犯罪ってしたほうが社会的便益あがるじゃないですか?
「犯罪ってしたほうが社会的便益あがるじゃないですか?」
深夜2時半に彼は言った。
俺は「コイツ何言ってんだろう」と素直に思った。
深夜1時梅田のHEPFIVEの近くにて
俺は大阪梅田の曽根崎(そねざき)警察署で警察官として働いている。今日は夜勤の日で朝までの勤務だ。
大阪梅田の曽根崎警察署といえば、テレビのニュースでよく出てくるあの警察署だ。しかし実際の日常では毎回そんな大きな事件を取り扱うことはない。特に俺みたいな中堅手前ぐらいのひよっこの警察官はそもそも「事件」みたいなものを取り扱うことはない。今日みたいに深夜に梅田のあたりを歩き回るぐらいだ。
大阪難波に比べると、梅田の深夜は静かだ。23時か24時あたりを過ぎたところから大阪梅田のティーンエイジャーの象徴と言われるショッピングモールHEP FIVE(ヘップファイブ)の明かりが全て消える。初めて梅田勤務に配属されたとき、深夜もいろいろとめんどくさい若者がいるんだろうなと思ったが案外そうでもなかった。
確かに24時まではあのヘップファイブの前は猥雑としている。時計台の前では待ち合わせる人、居酒屋のキャッチ、ホスト、スカウトいる。しかし24時の終電の時間をすぎると誰もいなくなる。時計台の前の手すりに座る人はいなくなる。
だから深夜の梅田の巡回は暇だ。
基本的には巡回するとき俺たちは警察の出動服を着るが、私服を着ることのほうが多い。私服警察と言うものだ。梅田のヘップファイブの裏にドンキホーテがあり、そこに未成年がたまにいてたりするので補導したりする。そのときに警察の服を着ると彼らは分かりやすいように去る。
私服巡回するときには、無地の生地の服をきて肩にかける小さいポーチをかけている。携帯と財布が入る程度の小さなポーチだ。そしてそのポーチからケーブルタイプのイヤホンを耳につけている。これは無線機だ。
警察官一人で私服巡回することはない。基本的には二人で巡回する。といってもほとんどやることがないので一緒に回る人と雑談しながらヘップファイブ周りを歩いている。
私服巡回の時間が終わると基本的に署にて待機する。でかい警察署とはいえ正直やることはあまりない。簡単な事務作業程度で残った時間は暇を潰したり、仮眠をとったりする。俺は時間つぶしとして本をもっていくことが多い。
今日ドストエフスキーの「罪と罰」を読み終えた。私服巡回前の深夜12時辺りだった。いや、いつもこんな堅苦しい本を読んでいるわけではない。偶然何かのきっかけでこの本を選んだだけだった。感想は「長いな」だった。登場人物も多いし、一人で喋るセリフの量が多すぎて流石に笑った。はじめの方はちゃんと読もうとしたけど、上巻の半分くらいからパラパラめくってもはや読んでなかった。読み終えたとさっき言ったけど、ほぼ読んでなかった。
でも1つ何か心に残る物があった。
「一つの微細な罪悪は、百の善行に償われる」
主人公の学生が、卑しい金貸しオバさんを殺す話だ。
卑しい金貸しオバさんは高利で貧しい人に金を貸し付け、強欲に人から質をとる。貧しい人たちはあの卑しい金貸しに搾取されている。おまけにそのオバさんは一緒に住んでる人にも酷い扱いをする。
こんな悪人を生かしておくよりも、この人を殺してお金を貧しい人たちに還元したほうがみんな幸せじゃないのか?「一つの微細な罪悪は、百の善行に償われる」というわけだ。
こんな話なわけだが、別にそれが警察官の俺になにか響くわけでもなかった。まあ一種の教養程度のものと思ったぐらいだ。
テレビも流れていた、昔の放送回なのか経営者を取り上げる番組だった。何気なくみたその画面には「天才マーケター森岡毅」という名前が載っていた。彼はUSJをV時回復させたことで有名だ。テレビが取り上げたのはハロウィンイベントで、照明を消すことでなんと電気代の節約にもなっているらしい。一粒で何度でもおいしいことをやっているわけだ。これが天才マーケターによる合理的な運営手法なのだ。
(ふーん、USJってすげーんだな。俺ここ数年いってないや)
と思ったとき
「おーいそろそろ巡回いくぞー」
後ろから巡回ペアの奴が声をかけてきたので本をデスクの上においた。
俺たちは曽根崎警察署を出た。そしてヘップファイブまであるいた。
いつも通り閑静な深夜だが、ショッピングモールEST(エスト)の高架線下で不自然な挙動を取る若者がいた。阪急とエストの間には高架線下の横断歩道がある。そこにはたくさんの不法駐輪がある。そこの不法駐輪でなにならガサガサと自転車を漁っている若者がいた。そして彼は自転車に乗った。
