模に急増し、往年のカラオケ熱を取り戻す勢いと報じられました。東南アジア(フィリピン他)
フィリピンは「歌うこと」が生活に溶け込んだカラオケ大国です。1970年代にカラオケが普及して以来、国民的娯楽として愛され、ショッピングモールから街角の食堂、自宅まであらゆる場所にカラオケ機が置かれています。誰もが気軽にマイクを握り、1曲わずか5ペソ(約10円)で歌える手軽さもあって、老若男女問わず歌声を披露します。誕生日や家族行事でもカラオケは欠かせず、あまりの熱中ぶりに各自治体が深夜の歌唱禁止条例を出すほどです。「歌うこと」が文化に根付いたフィリピンならではの現象と言えるでしょう。そのほかタイやインドネシア、マレーシアなど東南アジア各国でも、日本式のカラオケボックスや現地語の曲を揃えたバーが人気を博しています。中東・アフリカ
中東やアフリカでも近年カラオケ人気がじわじわ拡大しています。ドバイなど富裕層の集まる都市では高級ホテルやラウンジにカラオケ設備が導入され、パーティーの余興として楽しまれるケースが増えています。アフリカでもナイジェリアや南アフリカの都市部を中心にカラオケバーが登場し始め、夜遊びの新しい選択肢として注目されています。これら新興地域では、都市化とともに音楽娯楽への関心が高まっており、カラオケも交流と自己表現の場として受け入れられているようです。
カラオケのビジネス形態比較(日本 vs 海外)
カラオケボックス vs バーカラオケ
日本では防音設備の整った個室で歌う「カラオケボックス」形式が主流です。ビル一棟に10~20室以上の個室を持つ店舗も珍しくなく、部屋ごとにテーマ装飾が凝らされたチェーン店もあります。仲間内で気兼ねなく盛り上がれるため老若男女に支持され、ひとりでカラオケを楽しむ「ヒトカラ」文化も定着しています。一方、海外(特に英米豪など)では伝統的にパブやバーのステージで順番に人前で歌うスタイルが一般的でした。オーディエンスの前で披露するオープンマイク形式はスリルもありますが、日本式のプライベート空間の気楽さに注目が集まり、近年欧米でも個室カラオケバーが増えています。例えばアメリカやヨーロッパでは、日本発祥のカラオケボックスと同様のプライベートルームを備えた店が次々とオープンし、新たな収益源として注目されています設備とサービスの違い
日本のカラオケ店は通信カラオケ機器メーカー(第一興商のDAMやエクシングのJOYsoundなど)が提供する最新機種を導入し、数十万曲のライブラリや精密な採点機能、映像エフェクトまで完備しています。フードやドリンクの注文ボタンも各室にあり、一種の総合エンタメ空間となっています。一方、海外のバー型カラオケでは簡易的な機材(モニターとマイク、曲データベース)が使われることも多く、日本ほど設備が充実していないケースもありました。しかしこの差も徐々に縮まり、欧米でも専用機材やカラオケ配信サービス(例:SingaやKarafunなど)を導入する店が増えています。最近ではスマホで選曲できるシステムや、クラウド上の曲データにアクセスする方式など技術面での進歩がグローバルに共有されつつあります。カラオケボックスの海外展開
日本やアジア発のカラオケボックス文化が海外に広がった例として、米国の大都市やロンドン・パリなどに進出した日系カラオケ店や、現地資本で模倣した個室カラオケバーの成功事例が挙げられます。カラオケボックスは今やアジア以外でも「映画やボウリングに代わる定番の娯楽」として定着し始め、アメリカとヨーロッパで前例のない規模で成長しています。例えばイギリスの調査では、カラオケ個室を設置したパブは売上や予約が明らかに増加し、新規顧客の呼び込みに成功したそうです。日本発祥のビジネスモデルが各国でローカライズされつつ受け入れられている状況です。ミニKTVブースなど新形態
この10年で登場した新たな形態として、中国で流行した1~2人用のカラオケボックス(ミニKTV)があります。ショッピングモールの片隅に写真機のような小型防音ブースを置き、コイン(またはスマホ決済)を入れて数曲だけ歌える手軽さがウケています。2017年時点で中国国内に少なくとも2万台以上設置され、市場規模は約31.8億元(約480億円)に達したと報じられています。これは従来型の大型店舗を経営するより低コストなため急速に普及し、中国発の現象が他のアジア諸国にも波及しました。日本でも通信カラオケ各社が一人専用カラオケルーム(電話ボックス程のサイズ)の実証実験を行うなど、少人数・低コスト路線のニーズに注目が集まっています。カラオケアプリと自宅カラオケ
ビジネス形態の比較には、デジタルプラットフォームも無視できません。日本では従来から家庭用カラオケ機(LD・DVDや通信カラオケ内蔵の機器)が普及していましたが、近年は世界的にスマホアプリで自宅や友人とオンラインで歌うスタイルが人気です。アメリカ発のSmuleや中国発のWeSing・唱吧、欧州発のSingaなど各国のカラオケアプリが国境を超えてユーザーを獲得しています。これらのアプリは録音・録画した歌唱動画を共有したり、他人とデュエットできるSNS機能を備え、**「バーチャル上のカラオケボックス」**として機能しています。コロナ禍でオンライン化が進んだこともあり、今やカラオケ産業の一翼としてアプリ市場が大きな位置を占めつつあります。
カラオケビジネスのトレンド
ビジネスモデルの革新
従来型の「カラオケボックス運営」以外にもユニークなビジネスモデルが各地で成功しています。例えばアメリカ・シアトルでは、ヴィンテージのキャンピングトレーラーを改造した移動式カラオケバー「The AirScream」が登場しました。これはキッチンカーや移動写真館の発想を取り入れたもので、2018年の立ち上げ時にKickstarterで約4.5万ドルを調達し、現在は年間14万4千ドル(約1,600万円)もの売上を上げています。イベント会場や企業パーティーに出張してカラオケ提供するサービスで、SNS映えするルックスも手伝って人気を博しています。日本でも「カラオケカー」を走らせる企画や、カラオケと他業種を組み合わせたポップアップイベント(例:屋外フェス×カラオケ大会)など、新機軸の試みが増えてきました。海外企業と新サービス
カラオケ機器・サービス市場ではグローバル企業の台頭も目立ちます。米国のThe Singing Machine社や韓国のTJ Media社、フィンランド発のSingaなど各国企業がしのぎを削り、日本勢(第一興商やエクシング、まねきねこ)もアプリや海外展開で応戦しています。またフィンランド発祥のカラオケ世界大会(Karaoke World Championships)は2003年から開催されており、各国代表が競い合うイベントとして定着。こうした国際大会やイベントビジネスも誕生し、カラオケは単なる娯楽を越えてグローバルな産業と文化現象になりつつあります。
まとめ
過去10年の動向を振り返ると、カラオケは地域や形態の枠を広げ、「いつでも・どこでも・誰とでも」楽しめる形へと進化しました。日本のように成熟市場で一時停滞した所もありますが、技術革新や新興国での需要開拓によって全体としては緩やかな成長を続けています。SNS時代にマッチした参加型コンテンツとして若い世代にも再発見され、ビジネス的にも古いカラオケバーから最新アプリまで多様な成功モデルが共存しています。「カラオケは世界をつなぐ共通言語」とも言える状況が生まれており、このブームは今後も進化を続けていくでしょう。