2020年1月31日
おはようございます。
昨日は、なんと!小沢剛さんにインタビューを行いました。「fo(u)rtunes」展について、メディアではあまり語られていないようなことを、色々質問してきました。そうそう、小沢さんが《地蔵建立》をスタートさせたのは23歳なんです。今の私と同じ歳なんですよ。
ここでお聞きした貴重なお話は、また後日、ZINEにまとめますので、乞うご期待!
それから昨日は、藝大のGAPの今村ゼミ主催の公開講義を聞いてきました。今村有策先生、長谷川新さん、中原浩大さん、曽根裕さんの4名が登壇して、各々話すという感じでした。聴講者の中には西原珉さん、小沢剛さん、八谷和彦さん、平井武人さんなどがおり、私は大変興奮しておったわけで、90年代の話が出るかな?と期待していた手前、あまり触れられなかったので少し残念に思いつつ、とはいえ、中原さんが学部2年生の時に都美館で展示した作品の写真がカラーで見れたり、1990年に水戸芸術館で開催された「作法の遊戯 '90年春・美術の現在 vol.1」展の写真などが見れたので感激でした。
とはいえ、中原さんや曽根さんに共通点がないですねという話があったので、講義の最後に質問をさせていただきました。最近、ダムタイプや森村泰昌展など80年代後半〜90年代にかけてを代表するようなアーティストの展覧会が開催されていて、再評価が始まりつつあるわけで。ここら辺を見ると、どうにも関西勢のパワーだ!みたいに言われているような気がしていて、そこに少し疑問があったので、もう当事者にこれを聞いてしまおうと思いました。90年代を振り返る本を読むと「関西ニューウェーブ」「東京ポップ」などの書かれ方をするので、そういう感じで派閥というか、流派というか、何かそういうものがあるのだろうかと思っていて。一方で、そんな分け方をしていいのか、現代美術を志す人が少なかったあの頃に、そんな派閥があるはずない!もっと一丸となって盛り上げていったはずじゃないか!という気持ちもあったわけです。でも、中原さんから「そういう括りの仕方は意味がない」と言っていただけて、すごく嬉しかった。ありがとうございました。そう言ってもらわないと困りますよ、だって、中原さんと曽根さんの共通点はレントゲン藝術研究所で展示をしていたということなのだから。