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日本語ペラペラの留学生

 大学のゼミの同期に28歳の中国人留学生がいた。180cmほどの髭を蓄えた巨漢で、日本語は驚くほどペラペラ。名を宋さんと言う。

 宋さんは面白い人であった。ゼミの飲み会が食べ放題だったため、「とりあえず頼めるだけ頼もう」と言って、一人タブレットでとてつもない量の食いもんを頼んだ。「そんなに食べれないですよ」とツッコミを入れると、「大丈夫大丈夫、俺が食うから」と言われた。確かに、いっぱい食べれそうな見た目をしていたから信頼することにした。

 何分かして料理が到着し始めた。店員さんは次から次へとテーブルへやってくる。「やべえ」という空気感が我々の卓に漂い始めていた。こ、これはアルハラならぬ、メシハラだ……! まだ宋さんが頼もうとしていたので、先輩が「流石に宋さんここまでにしましょう」と言うと、少し物足りなそうな顔で「わかったわかった」と引き下がった。

 ここからが地獄であった。食べ残しをすると料金を取られるので、ゼミ生みんながフードファイターのように食べ始めた。もう我々は酒に酔っているのではない。満腹感に酔っているのだ! この瞬間のゼミ生の団結度合いは、最大瞬間風速を叩き出していた。

 宋さんはそういうイベントを作り出してしまうような人であった。
 ゼミの合宿の時である。羽田空港に11時集合なはずなのに、宋さんだけが一向に来ない。「もうちょっとで着く」とLINEでは連絡するくせに、待てども待てども来ない。流石に待てないということになって、皆んなは保安検査に行って、私だけが宋さんを待つことにした。

 集合時間に40分ほど遅れて来て、第一声、彼はこんなことを行った。
「大丈夫大丈夫!離陸の15分前に来れば間に合うから」
 「こちとら団体行動をしているんですが! 謝罪の一つもないのか!」と口から出かけたが、言ってもよくわからん屁理屈を返される気がしたので、やめることにした。

 合宿中も、宋さんは気がつけば喫煙所に行っていたので、しょっちゅういなくなった。いなくなるたびに捜索し、「やっぱ喫煙所にいたわ」となっては、回収するというのが一連の流れとなっていた。

 合宿の最終日、片田舎の町中華に入った。宋さんはオーダーを全て中国語で話し、中華屋のおばちゃんといつのまにか仲良くなっていた。宋さんにはそういう愛嬌があった。我々は何を喋っているのかちんぷんかんだったので、呆気にとられていた。そういえば、日本語ペラペラだったからあんまり意識してなかったけど、宋さん中国人だもんなと思っていると、「通訳の仕事もしているんだよ」と話してくれた。「結構割が良くてね。あとは布団を売ったり、不動産関係の仕事とかもしてるんだよ」と教えてくれた。「じゃあ、大学来なくて良いじゃん」と思ったが、その時は何故か聞かなかった。

 楽しかった合宿も終わり、夏休みがあけた。夏休みあけ最初の授業に宋さんはいなかった。その次も、そのまた次も来なかった。薄々、みんな「大学をやめたんだろう」という感じがしていた。でもみんなあえてそれを言わなかった。流石に気になって、その話題をゼミで出してみると、他の中国人留学生は「連絡が取れない」と言っていた。だが、ゼミ生はおろか、ゼミの先生まで「あいつはどっかでどうにか生きているんだろう」とあえて心配をしていないらしかった。みんな冷たいなと最初は思ったけど、心配しないのが宋さんに対する気遣いなのかもしれない、と思ってはっとした。

 以来、彼の消息は不明である。だけれど、どっかで元気に過ごしているのだと思う。この文章を読んだのなら、ぜひ連絡して来て欲しい。

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