怪しかったので俺は走って追いかけた。漕ぎ始めだから走ると追いつけた。背後から警察手帳を見せながら「すみません!一回調べてもいいですか!?」と叫んだ。
彼の顔は青くなった。
その時点で「コイツチャリパクったな」と経験的に確定したので俺は威圧をかけた「これ誰の?今から問い合わせるから所有者の名前いって?」
だいたいパクるやつはめんどくさい奴ばっかだから詰めるのが普通だ。すると無効はボソボソ途切れながら、
「いや・・・あの・・ネット上の友達が・・使っていいよって」と言い出した。
(なんだコイツきしょいな。あとコイツ警察に絡まれるの初めてだな)と思った。よく捕まるやつは奴は警察と話慣れてる。けどコイツはビビりすぎてるから初めて捕まるのだろう。
こういう人間は反抗することなくポロッと謝るタイプの人間なので俺は怒鳴った。
「あのさぁ!こういうところで意味わからん嘘ついたらさぁ罪重たくなるだけやで!!」と大きな声出すと、彼は下を向きながら「すみません、やりました」と言った。楽に取り締まれたから良かった。
パトカーを呼んだ。盗んだ奴が「終わった」みたいな顔してた。傍から見て面白かった。すぐに身分証の確認してパトカー来る前までに簡単な事情聴取を行った。
「さっきまで何してたの?」
「友達と飲んでました・・・」
「友達は?」
「少し前に別れました」
「飲んだの?」
「いえ・・・」
「なんでとった(盗んだ)の?」
「すみません・・ほんの出来心で・・・」
「早く帰りたかった的な?」
「はい・・・」
「どこまで乗るつもりだったの」
「家が近いので少しこいだところまで・・・でそこから歩いて・・ってつもりで」
「足かせね」
「・・・あ、はい」
俺が「足かせね」って言ったとき彼は自らの罪の動機が「足かせ」というカテゴリーにファイリングされることを知った顔をしてた。まるでこの世界が終わる顔をしてカオスな苦しみを抱えて来る患者に「あーそれ急性の腰痛ですね。よくある現象で特に深刻な問題にはならないですよ」と言われたときの患者の「あ、俺のこの苦しみってもう医学という膨大のサンプルの中のチリに過ぎない現象なんだ」と諭されたときのような顔してた。
パトカーが来た。さっきまで閑静だった梅田にも数人集まっていた。パトカーはエストの隣りにあるABCマートの反対側、阪急側のほうに来た。そこに彼をのせた。
中で彼を真ん中に座らせた。俺等警察官が両側から犯人を挟むように座るのだ。彼は座るとき少しバランスを崩した。パトカーのイスは低く深くできている。股関節が膝よりも低い位置にお尻をつける溝がある。犯人を立ち上がりにくくするためにあるんじゃないかな。知らんけど。
乗せる出発するとき犯人は携帯を触ろうとしてたので
「もうパトカーでは携帯を触っちゃだめだよ」といった。
曽根崎警察署についた。パトカー用の駐車場があるのでそこにとめて駐車場にあるエレベータから署に連れて行った。一般人が警察署に用があるときは表の入り口から入るが、捕まった人はこの表からは入らない。捕まった人しか入れない警察署の入り口がある。
この手の軽犯罪を犯したやつは取調室には連れて行かない。一般人の窓口対応するフロアの向こう側の適当に作られたパーテンションの裏に連れて行く。そこで事件の一連が終わるまで貴重品をすべて預かり、事件の聴取を行う。
「さっきは大きな声出してごめんね。あれ業務だからさ。ここからは俺はもう普通に喋るから。じゃあ、座って。」
「今から自転車盗まれた人に電話して許してもらえるか聞くからね。まあ君反省しているようだし、そのことはこちらからも言っておくから。で、もし相手が許さなかったら事件として成り立ち君に前科がつくから。でもし相手が許してくれるなら前科はつかなくて、前歴がつくから。この前科と前歴は違うものだよ。じゃあいまからこの事件の書類作るからね。わからなかったらわからないって言ってね」
そう言って、書類を取り出して事件の詳細を聞き出した。具体的には「いつ、どのように、何をした?」という質問だ。
これが終わると次は誓約書を書かせる。「私はこの日にこういう悪いことをしたので、もうしないように誓います」というものだ。
「今から俺の言う通りに誓約書を書いてもらうからね。」
関係ないが、特捜検察とかは「まあとりあえず、この書類に言う通りに書いてくれたら一旦家に帰すからね。もう何時間も勾留させられてつらいでしょ?」と言って
検察側にものすごく有利になるようなストーリーを書かせて事実を歪曲させて裁判で有罪にさせる事がある。これを罪を犯していない人にする。日本の刑事事件の有罪率は99%。日本は全体主義だ。
