倒壊シミュレーション
前回は木造住宅と地震と建築基準法について書かせていただきました。
今回は視覚的にわかりやすいようにwallstat(ウォールスタット)というソフトを使って、地震が建物にどのように作用して倒壊するのかを見てみたいと思います。
■wallstat(ウォールスタット)とは?
京都大学生存圏研究所の中川貴文准教授が開発した「時刻歴応答解析」という手法で構造計算を行う倒壊シミュレーションソフトです。
誰でも使用できるフリーソフトとして公開されています。
「時刻歴応答解析」とは簡単に説明すると、地震の開始から終了までの時刻ごとに構造体各部にかかる力を計算し、損傷の程度や変形を計算します。時刻ごとに建物は損傷していくわけですが、ある時刻の損傷を受けた状態から次の時刻の計算が始まるため、地震の始まりから終わりまでに建物がどのように損傷していくかをシミュレートできるわけです。wallstatは、実物大の建物を振動台で地震動を加える実大振動台実験の結果に基づいて解析されています。実大振動台実験では実際に建築物を建てる必要があり多大な費用がかかりますが、wallstatを使えばパソコン上である程度正確なシミュレーションが可能になります。
↓ 実大振動台実験
■wallstatによるシミュレーション
では実際に地震波を建物に加えてみましょう。
シミュレーションする物件は10年ほど前に設計した自邸です。
当時は自分自身の知識も乏しい中で設計してしまったので、建築基準法ギリギリの設計としてしまったので、耐震性能としては「耐震等級1」となります。
シミュレーションするに当たり下記の4パターンで
地震波を加えてみようと思います。
※ただしこれはシミュレーションであり、実際には建築されている土地の地盤状況なども影響を受けるので、あくまでも目安のシミュレーションとなります。
① 建物:耐震等級1
地震波:兵庫県南部地震(JMA神戸)
② 建物:耐震等級3
地震波:兵庫県南部地震(JMA神戸)
③ 建物:耐震等級1
地震波:熊本地震(益城町2016年4月14日)
④ 建物:耐震等級3
地震波:熊本地震(益城町2016年4月14日)
■兵庫県南部地震
まずは阪神淡路大震災で多大な被害をもたらしたの兵庫県南部地震を加えてみます。地震波の強さは震度6強(最大加速度818gal)となります。
① 耐震等級1仕様(設計図面通り 建築基準法の耐力)
② 耐震等級3仕様(基準法の1.5倍の耐力)
動画の中でグレーの部分が耐力要素の壁で
損傷状況により「グレー」→「黃」→「赤」と変化します。
耐震等級1でも倒壊はしませんでしたが、1階の壁はかなり損傷していることが確認できます。動画の角度ではわかりづらいですが一番損傷している「赤」色の壁もあります。
とりあえず倒壊は免れたので一安心です(汗)
対して耐震等級3では、一部の腰壁で「赤」色の損傷を確認できるものの、主な耐力要素には中程度の損傷で済んでいます。
■熊本地震(2016年)
続いて2016年の熊本地震の地震波を加えてみましょう。
この地震は4月14日の前震(最大加速度1580gal)と4月16日の本震(最大加速度1362gal)という2度の大きな地震が立て続けに起こったことにより被害が拡大しました。史上初めて震度7を2回繰り返して観測した地震と。
前震とは呼ばれていますが、4月14日の地震だけでも先の兵庫県南部地震を上回る強さを記録しています。
今回はとりあえず4月14日の地震波のみを加えてみます。
① 耐震等級1仕様(設計図面通り 建築基準法の耐力)
② 耐震等級3仕様(基準法の1.5倍の耐力)
耐震等級1仕様の建物は見事に倒壊してしまいました。
自宅でシミュレーションしているので、何とも恐ろしい結果になりました(汗)
しかし前回のnoteで書いたとおり「建築基準法の基準では震度7に耐えられない」ということは視覚的にお伝えできたのではないでしょうか。
負担の大きい1階の耐力要素が損傷して崩れ落ちていますね。間取り的な問題として、総2階部分と平屋部分の境界にLDKがまたがっておりその部分の壁の配置が少なかかったことが考えられます。
次に耐震等級3仕様についてですが、倒壊は免れたものの1階の耐力要素の壁もかなり損傷していることがわかります。
実際の熊本地震では、耐震等級3仕様の建物は倒壊もしておらず、なおかつ住み続けられるほど損傷も少なかったと言われています。
今回のシミュレーションでは前震だけでもかなり損傷しているので、多分このあとに本震の地震波を加えると倒壊すると思われます。
■シミュレーション結果から思うこと
これらの結果を踏まえるとこれからの住宅には耐震等級3は必須、そして倒壊に至るにはさまざまな要素が絡むため、熊本地震の結果を受けて「耐震等級3だから安全」といってしまうのではなく、ある程度余力をもった「安全な間取り」で設計することが重要になるでしょう。
自宅を設計したときは、その時の知識で安全なものを作ったつもりでした。しかし、知識をつけていくと色々と足りていなかったことが鮮明になります。無知なことで悪意なく安全性の低い住宅がつくられてしまうこともあります。それは設計、施工ともに言えることです。法律を守っていれば安全というわけではありませんし、どういう建物が安全なのか?建築従事者は自分から積極的に学び、しっかりした知識をつけて一棟でも安全な建物を提供できるように心がけたいですね。
最後までお読みいただきありがとうございます。
■今回参照させていただいた本
【木造建築の構造】 著:大橋 好光
木構造の第一人者、大橋先生の集大成とも言える一冊。
建築基準法の変遷や木造の構造に言及した、現時点での木造建築を総括する内容となっています。どのような経緯で基準法が整備されてきたかなど、とても興味深い内容となっています。
【なぜ新耐震住宅は倒れたのか 変わる家づくりの常識】
編:日経ホームビルダー
2016年の熊本地震でなぜ新耐震基準の住宅が倒壊したのか?
詳細な現地レポートと、原因の解明と対策が解説された一冊。