Matthewに備えて
私がアメリカに住んでいた頃、学校のクラスメイトは世界中の色んな国から集まった10代〜60代の人達だった。
夫婦一緒に留学しに来てる人もたまにいて、マリオとクラウディアもそうだった。
娘さんがアメリカの大学に進学したとかで、せっかくだからと2人も一緒にアメリカに来たのだと言う。
だけど英語が出来ないので二人で語学学校へ通うことにしたそう。
マリオは生粋のイタリア人で、トマトソース、プロセッコ、お喋り大好き。
トマトソースに関しては人一倍煩く、いつも美味しいトマトソースについて熱弁している。
小柄で白い口ひげがチャームポイントで、イタリア人らしい手振り身振りでいつも色んな話(主にトマトソースの話し)をしてくれる。
ちなみにイタリア人の話す時の身振り手振りを知っているだろうか。
普通に話しててもマジでこれくらい身振り手振りをする。
一度授業中に、南米系のクラスメイトによる「イタリア人は手を動かさないで喋ろうとしても喋ることが出来ないってYouTubeで見たんだけど本当??」との発言により授業中にマリオが実践することになった。
皆でそのYouTubeを見た後に、マリオに手をテーブルに置いたまま動かさないようにしてもらった。
「今の動画はどうだった??」
と先生が話しかけても、手の動きを封じられたマリオは標本に貼り付けられた蝶の様にピタっと動かず、今まで関西のおばちゃんかイタリアのマリオかって位の喋りっぷりだったのに口元も動かなくなってしまった。
「おぉ、、喋るのが、、難しい、、な、、」
動いてしまいそうな腕を腕組みするように抑えながらその一言を言うのがやっとだった。
「家でも手を縛っておけば静かでいいかもしれないわね!」とクラウディア。
クラスは爆笑に包まれ大いに盛り上がった。
クラウディアはマリオの奥さんでしっかりもののドイツ人。
授業になると赤い縁のおしゃれなメガネをかけていたり、凝ったプリントのスカーフや革のバッグ等、ヨーロピアンぽいオシャレさが伺える。
クラスで「色んな言葉を色んな国の言葉で言ってみた。ドイツ語だけ全部長いし怒ってるみたいだし激しい」みたいなYouTubeを皆で見た時は、(YouTube使用率高め)
「そうそう!!こんな感じーーー!!!」
とクラウディアは大喜びだった。
皆このジャーマンサウンドが気に入ってこのシリーズはクラスの鉄板動画となった。
さて、お茶目でクラスのムードメーカーでもあるイタリア人の夫マリオと、そんな彼にツッコミを入れるドイツ人の妻クラウディアだが、ある時クラスで疑問が湧いた。
マリオはイタリア人、クラウディアはドイツ人、二人とも英語は出来ないから学校に通っている。
お互いの国の言葉は話せないとの事。
じゃあ普段言葉どーしてんの??
答えはシンプル「お互い母国語で話してる。言ってる事はまぁ大体分かる。」との事。
イタリア語とドイツ語って結構違うよね?
すげーや。
理解しきれず逆に本当に感心したのを覚えている。
(アメリカで生活するようになって、色んな人がいるし謎な事も多くて「なんで?なんで?」とあまりならなくなったのもある。 そのまま受け入れるスタイル)
「マイアミは気候が良くてとても気に入っている」
と、マリオとクラウディアが良く言っていた。
私も同じく「マイアミはどう?」と聞かれるとやはり一番に「気候が最高だよ!」と答えていた。
今年は10年に一度の大寒波だ!と騒いだ冬でも16度位までしか気温は下がらず、スコールが降ってもすぐにやみ、夜の8時頃まで明るい。
そんな過ごしやすい街だった。
そんなマイアミに巨大ハリケーンが近づいているとニュースが流れ出した。
その名も「Hurricane Matthew」ハリケーン・マシュー。
2016年10月にカリブ海地域とアメリカ合衆国南東部を襲った大型ハリケーンである。
ニュースによると被害も大きく、場合によっては避難しなければならない。
まだその日は全然ハリケーンの「ハ」の字も無い程きれいに晴れた日だった。
いつものように登校すると
「明日はマシューが直撃するので、今日は午後から休校です。
もちろん明日も学校はお休みです。
スーパーで食料と水を買って帰って、可能ならマイアミから離れてください。
皆無事でね!月曜にまた会いましょう!」
と学校で言われ慌ただしい雰囲気の中、午前の授業は終わった。
まだ全然晴れていて、実感が全く無かったが、家に帰ると家の扉に紙が挟まっていた。
「evacuation」(避難)と書かれたその紙には、
”マイアミビーチからダウンタウン方面へ避難する人は夜7時までに橋を通過してください。その後は橋は封鎖されます。”
私が住んでいたマイアミビーチとは、海で囲われた場所だったため、橋が封鎖されたら逃げ場が無くなってしまう。
私はダウンタウンに住んでいる友人の家に避難する事にした。
ダウンタウンで友達とスーパーに買い出しに行ったが水は売り切れだった。
普段あんなにハッピーなマイアミの人達が飲み水を取り合ってる(取り合ってない)姿を想像してすごい事になってしまった、、と思った。
仕方なくバニラコークを2本買ってハリケーンに備えた。
しかし待てど暮らせどマシューは来なかった。いや、多分近くには来たのだろうが、強めのスコールと言う感じで終わった。
そして月曜日。
マシューの直撃を免れた我らは、元気に登校。
授業が始まるとすぐにマシューの話題になった。
「週末はどうしてた??マイアミに留まったの?対策は何かした??」
先生の質問に皆が答える。
すぐにスーパーに行って水や食料を沢山買った人や、ペットと貴重品だけ車に乗せて親戚が居る違う州に逃げた子もいた。
「もぅ大変だったのよ〜!!」
と、頭を抱えながらクラウディアが言った。
「木曜日学校が終わってマリオとスーパーに水を買いに行ったの。
私は一目散に水売り場に行ったのね、もぅ水はあと少ししか残っていなくてそれをカートに乗せてたの。
気が付いたらマリオが居なくて、そこら中探し回ったの。
そしたらこの人、なんとトマトを大量に買い占めてたのよ!!!!!
水じゃなくて!!!トマトを!!!!」
「だって、トマトソースが作れなくなったら困ると思って・・」
怒られてる子供の様に小さくマリオが答える。
「マシューは直撃しなくて良かったけど、ウチには大量のトマトが残ったわ!!!」
クラスはこの日も爆笑に包まれた。
・・・
水よりもトマトの確保を優先した真のイタリア人マリオ、彼の特製トマトソースの作り方を教えてもらってノートにメモしたので、探して作ってみようと思う。
ご要望あればレシピシェアします。