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野口晴哉「治療の書」より 全生

今回も、治療の書から抜粋させていただきます。
今回ご紹介する部分は、個人的には「治療の書」のハイライトだと思っています。

生きてゐる者は死ぬ也。いつかは必ず死ぬ也。それ故生きてゐる也。何故死ぬかといへば生きてゐるから也。生きてゐるといふこと死ぬ為也。それ故に生きてゐる也。活き活き生き、安らかに死ぬは人の養生といふこと也。
 然るに多くの人 養生に活き活き生くることを忘れ、安らかに死ぬことの養生なることに気づかぬ也。養生と称してビク/\萎縮し、死ぬまいと焦つて苦しんでゐる也。されど養生のこと 生く可きに生き、死ぬ可きに死ぬ也。之を全生といふ。全生の為 養生ある也。生を十全に活し得ぬ人 十全なる死を得られざる也。

野口晴哉著「治療の書」全生

この箇所のみを見ると、生より死のほうに焦点が当てられているようにも思えますが、全編を通じて伝わってくることは、生き切ることの大切さです。

十分間の生命なるが故に粗末にす可き理由無き也。その最後の一瞬まで 活き活き活かしむ可き也。

野口晴哉著「治療の書」全生

学生時代の話です。

野口氏の治療の技を体得されている恩師がいました。その恩師と話をしているところに、友人が駆け込んできました。両手に小鳥を抱えていました。窓ガラスに激しくぶつかってきたのだそうです。
「先生なら、この子を元気にしてくれると思って連れてきました。」
その時、先生は小鳥を受け取りながらいいました。
「生き物は死亡率100%なのよ。ほら、こんなに震えている。あなたの両手で体温を伝えて安心させてあげなさい。…ほら、震えが止まってきたでしょう?」
彼女は小鳥を連れ帰りました。翌朝冷たくなるまで見守ったそうです。

私はこの恩師に今もお世話になっており、恩師に教えられた野口晴哉氏に惹かれ続けています。

三十年間、治療に身を捧げ、その後、人間本来の力を引き出して健康へと導くべく、治療の道を捨てた野口晴哉氏。この本は、野口氏が治療に携わっていた時に、自らのために記したものだそうです。

人が活き活きと生きることに生涯を捧げた人が、人に読まれることを想定せず、自身のために書いたという文章には、あたたかく、強い力が漲っています。

生を十全に活し得ぬ人 十全なる死を得られざる也。

その最後の一瞬まで 活き活き活かしむ可き也。

参考


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