待ち合わせ
#10分間の恋愛小説 とは、大体10分以内で読める恋愛小説です。
こちらのツイートが元ネタとなっています。
朝晩の通勤のお供に、寝る前の読書に、ちょっと暇だなぁと思った時に気軽に読める小説です。今回のお話は「あらすじ」です。ぜひ読んでみてください。
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定時きっかり、自分史上最速と思われるペースで仕事を終え、あちこちに散らばった荷物をまとめ足早にオフィスを出る。守衛さんの間延びしたお疲れ様ですの声を背にして、東京駅へと雑踏を小走りに駆け抜ける。乱暴な扱いに腹を立てかつかつと音を立てるハイヒールと共に山手線へ飛び乗った。
3週間ぶりのデートだ。
お互いプレゼンやら納期やら忙しいタイミンが重なって、近頃はLINEを返すのもやっとだった。ようやく仕事が落ち着いて、明日から待ちに待った週末だ。今日の夜から月曜の朝まで二人きりの時間。思わず緩みそうになる口元を引き締めて、つり革を握りしめた。
さて、今晩は何を食べようか。あいにく給料日前でお財布の中身は寂しいがひと月頑張った分今日くらいは贅沢してもバチは当たらない。待ち合わせの新宿駅にたどり着くまで、電車に揺られながら周辺のオシャレかつ美味しそうなイタリアンのお店を何件かピックアップする。
電車を降りる2分前彼から着いたとLINEが入った。少し待たせてしまうかもと思ったけどなんとか間に合った。帰路に着く人の流れの中邪魔にならないように返事を打つ。時間をあけず、また吹き出しが帰ってくる。目指すべきは南口の花屋の前に決まった。
あそこはいつでも人で溢れているけれどすんなり合流出来るかしらなんて思っていたけど、何の問題もなかった。頭一つ分他の人より背が高い彼が、私のことを見つけると器用に人並をよけて迎えに来てくれる。
「おまたせしました。」
「そんなに待ってないよ。 今来たところ」
柔らかい言葉に安心する。何気ない優しさが仕事で荒んだ心を癒してくれる。
「何件かイタリアンのお店探してあるけど、夕飯食べたいものある?」
「食べたいもの、というより行きたい場所があるんだけど付き合ってもらっていい?」
「もちろん、どこいくの?」
にひっと、子どもみたいに笑って彼は言った。
「映画館。」
ひょろひょろと手足の長い彼がふらふらと私の手を引いて人混みを進んでいく。居酒屋の多い東口へと人が流れていくなか、大通りの車とともに新宿御苑の方にゆっくり進む。道行く人は誰もがなんとなく浮かれていて、今日が金曜日なんだと実感する。ときたま響くクラクションにかき消されながら目的地に着くまで私と彼はお互いの近況についてグダグダと話していた。
道行く自動車のテールランプと都会の光を反射する、白いビルの9階をエスカレーターで目指す。重厚なライトに照らされた最後のエスカレーターを降りると、オレンジの光に包まれたステージが現れる。
バルト9に到着だ。
夜に近いこの時間の映画は通常の時間よりも割引になる。なんとお財布にも優しい。既にチケットは買ってあるのか、券売機は素通りして彼が一目散にフードコーナーの列に並んだ。この時間になっても混雑具合はあまり変わらない。
「チケット買ってあるの?」
「渡してなかった。はいこれ。上映は20分後だから、色々買って入るのでちょうどいいんじゃないかな。」
手渡されたペラペラの紙には小さなミシン目とアラジンの文字。
「アラジンだ!見たかったやつ!」
「そう言ってたから買ってみました。」
またにひっと笑って彼は前を向き、スラスラとカウンター越しのお姉さんに注文していった。前にもこうしてこの時間帯に実写の美女と野獣を見にきたことがある。あの時はお互い学生で授業が終わってから、いくつか電車を乗り継いで大きな映画館まで来たのだ。今日みたいに彼の方から映画に誘ってくれた。男の人がディズニープリンセスの映画だなんてちょっと意外に思っていたけど、キラキラした瞳でスクリーンを見る彼を見て本当に好きなんだと思った。食べ切れるか不安なサイズのポップコーンとドリンクを抱え席に着く。座り心地のいいシートに埋まりながらホットドックをかじる。
アラジンを見たいと思っていたのはよく彼がこの映画の主題歌を口ずさむから。小さい頃の彼は歌が苦手だったらしい。小学校に入って毎年合唱の練習が苦痛で苦痛で仕方がなかったが、4年生の時、素敵な音楽の先生と出会って歌が好きになったのだという。その時に習ったのがアラジンのホールニューワールド、滅多に行かないカラオケでも歌うくらい好きな歌なのだ。その話を聞いていたからこそ、今日スクリーンでこの映画を見たかった。彼の好きな歌を生み出した、遠い異国の物語。20年前にディズニーによってアニメーションとして生み出されてから、もう一度魔法をかけられてスクリーンに戻ってきた。これから始まるスペクタクルに思いを馳せ、静かに幕が上がるのを待った。
あっという間に2時間の上映時間は終わり、エスカレーターが鑑賞を終えた人々で埋まる。来た時と同じように大きな手に手を引かれながら駅へと戻った。
「最高だった。」
「ジーニーが良かった!あのひょうきんな感じがすごく好き。」
落ち着いているようで興奮気味な彼と、明らかに興奮している私は見終えたばかりの映画を仕切りに褒めながら、彼の家へと歩いている。
「あの世界観にならあと12時間はひたってられる。」
「ジャスミン可愛かった〜。ドレスもすごく素敵だったし。」
噛み合っているようで噛み合ってない会話が、思い思いの方向に跳ねまわり散らかっていくが、これはこれでまた楽しいのだ。
お土産に買ったアイスとお酒がコンビニの袋の中でかさかさとリズムを刻んでゆれる。その音に触発されてどちらともなくあの主題歌を口ずさむ。次第に大きくなっていくハーモニーは時間も近所迷惑もかえりみず、誰もいないアスファルトの上に心地よく響いていった。アイス溶けるよなんて笑い合いながらも、歌にかまけて右に左にフラフラと夜道を歩いていく。映画の中の主人公のように、空飛ぶ絨毯も願いを叶えてくれる魔神もいないけど、二人でこうして歌っていればこれから先も楽しく過ごせるんじゃないかと思えるような満月の夜だ。
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