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君に贈る恋の歌

  高校最後の文化祭も二日目が終わり、あとは後夜祭を残すのみだ。この二日間私たち達の高校には全学年の生徒はもちろん、卒業していった先輩、これから入ってくる中学生や私たちの両親、地域の人までたくさんの人で溢れていた。私といえばクラスの出し物や軽音部の発表で右に左に大忙しな二日間だった。後夜祭が始まるまでの数時間、片付けもひと段落し屋台の熱気と所々で上がっていた歓声は何処へやら、あれだけ出し物の屋台で溢れていた校門から校舎への道は閑散としていた。少しだけ残った装飾の数々をダンボールに詰めて教室へと足を向ける。夏が終わり蒸し暑さが残るけれど夕方には涼しい風が吹くようになる。真っ赤に染まる空に何処と無く寂しさを感じた。やさいしい風がスカートとクラスTシャツの裾を揺らした。

「そろそろ後夜祭始まるってー!!」

  教室に戻れば同じバンドの友達が一目散に駆け寄ってきた。彼のドラムは彼の性格も相まってか力強い。焼けた肌に白い歯が眩しくフレンドリーでいいやつだけど、ちょっとその勢いに負けそうになる。

「わかったすぐ行く。着替えるから先行ってて。」
「待ってるよ?」
「ここで着替える。」
「お前なぁもうちょっとそういうの気を使えよ!女の子だろ〜。先行ってる!」

  バタバタと彼はちょっと怒ったように教室から走り去っていった。顔が赤らんだように見えた気がするけど、きっと窓から差し込む夕日のせいだろう。豪快なように見えて繊細なところもあるんだろうか。
持ってきたダンボールをロッカーの上に置き、カバンに入れてあったポロシャツを掴んで今来ているTシャツを脱ぐ。窓に映ったキャミソール姿の自分を見てため息をつく。女にしたら骨ばっていて抱き心地も悪そうな瘦せぎすな体だ。青白い肌と痩せた手足、鎖骨の下に肋骨までうっすら浮き出る自分のこの体系がコンプレックスだった。

  大嫌いなとこばかりの私が唯一誇れるのが自分の声と歌だった。小さい頃から歌うことが好きで、中学に入ってからギターを始めた。君と出会ったのは高校1年の春。名前が近かったからたまたま前後の席になって、たまたま話すようになった。住んでいる世界が全然違う人だったけれど、不思議と一緒に話している時間は心地よかった。黒い髪を揺らしてからからと笑う君のことを私はいつの間にか好きになっていた。君に褒めてもらえた歌だったから、もっと私はこの歌声を好きになった。また褒めて欲しくてただただ今日まで歌い続けてきた。

  たまたま同じクラスになっただけで部活も違えば、趣味も違うのに私たちは暇さえあれば、放課後駅まで一緒に帰ってはファーストフードの店で何時間もだべっていた。夏休みは花火を一緒に見にいって、クリスマスには家に遊びにいってプレゼントを交換して、春には桜を見にいった。何度も君の隣で君の曲を書いては、君からダメ出しをもらって笑いあった。2年は幸運なことに同じクラスだったけど、3年になって進路の関係もあって別のクラスになった。別のクラスになったことを君は寂しいね、なんていっていたけど
人気者の君はあっと言う間にクラスに馴染んでいった。遊びに行く頻度は変わらなかったけど、それでも一緒にいる時間が長かったから教室で会えないのはとても寂しかった。

  一緒にいない時間が減ったからといって、私が抱えていたスキの2文字が減ることはなかった。それでも私たちの関係は少しずつ変わっていく。3回目の花火大会で君は好きな人がいるんだと、はにかみながら私にいった。叶わない恋だとはわかっていたけれどいざその言葉を聞くと花火の音も聞こえなくなるような衝撃だ。幸せそうに相手のことを話す君の隣で、ピリピリする心臓のことを無視しながら応援するね、なんて心にもない言葉を吐いた。

  うまくいかないでくれなんて呪いにも似た惨めな願いは当然神様に聞き入れられるわけもなく、新学期が始まってすぐ君は好きな人と恋仲になった。そりゃあそうだ。君は本当に素敵な人でひだまりみたいな優しい人なんだから振られるわけがない。それでも胸の中に転がっているスキの2文字は私の心を傷つけてはその存在を主張した。

  揺れるカーテンの向こうにあの日の幻想を見た気がした。夕焼けが去り夜が始まろうとしている。後夜祭が始まり生徒の歓声が聞こえる。流石に急がないと、遅刻だ。この日のために作ったバンドのポロシャツを着て相棒を担ぎ体育館へと向かう。私たちのバンドは後夜祭の一番最後に演奏だから始めのうちはいなくても問題はない。けどまあ、あいつには怒られるだろう。

「おそい!着替えんのにどんだけかかってんだよ。」
「ごめんって。」
「まあいいけど。ほらいくぞ。」

案の定怒られた。出番ギリギリだったから仕方ない。他のメンバーにはいつものことだと笑われたけど。体育館の舞台の袖から客席の方を見る。出入り口に近い後ろの方に場所に君と君の好きな人が寄り添って座って楽しそうに話している。

「何みてんだ?」
「好きだった人。」
「うぇ!?」
「ほらいくよ。」

  何か言いたげな彼の顔を尻目に舞台に出る。途端わあっと生徒の歓声が上がる。ノリのいい司会進行のバンド紹介とマイクのハウリングが終わったら一呼吸置いてドラムの合図がなる。勢いよくギターをかき鳴らす。君のために作った最後の歌、君に届くとは思わないけど私はこうして歌うしかないんだ。ありったけの想いを込めてマイクに、音に、歌に気持ちを乗せる。君のためだと主張するように人差し指を高く掲げ君を射抜くように振りかざす。初めて話したあの教室の机も、君と歩いた通学路も、お気に入りだったハンバーガーも、あの冬のプレゼントも全部この歌に乗せてこの場所に置いていく。そのための私の歌だ。

  君が好きな音楽といえばこんなロックじゃなくて甘ったるいラブソングで、私の骨ばった体よりもふわふわしたぬいぐるみの方が好きで、スタバのドリップコーヒーよりもフラペチーノが好きで、青や黒よりもピンクやオレンジが好きで、日陰よりも日向が似合う人で私とは何もかも正反対だったけど、誰よりも何よりも大好きで大切な人だった。君がいたから私の毎日は輝いて、私が作る歌に命が宿った。愛しい君へ最後のラブレターだ。

  高校最後のライブは大成功で、かつてないほど拍手をもらった。歌い終わった私はといえば息も絶え絶えで今にも倒れそうだったけど、他のメンバーからの愛あるタックルに支えられて最後まで立っていられた。後夜祭の後片付けも終えた帰り際、君が君の好きな人と私を待っていてくれた。本当に凄かった!感動した!とはしゃぐ君にありがとうとお礼を言う。一緒に帰ろうと言われたけど打ち上げがあるからと断った。本当はないけどここで誘いに乗ってしまったらまだ未練が残るから。二人で歩く後ろ姿をバス停に着くまで見送った。

帰ろうと一歩踏みだしたところに後ろからどかっと肩を組まれる。

「よっ!打ち上げいくだろ?」

振り返ればバンドのメンバーが笑っていた。溢れそうな涙をぐっとこらえて、うんっとかえせば白い歯がにかっと笑ってみせた。
ひぐらしがないている。まだ寂しさは残るけど、きっとそのうちスキの2文字も風化してゆっくり歩き始められるだろう。

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