アジの干物と受験勉強
20××年12月。高校三年生の私は受験勉強に勤しんでいた。
そんな時、晩御飯にアジの干物が出されたのである。
夜遅くまで塾で勉強し、晩御飯をすぐに食べ、勉強しようと思っていた。共通テストも1ヶ月に迫り、非常に焦っていたのである。後で思えば、この焦りが非常によくなかった。“早く”食べて勉強しなきゃと自分を追い込んでいたのだ。
目の前に広がっていたのは、身に骨がへばりついた難攻不落のアジである。早く食べられるような代物ではなかった。
「なんか喉の奥が痛い」
そう思った。
気のせいじゃないかと思って唾を飲み込んでみた。勘違いではない。間違いなく今食べた骨が刺さっている。
「ご飯を飲み込むと良いらしいってよく言うよね」
とお父さんが言うので、ご飯を飲み込んでみる。ん? 逆に深く刺さっていないか? もっと痛くなった気がする。
「ごめん。この情報ネットで調べたら、ガセって書いてある。ごめん」
ごめんじゃねぇよ。こっちは受験勉強で大変なんだよ。どうすんだよ、このさらに深く刺さった骨を。勉強しなきゃいけないのに。当然、この後勉強する気になど全くなれなかった。
それよりも、この骨はどうやったらとれるのか不安でしょうがなかった。だから、「明日、病院行ってもいい?」と母親に聞いてみた。
「でも明日あんた期末テストでしょ。その後でいいんじゃない? それに、明日起きたら取れてるんじゃないの?」
この家族は頭おかしいのか。喉に間違いなく骨が刺さっている状況でテストしろと言うのか。それに、ご飯を飲み込んだことによって、さらに深くささったこの骨が明日になれば、取れているなどと言うのか!
流石に私が駄々をこねていたら、次の日父親が病院に連れて行ってくれることになった。
次の日、近くの咽喉科で診察してもらった。医者の先生に「何の骨ですか?」と聞かれたので、
「アジです」
と真面目に答えた。隣からクスクス声が聞こえた。お父さんが笑っていたのである。次の瞬間もっと辛辣な言葉を先生から投げかけられた。
「深く刺さってるんでここじゃ取れませんねぇ」
えっ。お父さん。笑っている場合じゃないぞ。いよいよこのアジの骨は一生取れないかもしれないぞ。
その後、「大きい病院紹介しますね」と言いながら、先生は紹介状を書いてくれた。なんだまだ取れる可能性はあるのか。よかった。それにしても人生で初めて行く地域で一番大きな病院は、アジの骨か……。ちょっと恥ずかしい。
大きな病院に行って一時間ほど順番待ちをした。診察室で若い医者のお兄さんに診察してもらうと、内視鏡を入れて骨を取るという話になった。この診察室ですぐにやるらしく、お父さんは診察室から出て行くことになった。
このお兄さんは手際よく喉に内視鏡を入れ、いとも簡単にアジの骨をとったのである。私は安心感でいっぱいであった。そしてそのお兄さんは取ったアジの骨を私に見せてこう言った。
「立派な骨ですね」
いや確かに、2cmほどある立派な骨だけれど。18時間ぶりくらいに喉に刺さった骨が取れて、安堵している患者に向かって骨の感想などいるかね。
そのお兄さんは、骨の感想を言うに留まらず、骨をもって診察室を出て行った。どうやら、父親に骨を見せにいったらしい。何はともあれ、少し変わったお兄さんではあったけれど、手際よく取ってくれたことに感謝せねばと思った。
家に帰ってくると、父親はこう言った。
「内視鏡入れただけだけど、レシート見たら手術扱いになってるから、これ保険で5万もらえるね」と。
魚に恐怖心を抱きつつある私に、母親はこう言った。
「今日のご飯はカレイの煮付けね」と。
頭のおかしい家族である。