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■恐怖体験、放置で解決■
草木も眠る丑三つ時、トイレに起きた。電気
をつけるほど広い邸宅でもないので、デジタ
ル家電の時計表示の薄明かりを頼りにトイレ
にゆく。
用を済ませ、寝室に戻る途中の居間で、かな
り「しっかりとした手ごたえ」のクモの糸が
頭に触れた。
“いる。それもかなりの大物”。とっさに電
気の紐に手を伸ばす。パッと明るくなった部
屋の壁に、巨大なクモが張り付いている。
うわっ、デカい。手のひら大。全身に茶色の
短毛が生えている。いっぱいある目がキラキ
ラ光る。
至近距離でのご対面に心拍数は最高値、バッ
クバク。急に明るくなり向こうも向こうでビ
ビったらしい。サワサワっと壁を走り、あ
っという間に物陰に消える。
想像以上の速さに腰が抜けそう(心で叫ぶ、
うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!)。
× × ×
っていうかさ、むちゃくちゃデカいよ。胴体
も足も太くてごっつい。たたき殺せたとて、
かなり不快な気分になりそうだ。ドロっと体
液が飛び散っても怖い。
それより、あんなデカいのどこから部屋に入
ってくるんだ?という疑問で頭がいっぱいに
なる。窓もドアもヤツが抜けられそうな隙間
なんてない。
どうしよう。明日も出勤だし、あの素早さ。
これ以上追い回したところで捕まえられそう
にない。ちょっと落ち着いて考えよう。
きっと怖いのは「敵」を知らないからだ。学
名だとしても名前を知れば落ち着くに違いな
い。真夜中なのに一生懸命調べる。あった、
…アシダカグモ。いろいろな人がいろいろと
書いているが、ほぼ共通していたのは、
①臆病で草食的な性格
②夜行性で無毒、人間の食べ物に興味なし。
③ゴキブリを捕食する益虫。
④餌(ゴキブリ)がなくなれば勝手に出ていく
という点がほぼ共通している。
自分に一生懸命言い聞かす「なかなかいいヤ
ツじゃん」。
“アシダカちゃん”と呼んでみる。…無理に
でも可愛いと思い込んで寝るしかない。どう
か眠っている間、顔に落ちてきませんよう
に…。
× × ×
それからは“アシダカちゃん”との楽しい
「同棲生活」が始まったが、どこに隠れちゃ
ったのか、あの夜以来、パートナーの私に顔
を見せてくれることはなかった。
見なけりゃだんだんと存在を忘れる。いい加
減な作りの頭で本当に良かった。
4日目の朝、出勤の際に玄関のドアを開けなが
ら靴を履いていたら、足元を一瞬黒い影がすり
抜け、何かが外に出て行った。
「何だ?まさか!」と思い、影を追う。コン
クリート段差の死角になる垂直面に足を延ば
して棒状になった“アシダカちゃん”がいた。
あんなゴツイ身体なのに足を延ばすと枯草の
束が落ちているようにしか見えない。なるほ
ど。こんな感じで擬態して、タイミングを狙
って出入りしていたのかな。
ともかく、これは“アシダカちゃん”と「同
伴出勤」した、ってことになるのだろうか。
でも帰宅時に“アシダカちゃん”は私の帰り
を待っていてはくれなかった。
いや、待たれていても怖いんだけど。