しばらく時間が立って被害者との電話がとれた。被害者は犯人を許した。
といっても警察側が穏便に済ませるように言ったのも少し影響している。
「事件と認めてもいいんですが、あなた一応違法駐輪してたので、その罰金もしっかり払ってもらいますし〜」や
「あと起訴するならいろいろ手続きめんどくさいですよ。今日も夜遅いし明日も仕事で朝早いですよね?本人もかなり反省しているようですし・・・」など言った。
これにて軽犯罪の件は収拾がついた。本人はかなり反省して、事件にはならなかった。
このあとは身元引受人に連絡を取る。親に電話をする。深夜二時ぐらいだ。
「もしもし、あの曽根崎警察署ですが息子さんが捕まったので迎えに来てもらってもよろしいでしょうか」
はじめは詐欺だと疑われた。
「わかりました。でしたら一度電話を切っていただいて大阪警察のページからもう一度電話をおかけください。」といった。母親はその通りにしてここと電話繋がった。電話番号の下四桁が1234は警察の電話番号だ。
「・・・というわけでして、お母さん今から迎えにきてもらってもよろしいでしょうか」
「主人が『もうほっとけ』と言ってます」
「いえ、そういうわけにはいかないんです」
父親の反応に内心笑った。
偶然父親が明日休みだったので両親で迎えに来てもらえることになった。おそらく深夜3時半ぐらいには到着するらしい。
あとは待つだけだ。
この盗っ人とともに時間を過ごすだけだ。世間話をすることがおおい。
俺が「会社ってどんな仕事してるの?趣味は?」と適当に聞こうとしたその瞬間。
「犯罪ってしたほうが社会的便益あがるじゃないですか?」
深夜2時半に彼は言った。
俺は「コイツ何言ってんだろう」と素直に思った。何気ない話をしようとして開いた口は自然に閉じた。
「いや、もう犯罪はしないんですけど結果的に犯罪したほうが社会にとっていいんですよねこれ。」
自分に前科がつかなくなったとわかった瞬間にコイツは流暢に話しだした。
俺が「は?何いってんの?」というと
「そもそも梅田のあの高架線下って違法駐輪ですよね。僕は例えば他人のものを取ったり、指定された駐輪されたところから取ってはいけないと思うんですよ。けど違法駐輪って悪いことしてる人からは盗んでもいいと思うんですね。だってその人悪いことしてるから。盗まれるという現象は違法駐輪をした相応の罪ですよ。それに結局違法駐輪は市によって撤去されるので結局あの場所から自分の自転車はなくなるわけじゃないですか。」
「しかもあの梅田のエリアは撤去作業が頻繁に行われてますよね。僕も試しに何回か違法駐輪やりましたよ。自転車が撤去されて大正駅まで取りに行ったことがあります。たしか2850円ぐらい払ったかな。大量の自転車が保管場所にありましたね。で、僕一度考えたことがあったんです。梅田にちゃんとお金を払って駐輪するときの費用と、違法駐輪してたまに撤去されてそれで払う罰金の費用どちらのほうがかかるのかなって。梅田の駐輪って結構掛かるじゃないですか。それでもし違法駐輪して撤去されたときのほうが安くすむならそれでいいかなって思ったんです。まあ結果は思いの外頻繁に撤去されたので、違法駐輪は割に合わないなって笑」
「足かせしたやつってこんな喋るんだ」っていう深夜の奇妙な驚きから好奇心を覚えた俺は彼が話し終わるまで聞こうと思った。
「ほら、あれですよ。車産業のフォードとかゼネラル・モーターズがやったようなやつですよ笑。車の部品の不備で人が死んでしまったと。そこで会社が費用を計算したんですよ。すべての車に人を死亡させるリスクのあるパーツを修理する費用と、人が死んだときに支払う慰謝料、どちらのほうが費用がかかるかそろばんをはじいたんです。どうなったかご存ですか?」
「・・・なんとパーツを修理するよりも、人を殺して慰謝料払ったときの方が安く済んだんですよ!面白くないですか?倫理と哲学の出番だ!って感じがして興味深いですよね」
「それをやってみたかったんです笑。あ、いや人を殺すとか絶対しないですよ?普通に駐輪するよりも違法駐輪したほうが安く済んだって現象があったら面白いじゃないですか笑。ま、結局梅田では思いの外撤去されたのでやめたんですけど笑」
「話がそれちゃいましたね。まあ話を戻すと違法駐輪は盗んだほうがいいんです。その方が違法駐輪が割に合わないっていう合理性が働くんですよ。盗まれるし、撤去もされるからちゃんと金払って駐輪しようとなるわけです。盗むことによって違法駐輪の予防になるんです。そして違法駐輪数も減るんです。盗まれてるから。いいですか?僕のやったことは正義の鉄槌なんです。」
