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【連載】私の妻は元風俗嬢③

 

 筆者はエリートである。エリートは人を正しい道へと導かなければならない。そのために民が何に迷い、何を求めているのかを知らなければいけない。本稿はそんなエリート故の苦悩をつづった冒険譚である。

第3話 巡り巡りて、悪夢。

 桜の花は散り、新緑が色づくころの季節である。
 真新しいランドセルを父母に見せ、初めての通学路を駆ける子ども。
 入学式で新たな出会いに胸を膨らませる青少年。
 おろしたてのスーツに袖を通し自分の未来を信じてやまない新社会人。
 筆者も全く同じ気持ちで、窓の無いホテルにいた。これからどんな出会いが待っているのだろう。仲良くできるだろうか。出会いの季節に胸を膨らませて一人で微笑をたたえながら、スマートフォンでXvideosを見ていた。

ピンポーン

 出会いの扉を開く。何とも言えないお姉さんが立っていた。「はいどーも。問診票を書いてね。今日はマッサージメイン?ヌキメイン?」。なんと美しい言葉だろう。ヌキメイン。フランスの小さなお菓子屋さんのような名前である。パリ・ドゥ・ヌキメイン。マカロンをおひとついかがですか?

 間髪入れずに応える。「ヌキメイン。100%で」。パリのサン・クルー公園を駆ける亜麻色の髪の乙女のようにハツラツと応えた。お姉さんが「はい、分かりました。そこ座ってて。準備すっから。でも、先タバコ吸っていい?」。パリジェンヌのヒミツのたしなみである。紫煙をくゆらせんがらお姉さんが「伊達さんのところにつきました」と電話をした。伊達さんというのは筆者の大学時代の親友の実名である。

 ソファーに座っていると、お姉さんの後ろからでかいバッグがやってきた。田舎ではバッグは自力歩行できるのかな?と思っていたら、「どうもー」とけだるそうにバッグがあいさつする。バッグの正体は女性だった。とてつもなく大きなバッグにはローションやらバスタオルやらが入っていて、持っている女性が余りに小さかったのので、自律式ボストンバッグと間違えたのだ。そして彼女こそが筆者の後の妻である。

 150にも満たない小柄、水商売特有の大きく膨らんだボブカット。切れ目のそれは紛れもないヤンキーそのものだった。筆者はヤンキーが好きだったので、むしろありがたかった。パリの女神に感謝をしたが、彼女が脱いだら仰天した。全身を埋め尽くす入れ墨。パブロ・ピカソの絵画ような腹部、バンクシーが現れたかのような脚部。全身をアートで埋め尽くす女性がいるとは、やはりパリは芸術の街とよばれるだけあった。

 しかし、すでに賽は投げられた。凱旋門を勢いよく走り出した雄馬は一気に駆け抜け、すがすがしい笑顔をたたえながらゴールした。神聖なるシャワーを浴びている時に小汚いお姉さんが「休みの日とか何してんの?」と聞いてきた。筆者はお気に入りのバー「ベース」に毎日通い、筆者が頼み込んで仕入れてもらった焼酎をボトルキープし、それを1日で飲み干し、帰路の途中で購入するたこ焼きをテーブルに並べる習慣があった。「ベースで飲んでるよ」と応えると、シャワー室の外から「えっ!?」と大きな声が聞こえた。

 すると全身アートが駆け寄ってきて「私もよくベースに行く!」と言ってきた。あまりにうれしそうなので筆者はなんと答えればよいのか全く分からなかった。とりあえず「あぁ…そう…」と答えるにとどまった。なぜなら、筆者が風俗店を利用しているというのをベースでバラされたら困るからだ。
 ベースでは筆者は教養のある知識人として知られていた。街の若者たちに酒を振る舞い、尊敬を得ていた。筆者は街のご意見番のような存在になっていた。その若き指導者がエロマッサージで3Pをしていると知られては、その立場が一気に崩れるのは必至だった。

 「ねぇLINE教えて!」。全身アートは積極的だった。そもそも客のラインなど知って何の得になるのか分からなかった。筆者はプライベート用の携帯電話の連絡先を教えるのが嫌だったので、ダメ社員ゆえにほとんど鳴ることのない社用携帯の電話番号を教えた。「ありがと!」と満足げな表情を浮かべると、全身アートと小汚いお姉さんは目がトんでるお兄さんの運転するスイフトに乗り込み、事務所に帰った。

 その後、社用携帯が鳴ることはなかった。
 筆者は静かに家に帰り、国を憂いた。なぜ、身を売らなければならないのか。やはり行きすぎた資本主義は時に悲劇を生むことを知った。筆者はフィールドワークを通じて、教養を深めたのだ。

 さて、今日も若者たちを導き、たこ焼きをコレクションしなければいけない。ベースに行こう。財布に6万円ほど詰めてタバコをふかしながら店に向かった。ドアを開けた瞬間である。めまいがした。そこにいたのは、全身アートであった。全身アートはありったけの笑顔でこういった。

 「今日はありがとね!」


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