「それにこれめちゃめちゃ大事な話しなんですけど。日本で大震災起こるじゃないですか。大震災起こったときにものすごく問題になったのがあるんです。何かわかりますか?」
「それは違法駐輪なんです。」
「地震になった時に、狭い道に違法駐輪がたくさんあったせいで逃げるに逃げれない状況になったことがたくさんあったんです。パニックの状況下で違法駐輪がものすごく悪影響を及ぼしたんです。救えた命が違法駐輪によって奪われるんです。道路にスペースに障害物があるとそれは膿になります。違法駐輪は悪に近いものなんです。だから僕のやったささいな犯罪は、違法駐輪数を減らすのみならず、その抑止力にもなり、災害時の予防にもなるわけです。僕のやった軽犯罪で救える命があるんです!」
興奮気味に話してる時に俺は思った。
(ん・・・・・・?これどっかで聞いたことあるな・・・・)
(1つの軽犯罪で、たくさんの良いことが起こる・・・
あ!これ「一つの微細な罪悪は、百の善行に償われる」だ!!!笑)
この人の「ドスとエフ」が「スキスキー」と思いの外してたので笑いそうになった。めっちゃ真顔で聞いてたけど。
「それに違法駐輪は盗んだほうが、財政のコストパフォーマンスが良いんです。各市が自転車の撤去作業やってるでしょ?でも、撤去した自転車ってほとんど取りに来ないでしょ。それの管理維持と廃棄するコストがあると思うんですけど、到底一人がはらう2850円の罰則金だけじゃまかない切れてないんですよ。あれはビジネスじゃなくて罰金だから基本的に利潤超過ではないんです。廃棄コストのほうがかかるでしょ。じゃあそれってどこからお金が出てるかというと市じゃないですか?市税ですよね。じゃあ罰金の料金を高くしたら良いかというとそういうわけにはいかないんです。値段を高くしたら今度は保管所まで取りに行かなくなるんです。赤字を垂れ流しているし、しかもそれは税金によって補われてるのです。」
「市民のみんなが違法駐輪をこそ泥をする。これが市の財政問題の解決になります。そうすれば無駄なコストカットができるわけです。」
そう彼は力強く言った。政治家みたいな感じですっげークズなこといってる人ってこの世にいるんだとあっけにとられた。
その時またしても俺は違和感を感じた。
(なんだろう。これもなんか聞いたことあるぞ。)
(「〇〇をすることによって費用の節約ができる」・・・あーーあれだ「電気の照明を消すことでハロウィンを盛り上げながら電気代を節約できる」だ。天才V字マーケター森岡毅みたいなこといってる)
森岡毅はビジネスという世界において多大な努力をした功績を残したのとは反対にコイツは軽犯罪なので、俺はコイツを「手っ取り早い森岡毅」というあだ名を付けた。
「罪と罰」の主人公ラスコーリニコフは自らの罪を認める行為として大地に口づけをしたが、彼は罪の向こう側にある合理性というものに口づけをしたいただのムッツリなわけだ。
気がつけば一時間ほど彼は熱弁してた。そして話が終わった。
俺は「そうか。」と言ったあと「でも盗んでんじゃねーよバカ!!」といった。
手っ取り早い森岡毅は怒鳴られるとシュンとしてた。
両親がきた。はじめ父親が「うちの子がそんな事するわけないじゃないですか!!!」と抵抗するようにイスからたったので即座に「いや、本人が認めてましたよ」と言ったら「あ、そうですか」としょんぼり再びイスに座った。手っ取り早い森岡毅は父親に大体が似ているなと思った。
そして身元の引取になった深夜3時半ごろだった。偽物の森岡毅は父親に怒鳴られてエレベーターをおりて彼らは帰った。これにて俺の仕事はおわった。夜勤明けが休みだったのでちょうどよかった。デスクにもどって仮眠を取ろうか考えた。近くのコンビニにいって小腹を満たす何かを買おうかとも思った。
振り返ってみると、彼の倫理の調整が面白かった。人は殺していない、あくまで違法駐輪の中ならばこの論理は成り立つのだろうと彼は盗む前に考えたわけだ。実際違法駐輪の問題に関しての一番いい答えは、俺なんかが考えられるわけないから彼の話には何にもツッコまなかった。頭のいい人が良い答えを出してくれるだろうし、彼のやった罪はそれでも罪であるという話もしてくれるだろう。深夜で正直眠たかったし、件数もとれたのであの話は正直警察官としてではなくて俺として聞いた。
日が少し上り始めた。
退勤の準備をするため、デスクの上にある本をカバンにしまった。